最終夜 月読の輪廻⑦

 「命言みことさまは、アルバイトで貯めた十万円を元手に、株式投資を行ったのです。ニューヨーク、ロンドン、東京、上海市場の市場動向と各国の経済情勢、二十年間の市況変動を分析し、九二.七三%の確率でインデックスの変動を予測するソフトを開発しました。さらに、残りのリスク要因を九七.八五%削減するデリバティブを組成し、これをもとに資金運用した結果、莫大な運用成績を収めたのです。ここから納税分を差し引いた残金を、『讃岐さぬき月読つきよ』の名義で国内外三十五の金融機関に預金してございます」


 「命言がしょっちゅういなくなっていたのって、このためだったのか」

 「はい、命言さまは昼はコンビニ、夜は土木作業員のバイトをしておられましたが、より労働収益性の高い水商売の口を見付けられ、クラブのホステスとして勤務されていたのです。駅前のクラブ『ボディ♡コンシャス』の『ミコトちゃん』といえば、同業者の間では伝説のキャストで、町のナイトスポットを紹介する夜遊び情報誌には、特集が組まれております」


 そう言って、玉藻たまもが懐から雑誌を取り出し、見開きを見せた。健造は子どもの目を両手で覆いながら、おそるおそる中を覗いた。情報誌には、見開き2ページに様々なコスチュームに身を包んだ命言の写真がちりばめられ、インタビュー記事が掲載されていた。


載ってやがるよ~、夜いなかったの、このためか~ しかも、見覚えのあるセーラー服やバニーの写真まであるじゃないか。あの衣裳、本当に命言のだったんだな~

それにしても、あんなに無口で不愛想な女が、どうしてホステスの星になれるのか?

大人の世界って、さっぱりわからん??


 「わたくしも、いずれは命言さまのように伝説のキャスト『タマモちゃん』と呼ばれるように・・」

 「おまえはいいよ! てか、本名で堂々と水商売する神経がわかんねぇよ!」


 玉藻は、子供の顔を覗きながら、改まった口調で健造に話かけた。

 「だんなさま、お嬢さまを『月読』様とご命名いただくことを進言します。お嬢さまは、いずれ成長して月読さまと瓜二つのお姿になられます。来年の四月には、これまでと遜色ないお姿になられますので、そのときに高校に復学の手続を取り、二年生に編入することにしたいと存じます」


 「そうか、そのことを睨んで、おまえは休学扱いで学校に届け出てくれたんだな」

 「すべて命言様が計画されたことです」

 「命言か・・あいつらしい気の回し方だな」

 「そして、すべての財産は月読様の名義となっておりますので、だんなさまが、月読さまのため、ご自身のためにご自由にお使いくださいませ。さしあたりは、新居の購入にあてがってください」

 「いや、遠慮しておく。学費と生活費の補助はしてもらうけど、それ以外はおれがなんとかするよ。必要なら、バイトだってする。こんなにもらったんじゃ、竹取じいさんの二の舞になってしまうからな」


 健造の言葉を初めから期待していたかのように、玉藻の口元が緩んだように見えた。玉藻が初めて微笑んでいる。

 「だんなさまは、そういうお人であると、私が命言様から引き継いだ記憶メモリーが申しております。どうぞ、だんなさまのお気の召すままに。ただし、学業は疎かにせずに頑張ってください。また、苦しいときは遠慮なく、私にご用命ください」


 「ああ、そうさせてもらうよ。こんな小さな子どもでも、この子には月読の意識が眠っているんだ。だから、恥ずかしいことなんてできないよな。下手なことしてたら、大きくなった月読に怒られてしまう。また、『ヘタレ』だなんて言われたくないからな」


 幼児の月読と手をつなぐ。まだまだ幼くて、握りしめたらつぶれてしまいそうなか弱い手。だけど、その手は温かくて、生命の躍動に溢れている。


改めて、感じた。月読はここにいる。


 「今日から、きみは『月読』だ。お母さんの名をもらって生きていくんだよ」

 傍らの子どもに、小さく語りかける。まだ、発語がない幼子おさなご。それでも、おれのいいたいことは伝わっているんじゃないか。


 すると、子どもの姿に重なるように、十六歳の姿の月読が浮かんでくる。そよ風に黒い髪を揺らし、穏やかな眼差しをこちらに投げ掛けている。口元が緩んで何かを口ずさんでいるようだ。


 だんなさま、またお会いしましょう・・


 幻の月読が微笑んで口元が揺れていた。そんなことを口ずさんでいた。声が聞こえた。そう聞こえたのだ。

 あのときの月読にもうすぐ再会できる。そんな思いで、空を見上げた。秋の空がどこまでも高く、二人の頭上に広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月読(つきよ)の輪廻-原題「雑木林でかぐや姫を拾ったら大変なことに」- 新井荒太 @KotaArai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ