幕間
第11話 蠢く
薄汚い鉄筋コンクリートのビルの地下。そこにあるいつもの集会場所に向かうため、男は階段をゆっくりと降りていく。本業でも使っている黒いスーツで身を包み、前髪は上げている。日の当たる大通りで彼を見たら、皆口を揃えて清潔で仕事のできそうな男だという印象を抱くだろう。その印象は間違っていない。しかし仕事ができるが故に、本業と裏の仕事までこなせてしまう。彼はそんな男だった。
「浦田会長、おはようございやす。今日は早いですね。どうしたんですか」
集会場所の扉を開けるや否や、この会の初期メンバーの一人であり、現役漁師の男が
「今日の昼、セイレーンガーデンで騒ぎを起こした奴がいると聞いた」
「ああ、その件ですか」
「集会の時間を割くわけにはいかない。今ここですぐに名乗り出ろ」
窓がないこの集会場所には既に百人弱が集まっていたが、浦田がいる真ん中を中心に集団が二つに分かれる。分かれた空間に残されていたのは、今日の昼下がりにセイレーンガーデンのエントランス付近で暴れていた男本人だった。
「お前がそうか」
「お、お許しください」
彼は土下座をして誠意を見せようとするが、浦田は構わずに問い詰める。
「どうして自ら名乗り出なかった? 自分の行いは正しかったと、そう言いたいのか?」
「いえ、」
「じゃあ、何のつもりであんなことをした!」
言葉の勢いに乗って、浦田の足が這いつくばっている彼の腹に炸裂した。呻き声を上げながら転がっていく様子を周りの人々は黙って見ているしかなかった。冷たい空気が漂う中、浦田は追い討ちをかけるように彼の前髪を引っ張り上げ、無理矢理顔を上げさせる。
「答えろよ。リーダーが訊いているんだぞ」
「だ、だ、だって! 俺たちは人魚撲滅の意識を国民に高めさせなきゃいけないんだろ! 人が集まる場所でやりゃあ、効果は絶大だ!」
「馬鹿かお前は! セイレーンはMMLに出資すると同時に、我々海王会の資金源でもある」
髪の毛穴の痛みに耐えながら、飛んでくる唾に思わず男は目を瞑る。
「それにここは人魚撲滅を願う者が集まっているのは確かだが、活動の目的はセイレーンとMMLの解体だ。人魚撲滅の思想が先行してはならない。順序を見誤るなよ」
「そうだぞ。警察に目をつけられたらどうすんだ!」
と、漁師の男も横から口を挟んだ。
「それはもう浦田さん頼みだ!」
前髪を掴まれたまま、男は懇願するように浦田のスーツを掴む。
「意識の問題だ。それにドラマじゃあるまい。俺一人で全てをどうこうできるわけではない」
そう吐き捨てると浦田は彼を突き飛ばした。これ以上、この男に割いている時間はないと判断したのだ。
浦田が到着してからも続々と人が集まっていたが、まだ一人が来ていないことに彼は気が付いた。
「玲は?」
浦田の問いに漁師の男は「さあ」と首を傾げるだけだった。
「まあ、あいつはいいか。定刻だ。海王会の集会を始める」
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