第5話 怪人、はっ倒す


 


 森から出て数分も歩けば、トスターの自慢らしい石造りの壁も間近に迫っていた。


 しかし夜だからだろうか、馬車が通れるほど大きな門は既に閉じており、その横に備え付けられている2m程度の小門に槍を持った軽武装の兵が立っていた。門を潜るためその兵に近づくと、兵はその道を阻むように立ちふさがる。しかし彼の表情からは、どこか申し訳なさそうな表情が感じられる。


「すまないねカレン嬢ちゃん。仕事帰りなのはわかるが、一応規則だからの提示を頼むよ……あとその後ろの1人と…黒いのは使い魔か?そいつらは一体どこのどなただい?」

「ドミニクさん、夜番お疲れ様です!この人たちはエクスクルードさんとフロンティアさん。盗賊に襲われていたのを助けてくれたんですけど、道に迷っていたらしく、私がこの街に連れて来ました」


 兵はどうやらカレンの知り合いのようである。ドミニクと呼ばれた兵は少し疑わしげな視線でエクス達を見ているが、カレンからのサポートもありすぐに警戒を解いた。


「おお、そうかいそうかい!カレン嬢ちゃんの恩人ってワケか!そりゃ警戒してすまねえな…あ、ギルド章を持ってるかい?持ってねえなら街に入る時に通行税を取らねえといけねえんだが…」

『申し訳ない、我々は最近この近辺にきた者。換金できそうな物を持ってはいますがこちらで使える硬貨の持ち合わせがありません』

「うおっ!話す使たぁ珍しい…ってそれは兎も角、う〜ん、最近こっちに来たってんなら……しょうがねえか。ホントは銅貨1枚分納めてもらうのがルールなんだが、おっちゃんが代わりに払っといてやるよ。カレン嬢ちゃんの命の恩人だしな!」


 どうやらフロンティアの存在は使い魔と見なされたらしい。

 カレンがあっさり自らの存在を容認したことからも無機質な機械という技術レベル的に奇異な存在である自分が受け入れられていた謎が解けたフロンティアは、自身の存在が任務遂行の妨げになることはなさそうだと推測した。


『ドミニク殿、ありがとうございます。私はフロンティアと申します、以後お見知り置きを』

「はあ〜、礼儀作法までしっかりしてるたあ凄まじく知性が高い使い魔だなあ…まあ、よろしくな!」

 

 ドミニクの粋な計らいにより通行税が免除された3人が門を潜る。


 トスターの街並みは煉瓦作りの家が立ち並ぶ、ざっくりと西洋らしさを覚えるような街並みだった。しかし中世ヨーロッパのように水路が整備されていないということはなく、街中には小規模の川が流れており、そこから分岐するように水路が引かれている。非常に自然との調和が取れている様子が見られた。


「規模感は小都市、単騎制圧は中々困難だな」

『はい、この規模感となると主人単騎での制圧はかなり難しいと判断します。せめて50人規模の下部兵組織が必要と進言』


 しかし悪の組織出身というだけあり、町並みなどの部分に無頓着なのがこの二人。このとんでもない会話内容がドミニクに聞かれなかったのは僥倖だ、聞かれていたら流石に拘留は免れない。


「これから私はギルドに向かいますが…お二人はどうしますか?」

『ギルド…中世ヨーロッパ時代に誕生した同業者同士が集まって作られた組合組織の総称ですね。とはいえどうやら細かいニュアンスに差異があるように思えます。カレン嬢、ギルドがどういうものなのかご教授願いたいのですが』


 二人が極めて犯罪性の高い会話をしていることなぞ一ミリも考えていないカレンが、二人は今後どうするのかについて訪ねる。ドミニクとの会話から色々と配慮してくれたのだろ、恐ろしいほど善人である。

 作戦遂行を最優先事項としているフロンティアとしても、街を通るたびに路銀を支払う必要があるというのは中々避けたい事態である。だからこそ、改めてこの世界における”ギルド”についてカレンに尋ねた。


「ギルド…正式な名前は冒険者ギルドっていうんですけど、各街に部署があってその街の雑用とか、周辺のモンスターとか盗賊を討伐してくれるみたいな組織です。ただ、ギルドはある程度の公的身分を保証してくれますから旅人はみんなギルドに登録するんですよ!」

『公的な身分保証…魅力的ですね。マスター、我々もギルドという組織に登録した方が良いと進言します』


 中世的な世界観でありながら身分保証についてしっかりしていることにフロンティアは少し驚くが、それよりなによりも、この世界に降り立って未だ1日も経過していないが、今後目的を遂行するためにも身分保証という点は重要であると判断した。


「そうか。ではカレン、オレらもギルドに連れていけ」

「わかりました、ついて来てください!」


 やはり高圧的な口調のエクスだが、その態度に嫌な顔をするわけでもなくカレンは二つ返事で提案を承諾した。元々行く予定であったとしても、あの命令口調には多少嫌な感覚を覚えても仕方ないだろう。それを感じさせない彼女の懐は相当広いのだろうとフロンティアは分析する。


 とは言え、このままでは色々と支障をきたす恐れがある。彼女のように全ての人間が大らかで善性に満ちているわけではない。


『マスター。誰にでも高圧的に振る舞うとかえって反発される可能性が高いです。口調を多少改めておく事が今後の調査のために必要だと進言します』

「そうか。礼儀に関してはあまり理解できていないのだが、どの程度が望ましい?」


 ディメンジャーレッド、藤原灯利ふじわらあかりの遺伝子から培養されたクローンであるエクスクルードは、培養段階で脳に直接情報をインプットされている。しかし、それは戦闘データが大半を占め、それ以外は最低限生きるために必要な情報、言語能力程度しかインプットされていない。


 そのため礼儀や礼節といったことに対して全くもって疎い。


『マスターの礼儀のレベルは些か低すぎるため、無貌様とお話しされた際の態度程度までは最低限礼節を整えて下さい』

「了解した、善処する」


 今後作戦を遂行する上で、上流階級の人間と接触する可能性も捨てきれない。そういったあらゆる可能性を考慮したフロンティアは今のうちからエクスに礼儀作法を学習させるというプランを取ることにした。


「到着です!…ってもしかしてお話の途中でしたか?」

「問題ない。今ちょうど終わったところだ」

 

 早速礼の欠いた高圧的な態度になってはいるが、どうやら話をしているうちに到着していたようである。

 

 目の前の建物――カレン曰く『冒険者ギルド』は、小さな砦のようなデザインであり、一見物々しさすら感じるだろう。加えて建物内から聞こえる酔っ払いの喧噪を聞こえ、少なくとも常人であればこの建物が”蛮族の館”であると言われても信じてしまいかねない。


「…盗賊の根城か?」

「はははっ!エクスさんも冗談とか言うんですね!ほら、早く入りますよっ!」

「冗談を言ったつもりは…おい、引っ張るな、別に一人で入れる」

 

 エクスは酷く真剣な目でそんなことを呟いたので、カレンにどうやら冗談だと思われたようである。エクスとしては本心からそう思っていたので反論しようとするが、聞こえていないのか聞いていないのか。カレンに手を掴まれてギルドの中に引っ張り込まれた。


 入ってすぐ正面は役所のようなカウンターが設置されており、その向こうでスーツのような服装の職員が事務仕事に勤しんでいるのが見える。しかし、左右を見ると皮鎧や金属鎧、軽装の鎖帷子など様々な装備を着た男たちが、大声で騒ぎながら酒を呷っていた。

 あまりにもカオスな空間である。


「やはり盗賊の溜まり場だな。フロンティア、排除について進言を求める」

『マスター、排除の必要性はありません。推定ですがあれらはギルドに所属する人間でしょう・一見盗賊と大差がないですが、街中で堂々と飲酒している以上行き過ぎた犯罪行為を犯している可能性は極めて低いかと』

「お二人とも結構酷いこと言ってますよ!?」 

 

 辛辣な会話を続けるエクス達に思わずツッコミを入れてしまうカレン。思わず辺りを見渡すが、こちらを睨みつけてきている冒険者は居ない。騒がしいのが幸いして、誰も今の会話を聞いていなくてよかったと安堵する。

 しかし、アタフタとオーバーリアクションで行動していたからだろうか、カレンに気づいた酔っ払いの冒険者の一人がカレンに声をかけた。

 

「お疲れいカレン嬢ちゃん!この後一杯どうだい?……もちろんその後に、俺と一夜を明かしてくれても良いんだぜ?ぶわはははッ!!」

「え、えっとお…」

 

 身長は2m近い巨漢であり、まるで熊のように思えるほどガタイがいい。しかしその手には酒類が注がれているであろう木樽のジョッキが握られており、その野蛮さ丸出しの顔はアルコールで真っ赤に染まっていた。

 そして明らかなセクハラに流石のカレンであっても動揺を隠せていない。そもそも彼女自体野盗に襲われたばかりなのだ、間一髪で助けられたと言っても決して心の傷が癒えたわけではない。


 周りで酒を浴びるように呑んでいる他の男性陣も、巨漢の男のその発言を聞いてゲラゲラと下品に笑っており、誰も助けに入る雰囲気はなかった。――この場、ただ一人を除いて。

 

「カレンはオレらを案内する用事がある。女なら他を当たれ」

「エ、エクスさん…!」

 

 まさかのエクスクルードである。

 らしからぬ行動に思えるが、本人からすれば急に自分達のプランを妨害された為、障害を排除しようとしたに過ぎない。とはいえ、側から見たらか弱い女性に助け舟を出したようにしか見えないだろう。実際、カレンも少し頰を赤らめていた。

  

「なんだテメエ…俺に生意気な口聞きやがって、こりゃあ………教育が必要だなあァ!?」


 しかし、その不遜にすら思える態度と、それに相反して女性を守るような行動が巨漢の癪に障ったらしい。酔っ払いとは思えない素早い動きで、手に持った木製ジョッキがエクスに投擲される。

 距離が近すぎたこともあり、戦闘モードへ移行していなかったエクスはジョッキを回避できず、ジョッキが顔面に直撃しエクスは後方へ大きくよろけた。


「〜〜ッ!」

「ぎゃははッ、モロ直撃じゃねえか!大丈夫かい?…っぶわはははァ!!」


 ジョッキが直撃したところから血がにじみ出ており、エクスの手には少量だが血液が付着していた。生まれて初めての鈍痛とそれに伴う出血に一瞬戸惑うエクス。 

 ヒーローの細胞から生まれたクローンというだけあり、肉体のスペックは最高峰。少なくともこの程度の攻撃で傷つくことなどそうそうない、詰まる所、ジョッキを投げてきた巨漢はかなり”やる”男である。

 

 『目の前にいるのは排除すべき敵である』と、そう判断したエクスの中でスイッチが切り替わり、目に冷徹な殺意が宿った。


「――戦闘モードへ移行、ロストバングルの通常駆動を開始……ん?」

『error! Administrative right, you can't use this device! error! Administrative right, you can't use this device!』

 

 しかしエクスの呼びかけ虚しく、ロストバングルが。それどころか、バングルは甲高いエラー音をループさせていた。想定していなかった事態に、戦闘モードでありながらわずかに動揺するエクスの背後からフロンティアの声がかかった。


『ロストバングルの起動は許可できません。街中での殺人は今後の任務遂行に大きな影響を与える恐れがあります。ですが……までなら許可します』

「…了解した。対象を素手でブン殴ってボコボコにする」


 どこか少し不服そうな声色でフロンティアからの指示を承諾したエクスは、改めて目の前でゲラゲラと下衆な笑い声をあげる巨漢に対峙する。巨漢はエクスの”ボコボコにする宣言”を受けて、さらに大きな声で笑った。


「…………ぶわははははっッ!!!俺をボコボコにだあ…?!できるもんならやってみ――ぬおわァ!?」


 笑い転げそうになる程大笑いする巨漢は、そのコンマ数秒後に困惑と驚愕で大声を上げる。エクスはが俊敏な身のこなしで一瞬のうちに巨漢の死角に潜り込むと、強烈なローキックをお見舞いした為だ。

 酔っている事もあり、元々足元が覚束なかったのだろう。巨漢はその一撃を受けてバランスを崩した。


「っテメエ…っ!」


 しかし巨漢もギルドに所属している人間、相当戦闘慣れしている人間なのだろう。バランスを崩しながらもその勢いを逆に利用し、その恵まれた体格を活かしてエクスを羽交い締めにしようと襲いかかる。


「――遅い」

「お、おおおっ?!」 

 

 しかし、戦闘モードに移行したエクスからすれば、そのようなは躱すまでもない。

前のめりにエクスを拘束せんと迫る巨漢の足元を勢いよく払うと、巨漢の身体が完全に宙に浮く。慌てた声をあげても既に俎板の鯉と同義だった。

 エクスはそのまま宙に浮いた巨漢の頭を鷲掴みにすると、勢いよく西洋建築特有の石畳に叩きつける。


「ガッ!?」

 

短い悲鳴と共にガン!と頭部と石材が勢いよくぶつかる音が響き、対象の無力化を確認するとそのままエクスは巨漢のマウントポジションを取る。先の宣言通り、素手でボコボコにする準備が整った。


「制圧及び拘束完了。これより素手で………ん?」


 いざ拳を振り上げ、顔面に一撃というところで、エクスは唐突に違和感を覚えた。というのも先ほどまで何らかのリアクションをしていたはずの巨漢が呻き声一つあげていない。

 嫌な予感がして、うつ伏せのままピクリとも動かなくなった巨漢を一旦上向きにすると、巨漢は白目を剥き口からは泡を吐いていた。力強く打ち付けられた額からは若干量の血液が吹き出ており、明らかに


『マスター、対象の気絶を確認。これ以上の攻撃はハッキリ言って無意味だと進言します』

「…戦闘行為終了、これが”呆気ない”、か」


またひとつ新しい感情を学んだエクスだったが、その様子はどこか物足りなさげだった。


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