第39話 向き合っていなかったのではないか?
お風呂上りにこんな面倒なマナーがあるなんて聞いてない。
ジェノはうんざりしながらもとっとと終わらせようと腰に手を当てたところで、視界の端に映った光景に二度見した。
「ねぇメロス・・・あれはいいの?」
「あれ?」とジェノの指さす方にメロスは振り向き――
ソファに寝そべってコーヒー牛乳をちびちび飲んでいる銀髪で眼鏡をかけた執事の姿を捉え、硬直する。
「んー・・・ぅんん。いやー、ファストはさぁ・・・うん、まぁ」
「注意しないの?あれ一杯目だよ」
僕見てたもん!と告げるとメロスは大量の汗をかき始めた。
やっぱりメロスはファストのこと苦手なのかな?でもよく一緒に行動してるし、会話にもファストの名前出すこと多いから嫌っては絶対ないよな。
「そういえばジェノは、カルシェンツ君のことどう思ってんだ? 熱を出しちゃうほど、その、あー・・・嫌いなのかな?」
散々目を泳がせ言い訳を考えていたメロスだが思いつかなかったのだろう、あからさまに話を変えてきた。
しかも振る話題がそれってどうなのよ。
「ファストはマナー守らなくていいの?」
「上級者になると許されるんです! ほら、ジェノは見習いの身だからさ、基礎を大事にしないと」
「風呂上がりの上級者ってなんだよ。皆どうせ適当じゃん」
まぁ、マナー講座は退屈だったからいいけどさ。
少し考えるポーズを取った後、ジェノは頭を掻いた。
「んー別に嫌いじゃないよ。色々びっくりして疲れるし苦手だけど、真っ直ぐにぶつかってくるところは清々しくて印象は良い。ただもう少しペースを抑えてくれると有難いかな」
正直な気持ちを話す。
どちらもちゃんとした友人がいなかった者同士、そう簡単には関係を築けるはずがないのである。
強引に押しかけてきたから意地で「友達にならない!」と言い張っていたが、体調を崩したジェノを心の底から心配する少年に嘘は一つもみられず、純真に自分を思ってくれる存在をこの寝込んだ一週間で冷静に受けとめることが出来た。
安静が必要なジェノに、毎日しつこく会っていたのが嘘だったかのように手紙とお見舞いの品を預けていくだけの少年。
実際に部屋まで会いに来たのは、容体がだいぶ落ち着いた四日目の夕方だった。
「元気になって本当に・・・っ本当に良かった」
そう息を詰まらせるように囁いた少年は、静かに果物を剥いて少し談笑した後、病み上がりの身体に触るといけないからと手をそっと握っただけで帰って行った。
王子様だしうつるのを警戒して会いに来なかったのか?
そう一瞬思ったが、ジェノの前に姿を見せなかっただけで食事の用意や看病に必要な物を用意したりと、屋敷の中で必死に動いてくれていたのだという。
「近くに私がいると知ったら落ち着いて休めないかもしれないから、私の存在は黙っててもらえないだろうか」
一介の使用人に頭を下げる姿は毅然としていて凛々しく、神々しい光を背に輝いていたとマリーテアは語った。
皆も「格好良かったで!」「素晴らしいお姿じゃった」「少し見直しましたかね・・・」と口々に絶賛していた。
「王子様だけどちゃんと筋を通すカルシェンツ君は、いい子だよね」
そう言って目を細めて笑うメロスをみて、自分は彼のことをまともに『みて』いなかったのではないか・・・しっかりとカルシェンツという少年と、向き合っていなかったのではないか? と思い至る。
親友になりたいという熱い想いに対し『考えさせて下さい』とそう言いながら、面倒だと放棄していた自分に気づき、ジェノは深く反省した。
彼にもいけないところはあったが、ジェノにもダメな部分があったのだ。これから少しづつでも、ちゃんとカルシェンツと接してみよう。
ほんのちょっとの心の変化だが、停滞していた二人の関係が確実に動き出す、大きな変化であった。
「まぁ今回の事はちょうど丁度良いし、少し友人関係構築は休憩といきますか」
ぽつりとつぶやいたメロスは、首を傾げるジェノに目を輝かせて囁く。
「約束したもんね」
笑顔のその言葉の意味をジェノは三日後、身を持って知ることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます