第4話 怪人、撥ねる





「これよりエクスクルードは戦闘行動に入る―――ロストバングル、通常起動」

『Stinger,Ready』


バングルから単調な機械音声が発せられると、その中央部に埋め込まれたジェムが怪しく輝く。

赤色の輝きが一瞬だけ森を照らすと、バングルを構成する感応金属がエクスクルードの意思に共鳴し、バングル内部を満たすナノマシンを高速でエストック――武装名:スティンガーへと変形させる。


「っ!お前ら敵襲だ!」


道路で屯していた盗賊たちは、森を突っ切って現れた長剣を携えた襲撃者に気付くと、多少慌てながらも統率を取り始める。

しかし、その僅か数秒のうちに、両者の距離はとっくに間合いの中まで詰められていた。


「死んどけゴラァ!」

「喰らっとけやボケえっ!!」


エクスクルードに対して罵倒を飛ばしながらの錆びた剣による連携攻撃。盗賊による3つの剣筋は大雑把に、しかししっかりとエクスクルードの軌道上に置かれていた。

最低限度の戦闘技能と連携攻撃の練度はあるといった様子。加えて単純に一対多数は不利である。


――しかし、脳の情報処理能力に調整を施されたエクスクルードからすれば、その剣速は蚊が止まるようなスピードでしかない。

斬りつける3本の剣筋を躱しながらジャンプし、器用に剣筋を避けながら身体に捻りを加えて空中で前宙し、エクスクルードの視界が反転する。


(位置調整完了…首筋ウィークポイント、確認)


機械的なまでに冷たい視線の先には3つの首筋、効率的な殺意がコンマ数秒後に振るわれるであろう刃の軌道を更に確かなものにする。


エクスクルードはエストックの装着された腕を広げると、捻られた体を反動にして元に戻すことで、体の中心線を軸として駒のように一回転した。


「は?」「あっ」「えっ…」


地面に対して平行に回転したエクスクルードはスティンガーで1度に3つの首筋を断ち切る。


盗賊たちの呆けた声を背後に聞きながら、アクロバットを披露したエクスクルードが綺麗に着地すると、盗賊たちの胴体と分った頭部がと生々しい音を立てて地面へと転がり落ち、先ほどまで首が生えていた場所から鮮血のシャワーが吹き上がった。


「戦闘行動終了、通常駆動解除」

『Sleep mode…Have a good day』

 

通常駆動を解かれたバングルはスティンガーを構成するナノマシンを分解し、再び内部へ収容する。

こうして、殺人のために製造されたエクスクルードの生まれて初めての殺人は当然のように酷く味気なく終わった。


『動画データを保存…完了。先ほどの戦闘を見直したい場合はお申しつけ下さい』

「問題ない。少なくともオレ自身がどれだけ動けるのかは大体わかった…フロンティア、あそこの女だが、このあとの指示を仰ぐ」


先の戦闘ぎゃくさつを録画していたらしいフロンティアが横からスッと現れると、エクスクルードは元々の予定であった女性との接触について尋ねる。

エクスクルードが指を指した先にはへたり、と座り込んだ女子が一人。だいぶ日が落ちて暗がりになりつつある森だが、よく見れば彼女の股下には随分と水気があった。


『マスターの戦闘を間近で見て失禁してしまったようですね、とはいえ現在の気温と湿度を考えれば歩いているうちに乾くと推定できます。よって、当初の予定通り彼女を案内役として街まで出ることを進言します』

「了解した…おい、そこの女。聞こえているか?」

「ひ、ひえっ!!?」


急に声をかけられた少女の肩がビクッと跳ね、まるで捕食者に目をつけられた小動物かのように身体を震えさせる。無理もないだろう、自分に襲いかかってきた盗賊3人を一瞬で殺害した人間が高圧的に話しかけてきているのだから。

実際のところは、エクスクルードがそもそも一般常識を欠いているため、敬うという概念が希薄で高圧的な態度しか知らないのが真実なのだが、少なくともプルプル震えている憐れな少女はそれを知る由も無い。


「ん?聞こえているんだな…聞こえているんならオレを近くの街まで連れていけ。これは命令だ」

『……これでは交渉決裂になるやもしれませんね。

唐突な高圧的態度、大変申し訳ありません。マスターに代わり私から謝罪させていただきます』

「わ、私を奴隷商に売ったり、ひひ、酷いことはしないんですか…?」


高圧的なエクスクルードの態度によって交渉が決裂した場合のリスクを考えたフロンティアが会話に割り込むが、当のエクスクルードは少女の発言に、何を言っているんだと眉を顰める。そもそも奴隷商というものがなんなのかは知らないし、”酷いこと”と言われても、彼の中では殺人程度しか思いつかない。


「なぜオレがお前に”酷いこと”をする必要がある?その行為をするメリットが無いだろう」

「…よ、よかったあ〜、助かったよお…怖かったよお〜……ぐす、ぐずん」


訝しげな表情でそう告げるエクスクルードを見て、ようやく少女は自分が助かったと悟った。緊張から解放された少女は安堵からか大きな声で泣きながらポロポロと大粒の涙を流した。

その様子を見て、1人と1機が珍しく困惑の色を示したのはまた別の話である。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「改めて…私を助けてくれてありがとうございます!

…あっ、私の名前言ってなかったですね!私はカレンって言います!よろしくお願いします!」


だいぶん日が陰ってきた森の中で、先ほどとは打って変わって元気一杯に挨拶する少女――カレンは、エクスクルード達に勢いよく頭を下げた。

その様子を見て、エクスクルードは面倒臭そうに対応する。


「……なぜ感謝する?これからお前はオレたちを街まで案内するんだ、礼などするな」

「そ、それでも!あなたが私の命の恩人であることに変わりは無いです!ありがとうございました!」

「…もういい、わかった。兎に角オレらを街まで案内しろ」


カレンの強情な態度に、先に折れたのはエクスクルードだった。号泣したカレンをなんとか宥めたエクスクルードたちは、カレンに街まで案内することを半ば命令口調で言いつけていたが、”命の恩人からのお願い”に、むしろ「お任せください!こっちです!」と薄い胸を張って意気揚々と街へと向かい始めた。


『マスター、この状況で感謝されているのは悪い事ではないでしょう。大きな借りがある人間は嘘を付き辛いというデータがあります、今のうちに彼女……個体名称:カレンからこの世界の情報をなるべく収集するのも手かと』

「了解した。確かに現状のオレ達には圧倒的に情報が足りていない、移動時間中になるべく情報を引き出すように努める」


指向性スピーカーを使い、カレンには聞こえないようにフロンティアが提言し、エクスクルードがそれに同意する。


街に行く手段を得たと言っても、本来の彼らの目的は”ディメンジャーと同じ能力を得ること”である。そして、その”能力”が一体どのようなものなのかについては未だに謎しかない。

優秀なシンクタンクを所持している『ザ・ロスト』を以ってしても、その研究成果としては唯一、”能力使用時に空間が揺らぐ”という事象が観測されただけだが、それが地球上のみで発生する事象なのか、それとも普遍的な事象なのかすら不明…つまるところ何にもわかっていないに等しい。


だからこそ、『素直で借りがある人間』――カレンを用いた情報収集は作戦を遂行する上で優先度の高い行動であった。


「カレン、オレは特殊な力を追い求めている、それについて何か知っていることがあるなら話せ」

「特殊な力………う〜ん、のことですかね?才能がある人しか使えない力ですし、もしかして魔法使いのいない地域から来たんですか?」


さらっと出て来た”魔法”というワード、それを聞いたエクスクルードがフロンティアへアイコンタクトを取る。高度な自立思考AIを搭載したフロンティアは主人マスターの意図を理解し、会話役を交代した。


『魔法ですか…興味深い単語ですね。ちなみにカレン嬢は”勇者”という言葉に聞き覚えはありますか?』

「勇者、ですか?聞いた事…あ゛ぁーーーー!!!」

「敵襲か?警戒モードへ移行する」


唐突に大声をあげたカレンの様子から敵襲と判断したエクスクルードは警戒レベルを一つ上げ、ロストバングルをいつでも起動できるように準備した。

しかし、気配を探れど周囲からは大凡”敵”と思われる反応はない。感じられるのはカレンの声に驚いて、慌てて動き出した森の動物の気配程度のものだった。


『敵性反応…確認できません。カレン嬢、一体どうしましたか?』

「私、助けてもらったのにお二人の名前を聞いていませんでした!申し訳ないのですがお名前を教えていただけますか?」

『「…」』


人間、AI共々絶句。

少女のリアクションの大きさと大袈裟さに、エクスクルードは生まれて初めて”驚きすぎて声が出ない”という行為を経験したのだった。数秒後、ハッと我に帰ると、調子が狂ったと言わんばかりの態度で自己紹介する。


「…オレはエクスクルード、コイツはフロンティアという。あとあまり大きな声を出すな、敵襲を受けたらどうするつもりだ」

「ご、ごめんなさい…改めてよろしくお願いします、エクスさん、フロンティアさん!」

「”エクス”…これが渾名というものか、初めての経験だ」

『はい、こちらこそよろしくお願い致します……ところで話を戻しますが、”勇者”という言葉に覚えはありませんか?』


今まではフルネームで呼ばれていたエクスクルードが謎のむず痒さを抱いている間にも、フロンティアは現地での情報収集に着手していた。


先ほどの様子からして何かを知っている可能性は低いだろうと推測しつつも、この世界でディメンジャーが活躍していたことは事実。最低限度でも何かしらの情報を引き出そうと、フロンティアが逸れてしまった話の線路をもとに正す。


「勇者…勇者……う〜ん、聞き覚えはないですね…そもそもどういった意味の言葉なんでしょうか?」

『………………”勇者”の定義は、人を救うもの、弱気を助け悪を倒すもの、ヒーローや英雄の類義語と言って問題はありません。実は我々の暮らしていた所で、”勇者が現れた”という話を聞いて街へ出てきたのですが…改めて、どのような事でも構いません、何か知っていることがありましたら教えていただけないでしょうか』


フロンティアはあらゆる可能性を模索する。

この場合、単純に”勇者”という存在が世間から認知されていないのか、もしくは純粋に無知なのか――それとも目の前の女がを切っているのか、それを探るためにも鎌をかける質問の仕方をした。

勿論嘘はついていない、勇者を名乗る”ザ・ロスト”にとっての最大の邪魔者ディメンジャーが異世界から帰ってきたというのは事実であり、加えて質問の中には時間軸にまつわる話はされていないのだから。


「人を救う…弱い人を守る……あっ、わかりました!多分私たちが”来訪者さま”って呼んでる方々のことですね!」


少し悩んだカレンは、ピンときました!!と言わんばかりの表情で声を張り上げた。静かにしろと言われたことすら忘れている様子だが、二人がそれを咎めることはなかった。

”来訪者さま”、その明らかに重要なワードの登場にフロンティアとエクスクルードの目の色が変わる。


『ほう……”来訪者さま”、ですか。それは一体どのような「あ、見えてきました!あれが私の住んでいる街、”トスター”です!」……………ソウデスネ』


詳細を訪ねようとしたその瞬間、またしても天衣無縫を体現したようなカレンの声にフロンティアの言葉が遮られた。見事に会話を妨げられた異世界探査用サポートAIフロンティア、初めて”煩わさ”と”怒り”という感情をAIが抱いた瞬間である。


しかし、片方の進捗は達成されたといっていいだろう。カレンの指差す方向、その森の木々の隙間から差すのは明らかな人口的な光、所謂街の光であった。

………もっとも、作られて間もないAIとクローンには馴染みのあるものではないが。


街の明かりが見え始めてから数分後。森を抜けた先に見えるのは、3mほどの頑丈に作られた石壁に覆われた小都市、”トスター”。ちょうど日が沈みきった世界は、その石壁と門の隙間から差す光でほのかに照らされていた。


「…フロンティア、情報は街で得ればいい。”多角的な情報の方が信憑性がある”という理論を学習した覚えがある。カレンから最低限情報は得た、1日目の成果としては十分だろう」

『……yes,マスター。製造されて初めて”心労”というものを理解しました。今日は不貞寝します、機械ですけど』


機械なのに感情的に沈み、明らかにふてくされた様子のフロンティアを見、生まれて初めてエクスクルードは同情という感情を抱いたのだった。

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