最終夜 月読の輪廻⑥

 「それでは、最後にだんなさまに申し上げたいことがあります」

 「まだ、何かあるのか」

 「それは、だんなさまのお覚悟です」

 「『覚悟』とは?」

 「カムナバルの人間は、親の記憶の一部を引き継ぐというのはご存知でしょうか」


 健造は、かつて月読つきよが話していたことを思い出した。月読の母親は、宇宙感染症の大流行パンデミックの際に、お腹にいた月読を守ろうとして何日もカプセルの中に閉じこもっていたこと、そして、出産前に地球に航行座標を合わせて、生まれてくる月読を送り込もうと懸命になっていたこと、それを月読が記憶として引き継いでいることを聞かされていた。


 「お嬢さまに、どのような記憶が引き継がれているか、大脳皮質をスキャンしました」

 そこまで言って、玉藻は健造の目を深く覗き込んだ。

 「お嬢さまに引き継がれているのは、健造さまの記憶ばかりです」

 「そうなのか、本当に」

 「ええ。出会ったときからご出産の前まで、健造さまとの思い出が深く刻まれているのです。いつか成長なさったとき、お嬢さまはその記憶の意味を理解するでしょう。そして、お嬢さまは月読さまの気持ちを引き継いで、だんなさまに恋心を抱くかもしれません。そのときに、だんなさまはその気持ちに応える覚悟がありますか」

 「ああ、この子は本当に月読の生まれ変わりなんだな・・」


 健造は、感慨深く月読の子の顔を見た。そして、深呼吸しながら静かに答えた。

 「もちろん、おれはこの子と生きていく。この子は月読が残してくれた、月読の命そのものなんだ。だから、この子が成長するまで世話していきたいし、成長したこの子にまた好きになってもらえるよう、もっと努力していくよ」

 「だんなさまのお覚悟、よくわかりました。無論、私もお嬢さまの養育に携わらせていただきます。また、そのお言葉を聞いて、命言みことさまから託されたものをだんなさまに引き継ぎたいと存じます」

 「命言から?」


 玉藻は、マンションの外に出るように促した。健造は、子どもをだっこしながら玉藻に付き従った。多摩丘陵のなだらかな起伏を上っていくと、丘の中腹は造成された宅地が散在するエリアとなっている。新たに造成された区画で、ぽつりぽつりと家が建ち始めている。玉藻は、その中のひとつの区画の前で立ち止まった。

 「こちらです」

 見渡すと二〇〇坪はあろうか、周辺の中では相当大きな区画だ。この辺りのゆったりした土地規制でも、優に三軒は家が建つ。


 「こちらは、月読様名義の土地になります」

 「月読の土地だって・・!?」

 「命言さまが、だんなさまとお嬢さまのために残していかれたものです。すでに登記を済ませておりますので、お好きな住宅を建てることが可能です」

 「住宅ったって、家を建てるお金なんてどこにもないだろ」


 玉藻は懐から小さな帳面を取り出した。ざっと一〇冊以上はあろうか、すべてが銀行の預金通帳であった。健造は、そのうちのひとつを見た。

 「一、二、三、四・・・えっ?」

 桁数をすぐに数えられない。健造は羅列された数字の数に驚愕きょうがくした。

 「百万、千万、一億・・じ、十億!?」

 「左様です。このほか国内外の銀行、証券会社を含め、総資産は二三五億円あまりございます」

 「なんだって!? どうしたんだ、その金? まさか、また日銀のオンラインに細工したわけじゃないだろうな」

 玉藻は、その質問を予期していたかのように滔々とうとうと答えた。

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