ウヌクアルハイ
とぅる
第1話
感知。
3時の方向から斬撃。右で防ぎ左で射撃、命中。"敵1"の倒れる音、砂埃の匂い。"敵1"の信号、消える。
続いて8時の方向から上段への大振り。躱しつつ脚を払い、"敵2"のバランスが崩れた所を突き上げ、蹴り飛ばす。脚に感触、血の匂い。"敵2"が信号、消える。
これ以上の攻撃の気配はない。が、警戒を緩めるな。
今の私は、何も視えないのだから。
感知。
背後から、長物の突き。"敵3"? …違う!
「…ふ〜ん」
突きを払う手を止め、攻撃の来た方に向き直り片膝をついた。
「私がヘビーナ様を傷つける訳ないでしょう。」
「当たり前でしょ。でもさぁ」
「ッ!」
視えずとも分かる。ヘビーナ様のジャドーランスが、私の首元に添えられている。
「たった2人のザコに手間取りすぎじゃない?」
「…申し訳ございません」
先の早稲田戦士との戦闘で、不覚にもバイザー部に衝撃を受けた。その時から、何も視えない。
他の感覚は生きている為、基本的な動作に支障はない。だが、どうしても戦闘能力は落ちてしまう。ヘビーナ様の"お遊び"ですら、満足にできないという体たらく。
「あ〜あ、ツマンナイ。ライベールのそれ、治んの?」
「治して、みせます。直ぐに」
「あっそ」
ヘビーナ様が落胆されるのも無理もない。
遠ざかる足音と気配を感じながら、微かな、絶望感。まるで心まで暗闇に染まったようだった。
視えないのは、今のところヘビーナ様にしか知られていない。そして、早稲田戦士はもちろん、他のタカダノバーバリアンにも知られてはいけないと言う確信があった。
アジトに戻る訳にもいかず、ただフラフラと彷徨った。なるべく人気のない、誰の目にも触れない所へ。
視えない。ずっと暗闇の中で、他の感覚を研ぎ澄ませる。それは案外体力を消耗する。右手で壁を確認し、そこに背を預けてずり落ちるように座り込む。右足に空き缶が当たって転がる。その感触も、音も、今の私には毒のようにじわじわと気力を削ぐ。
「だいがく、とうきょく…」
口を不意につついて出た、覚えがあるような、ないような響き。
ヘビーナ様の役に立たない今の私など、なんの価値もない。決意を固め、ゆっくりと立ち上がった。
暗闇の中で、記憶を辿りながら少しずつキャンパスに近づく。冷たい風、どこか懐かしい飲食店の匂い。其処への道を身体が、脚が、覚えている。視えているならば決して近づかない敵地。視えていないからこそ辿り着けそうな記憶の中の場所。
「おかえり」
気配もなく聞こえた声に振り向いた。普段なら背後を取られるなんて失態は犯さないのに…!
カストスを構え、気配へと向ける。奴は誰だ。この声はなんだ。距離は、人数は、戦闘能力は…。
「…洗脳が溶けた訳ではないんだな。ライベール」
データベースに声紋検索をかける。ヒット。早稲田戦士、ウイング。
認識したと同時に風の音がした。奴が武器を召喚した音か、視えない私には分からない。
「こんな所に、たった1人で何の用かな?」
「貴方に言う義理はありませんね」
ウイングの足元に目がけ乱射。敵の動きで気配、距離を把握。今の私では接近戦は不利。そしてこの戦闘は勝利する必要はない。ある程度距離を保ったら煙幕を使用して撹乱し、その隙に突入する!
「私はここだ」
「ッ!」
距離を見誤ったか…?!想定よりも近くから声が聞こえ、反射的に後ずさる。が、奴はついてくる。振りかぶる腕が風を切る音。斬撃にガードが間に合わない、しかし右の装甲で受ければ…。
しかし、来ると思っていた痛みは来ず、その代わりに右手首を掴まれていた。
「ライベール、私はもう早稲田戦士ではない。だから私は君の敵じゃないんだよ」
「…なに?」
「君の目的によってはここを通しても良い。」
「…」
「…なぁ、どうしてここに来た?…いや、来れたんだ?」
ー ー
知らぬ名前で私を呼ぶ声。ひどく穏やかなものだったが、私は頭を殴られたような衝撃を覚えた。記憶の闇にヒビが入り、そこから懐かしい光が漏れる。
その名前は、いや、
「ウイング、私はー」
ぐらりとよろめく身体。立っていられない。私の中で何かが沸き立っているような、今の私を否定する私が、内側から出たがっているような、そんな、何か。ウイングに支えられる右手を振り払い、頭を抱える。
「ちょっと、ヘビーナのトモダチ虐めないでくれる?」
「!?」
頭が割れそうな苦しみが、その声を皮切りにまた違う苦しみに襲われる。この苦しさは覚えがあるものだ。火炎に包まれ、黒煙に咽ぶ苦しさ。仄暖かく、仄暗く光を覆っていく。
フェードアウトするように、そのまま意識を失った。
目が、覚めた。
体の痛みよりも先に、無機質な天井が目に入った。
…視える。
起き上がると、自分は廃校の保健室のベッドに寝かされていることを把握する。遠くのテーブルで、窓を見ながら両肘をついているヘビーナ様が見えた。
「ヘビーナ、様…?」
遠く夜を見つめている姿に、初めて儚さを感じた。
ヘビーナ様がゆっくりと振り返り、目が合う。
「起きたんだ」
こちらに向かってきて、私の横で立ち止まる。
私は、攻撃を受けると思った。視えず、お役に立てず、そして何かお手を煩わせたから。
警戒をする私を、ヘビーナ様はただ見下ろしている。
「視えんの?」
「…、はい」
ヘビーナ様が私の頬を撫でる。予想外の行動に体が固まる。
鋼の仮面越しに感じる、手の温かさ。そして微かな震えを抑えるように、私の手を重ねる。
「貴方しか視えてませんよ」
「アホらし」
ウヌクアルハイ とぅる @trueda
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