最終夜 月読の輪廻⑤

 命言みこと記憶メモリーを引き継いだ玉藻たまもの説明はこうだ。


 平安時代に地球に降り立った神奈原カムナバルの先人は、まだ地球文明が成熟していないために、やむを得ず地球を去る決定をしたが、いずれ文明が高度に発展したときに、この地に帰還し地球人と共存していく希望も捨てずにいた。将来、地球を再訪する子孫が、地球人として生きるためには、身体の機能的な差異を解消し、地球人と同様の成長から老化のサイクルをたどることが必要となる。


 そのために、先人は地球人のゲノムを解析して、地球人型のDNAをコピーするmRNAを組成し保存していたのだ。命言はあらかじめ、それをマクロファージに封入しておいた。そして、月読の妊娠と同時に子宮内に注入したというのだ。


 「月読つきよさまの妊娠時にマクロファージが受精卵に取り付いて、遺伝情報を書き換えたのです。この子の細胞から遺伝子を検出し調査しましたところ、そのときの処置が成功したことを確認しました」

 「ということは、この子は・・」

 玉藻はモニターを操作して、二次元のグラフを投射した。

 「こちらのグラフは、平均的な地球人とお子さまの成長曲線を描いたものです。生後半年くらいまでの成長は早いのですが、それを越えると身体の成長速度は著しく低下します。その分、生命の維持に必要な身体機能を長年維持することが可能となったのです」


 示されたグラフを見ると、月読の子の成長度は生後急激に増加するが、すぐに地球人の成長グラフに近接し漸近線ぜんきんせんのような形状をたどっている。

 「つまり、地球人並みの寿命になるということか」 健造は、興奮して訊ねた。

 「左様です。このグラフの曲線の形は、地球人と同様の成長、成熟、そして老化の過程を経ることを意味しています」


 「そうか! よし! よし!」

 健造は、喜びを爆発させ赤子を抱き締めた。ずっと、気がかりだったこと。それはこの子の寿命だ。カムナバルの人間の平均寿命は十年程度と聞いた。また、この子を月読が眠る月に送り還すのか、またはらわたえぐられるような辛い別れを経験しなければならないのかと、ずっと不安にさいなまれていた。


 「もっとも、寿命を延ばす代わりに重要な機能を失ったのですが・・」

 「なに!?」


 一瞬で、健造は現実に引き直された。玉藻たまもは冷酷な口調でその事実を告げた。

 「お子さまには、生殖腺がありません。つまり、自力で妊娠できないことになります」

 「ということは、先天的な不妊ということか?」


 健造は、あまりに残酷な現実にめまいを覚えた。

 「いいえ、ちがいます。地球人のように両性生殖のみの体になったのです」

 「へ? それってどういうこと?」

 「地球人のように男女のペアの営みによってしか、妊娠できないってことですよ」

 「えーと、それじゃ」

 考える健造に対して、玉藻は再度、右手を口に当て、くくくと嘲笑するように言った。


 「だんなさまぁ、妊娠のさせ方なんて、きょうび小学二年生でも知ってますよ~ いいですか、男の○○にそそり立った××を、女の△△し火照り切った□□に☆☆するんですよ~」

 健造は両手で、子どもの両耳を覆った。

 「わー、わー 知っとるわ~、それくらいのこと、おれだって! 赤んぼの前でなんてこと言うんだ、おまえは!」


 また、バカにされたよ、玉藻に! こいつ、命言みことに乗っ取られてるんじゃないか!?


 玉藻たまもは、先人から受け継いだメッセージを語り出した。

 「先人は将来地球にやってくる子孫のことを思って、地球で生活し生命を未来永劫受け継がせることができるように、身体機構を変化させる仕掛けを残していきました。

 それこそが、『不死の薬』の意味だったのです」


 ひとりの生命は限りあるものでも、子どもを産み育て、その生を受け継いでいく。何と素晴らしい生命の営みだろうか。紡がれゆく生命は絶えることはない。健造は、カムナバル先人の遺した偉大な贈り物に感謝した。月読も、このことを知ったのだろう。だから、すべてをこのゲノムに託して、最後に子を宿す決心をしたのだろう。

そう思うと、改めて次代に命を紡いでいくことの尊さというものを胸に刻まずにはいられなかった。月読の遺したひと粒種・・かけがえのない、この生命を大切に育てなければならない。そう誓った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る