第6話 怪人、ビビらせる
巨漢を石畳に叩きつけたエクスは、その呆気なさに少し落胆していたが、その喧嘩を眺めていたギャラリーはそうでなかったらしい。
「フゥ〜〜〜っ!!やるねえ兄ちゃん!!滅茶苦茶強えじゃねえか!」
「グルーゾ、おめえ何伸びてんだよ、ぶわははははっッ!!」
その場で酒を呷っていた冒険者たちは、エクスの圧倒的な勝利を酒の肴にしていた。さらに巨漢の男――グルーゾという名前らしいが、その痴態を見て大爆笑している者までいた。
少なくともこの場でエクスに対して嫌悪感を抱いている輩はもういないようである。
「一体全体、なんの騒ぎだバカ野郎共!」
そんなことなかった。
外の喧騒を聞きつけたのか、カウンターの奥から大柄の男性が鬼の形相で迫ってくる。職員が着用しているスーツのような服を着ているものの、服は筋肉でパンパンになっており、明らかにサイズがあっていない上にもはやコスプレと言われたほうがしっくりくるだろう。
そして、その男が現れたことにその場に居た者たちが各々に驚愕の声を上げた。それはカレンも例外ではない。
「ギ、ギルドマスター!?」
『ギルドマスター、ということはこの組織の長ということですね……なるほど、とてもお強い方だ』
慌てふためくカレンに相反し、フロンティアはひどく冷静に目の前の男性を分析する。目の前に現れた男の筋密度、佇まい、隙、あらゆる観点から数値化したデータが示した結果は、『対象は
「……あの男、オレよりも強いな」
『わかるので?』
「ああ・こちらもあらゆる方法での攻撃及び殺害パターンを検証したが、想像しうる421パターンの
あまり感情を表に出すようには作られていないはずのエクスの表情がどこか悔しさを帯びていた、そして何より冗談を言うようなタイプではない。エクス、フロンティア共に、目の前にいるスーツの男はエクスよりも強者という共通認識を持った。
この場における圧倒的強者――ギルドマスターと呼ばれた男は、鋭い三白眼でぎろりと辺りを威圧する。その視線に捉えられた
「で、だ。改めて聞くが…一体全体、お前らは何がそんなに楽しかったんだ?そこで伸びてるのは…グルーゾか。ギルドのルールで喧嘩はご法度だと―――俺はお前らに何度も伝えたよなァ?!なんとか言えよバカ供!!」
ふつふつとした静かな怒りから転じて、怒鳴りつけるギルドマスターの面は鬼の面相となっていた。ギルドマスターが怒りのままに地面を強く踏みつけると、おおよそ人間が石を踏み抜いた音とは思えないような鈍い音に続き、衝撃で石造りの小要塞と相違ないギルドの建物がまるで地震かのように鈍い音を立てて揺れ、天井からはパラパラと埃が舞って落ちる。
先ほどまで酒を浴びるように飲み、酔いで顔を赤く染めていた冒険者たちは、その怒りように顔を真っ青に染め、恐怖のあまり小動物のようにプルプルと震えていた。
突如訪れた緊張状態に、エクスがスティンガーの起動申請をフロンティアに行おうとした瞬間、同じく顔を真っ青にしたカレンが意を決した表情でギルドマスターに話しかけた。
「あ、ああのこれは違うんですエクスさんは悪くないんです!グルーゾさんが私をお酒の席に誘ったのをエクスさんが止めてくれてそれで喧嘩になっちゃってそれで!」
「……あ〜、わかったわかった。カレン嬢ちゃん、今ので察した。グルーゾの野郎、懲りずにセクハラしてついに痛い目を見たな。あの馬鹿には良い薬だろ。なんかごめんな、怖かったな、俺」
むさ苦しい野郎共が小動物のように震えていても気色悪いだけだが、流石に15〜16歳ほどの少女が顔面蒼白でプルプルと震えている様子はよっぽど不憫だったのだろう、ギルドマスターは非常にバツが悪そうな表情でカレンに頭を下げた。
「えええ!!?やめてくださいよギルドマスター!?元はと言えば私が舐められたのがいけないんですっ!もっと強く見えるように頑張りますっ!」
さすがに自分の所属している組織の長から頭を下げられたのは予想外だったのか、カレンはあたふたと慌てふためく。
舐められないようにするアピールなのか、二の腕を曲げて力こぶをアピールしているが全くと言っていいほど筋肉がついていない。そういう若干お馬鹿そうなのがアクセントになって、一層マスコットみが強くなっていた。
「……あれでこそカレンちゃんだよな」
「ウンウン、ちょっと抜けてるところがいいんだよな」
「さすがうちのギルドのアイドルだあ……ギルドのスタッフはみんな鉄仮面で不愛想だしな」
先ほどまで顔面蒼白でプルプル震えていた冒険者たちも、全くできていない力こぶアピールをしているカレンの様子を見てのほほんとし始めた。ちなみにギルドの女性スタッフの耳にも当然いまの会話は聞こえており、先ほどのギルドマスター並みの鬼の形相で冒険者たちを睨みつけている。彼らの明日はどっちだ。
周りのムードが軟化してきたところで、先ほどからずっと空気だったエクスがギルドマスターに話しかけた。
「…もういいだろうか」
「あ、ああ、なんかすまんな。エクスつったか?冒険者ギルド、トスター支部へようこそ。俺は一応このギルドのマスターをやってる”リゴール”というモンだ、よろしくな」
ギルドマスター改めリゴールがエクスへ手を差し向ける。”握手”という概念を知らないエクスは困惑して動きを止めるが、フロンティアの『手を握り返してください』という指示に従い握手を返した。
「よろしく頼む。早速だがリゴール、どうすればギルドに所属できるか教えてくれ」
「それは俺じゃなくてあそこのカウンターで受付嬢に聞きな。少なくとも俺よりも上手く説明してくれっからよ」
エクスなりに多少整えた口調だが、それでもやはり高圧的な雰囲気は拭えない。
リゴールがカウンターを指差すと、先ほど鉄仮面で不愛想と揶揄されていた受付嬢が既に書類等を用意してエクスたちを待っていた。確かに表情筋が死滅している感じはあるが相当優秀なようである。案内されたようにカウンターへ向かうと、綺麗に45°のお辞儀をした女性職員が抑揚の薄い声で話し始めた。
「ギルドハウス、トスター支部へようこそ。本日はギルドへの加入ということでお間違いはないでしょうか」
「…フロンティア、この女はお前の仲間ではないのか?」
『電磁波や無線を感知できないので、対象は100%人類で間違いありません。加えて女性に対する呼称は”彼女”が適切なので今後はその呼称を使用することを進言します」
いきなりド失礼を働くエクス。確かに抑揚のない口調や変化しない表情は機械的だが、流石にAIやロボティクスを活用したアンドロイドと見間違うのは失礼極まりないだろう。
「………本日はギルドへの加入ということでお間違い無いですよね?」
「ああ、オレはギルドに加入を申請する。条件や要件などを聞きたい」
鉄仮面フェイスに若干の青筋を浮かべた受付嬢はそれでもなお抑揚のない口調で話を続ける。とはいえ背後に憤怒のオーラ的な何かがチラつき始めているので周りは戦々恐々だが、エクスはなんでもないように会話を続けた。
冒険者たちの中で、エクスの評価が”とんでもないルーキー”という評価で満場一致した瞬間である。
「………………はあ、まあいいでしょう。礼節に欠いている方が登録にいらっしゃることは少なくありませんので。
まず武器を保有する以上、当然各国の法律を遵守する義務が課せられます。つまり、我々であればティジャス王国法を遵守する必要があります。これは一般常識ですが、規則ですので大前提として説明させていただきました」
『ティジャス王国法ですか、なるほど』
フロンティアにとって思わぬ収穫だった。どうやらこの世界の統治システムの中核は王を中心としたものであり、元の世界における中世〜近代レベルのようであると推定する。
「ここからが本題です。ギルドに所属するために必要な手続きですが、こちらの書面に”名前”と”武器種”を記載していただきます。また予め明言しておきますが、最終的な登録の際に嘘を確認する機材を使用しますので嘘は御法度です。書類はこれですが、代筆は如何しますか?」
「問題ない」
受付嬢から差し出されたパピルスのような質感の書類にスラスラと記載をしていくエクス。
エクスクルードを製造した悪の秘密結社『ザ・ロスト』所属のシンクタンクによって、ディメンジャーが使用していた独自の暗号文を解読し、その文字や文章構造、独自の発音が地球上でただの一度も使われた形跡のない
それによって得た知見は既にデータ化され、エクスクルード製造の際に脳に直接インストールされており、それ故にエクスは異世界の文字や言語を何不自由なく使用することが可能である。
(”ポリグラフ検査”のようなものが既に存在しているとは、旧態然とした支配構造のことを考えると随分と歪に文明が進歩していますね……いや魔法という我々にとってのブラックボックスが存在している以上、一定以上の考察は無意味ですね)
受付嬢からの書類を書き進めるエクスの横でフロンティアはこの世界における技術と文明レベルの違和を考察していた。しかし、人間換算でIQ150ほどの知性を持つフロンティア搭載のAIが”魔法”という未知の技術体系が存在している以上、地球の常識を持ち込むべきではないという結論を出す。
フロンティアがしばらくの熟考をしているうちにエクスは書類を書き終える。書類には名前欄にエクスクルード、使用武器種には細剣、備考欄には従魔について、しっかり異世界言語で記載されており、製造過程における情報インストールはしっかりと成功しているようである。
「書けたぞ、これで登録は終了か?」
「いいえ。先程も申しましたが、最後にあなたが嘘をついているか否かのチェックをさせていただきます。こちらの水晶に手をかざしてください」
そう言いながら、受付嬢はカウンターの裏から50cm大の水晶の塊を取り出し、カウンターに置いた。
原子の結合が地球のそれとは違うのだろう。ギルドハウスの照明を受けた水晶は内部で光を乱反射させ、まるでオーロラのような色調を見せる。
エクスは言われるがままに、切り出された原石のように整っていない水晶に手をかざすと、突如水晶が薄い空色に発光する。一瞬警戒を強めるものの周りの様子からして問題ないと判断、しばらくすると受付嬢が首を縦に振った。
「はい、確認終了です。嘘はついていなかったようですね。登録自体は完了しましたが、ギルドのシステムなどついて質問はございますか?」
『はい、私から質問をさせていただきます。冒険者ギルドについて街の雑用や、街の周辺の原生生物、盗賊を討伐を行う
エクス達の持つ知識は、あくまでカレンから聞き出した情報の断片にすぎない。だからこそ今後も利用する可能性が大いにある”冒険者ギルド”という組織について、明確な情報を仕入れようとしたフロンティアのその質問に、受付嬢はひどく不思議そうな表情で答えた。
「随分と知能の高い従魔ですね…当ギルド…冒険者ギルドに所属する利点ですが、まずは旅をする際に一定の身分保証がされます。加えて街の住民や自治体から依頼された”クエスト”を一定数こなすと、冒険者としてのランクが上昇し、高ランクになれば、税の一部免除やギルド提携の商店での割引、あとは国ごとに優遇措置がありまして……この国であれば
”国立図書館”と言うワードに反応して、フロンティアのモノアイカメラがまるで目を細めるかようにレンズを絞った。
『国立図書館、ですか。なるほど、デメリットもお聞かせ願えますか?』
「基本的にどの国家に属していない自由組織であり、その代わりの条件として一部の高ランク冒険者は緊急時の国防を強制されます。持ちつ持たれつとは言うもののの比較的国家有利なのは仕方ありませんね」
受付嬢から提示されたデメリットを聞聴き終えると、フロンティアの判断プログラムは提示されたメリットとデメリットが天秤にかけられる。フロンティアの黒いボディが一部変形すると、放熱フィンがフル回転する音と共に、生暖かい空気が排出される。
(…この世界における歴史的背景、地形、技術体系、そして何より”
考察された”結論”と今後の行動方針についてデータを保存すると、フロンティアは質問を切り上げエクスに話を振る。
『…なるほど。私からは以上です。マスターは何か質問がありますか?』
「オレからはないな」
その2人の様子を見、区切りもよく話が済んだようだと、受付嬢は話を切り上げるためにお決まりの締めの文句を切り出した。
「かしこまりました。”
「『…”証”?』」
「………え゛っ?ご存知でない…っ?!」
”
子供でも知っているような一般常識を知らない不思議な服装をした青年と妙に賢い従魔。その2人組の発言に心底驚いた受付嬢から鉄仮面剥がれた落ちた。
怪人、異世界に立つ 〜対変身ヒーロー用人造人間が異世界で大暴れするそうです〜 浜藍蓮華 @rakushumee
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