第3話 怪人、異世界に立つ



ゲートから見える、その先にある異世界の森林地帯へ主任が数機の観測用のドローンを飛ばす。

そのドローンから送られてくる大気圧、酸素濃度、空気中の物質などの細かい数値は基本的に地球と大差なかった。


「ふむ、大気の成分に関しては殆ど地球と同じだが…仮説の通り、微量ながらがいくつか見られるな。

地球で発見できた元素は全宇宙の2%程度という説にある程度の信憑性が出てきたわけだ……となると、ブツブツ……」

「あ〜、う゛っう゛ん!主任、キミもこの未知の世界に没入したくなるのはわからんでもないが、我々には時間がない。計画を最終フェーズへ速やかに移行せよ」


危うく思考の海へ沈みそうになっていた主任を無貌が引き止める。

エクスクルードにとっては勿論、無貌、主任にとってもゲートの先は”未知の世界”であることに変わりない。

むしろ、つい3時間ほど前に起動したクローンであるエクスクルードよりも、二人の方が異世界に対して興味を惹かれているのは当然の話だった、特に研究職の主任にとっては異世界由来の未知の元素に対して興味を惹かれない筈がない。


「た、大変申し訳ありません…エクスクルード、時間が残り少ないので足早に説明させてもらう。

簡潔に伝えるが、お前はこれから約一年、こちらの世界への帰還は不可能だ」

「そうか、わかった」


エクスクルードに組織へ反抗するという機能はないため、生まれてすぐの長期出張を2つ返事で了承する。

そもそも、エクスクルードとしてもこうなることは予測できていた。              


「確認する。異世界とオレの世界ではというのはポッド内での成長学習プログラムで理解している。

実際にディメンジャーも異世界で1年間活動していたという情報も学習しているが、オレもそれに倣って1年なのだろうか?」

「いや、単純にこのゲートが電力を大量に消費するせいだ。再度ゲートを開けるのに必要な電力を準備するのにそちらの時間で約1年かかる、そもそもこのゲートを開いていられるのもあと10分程度が限度だ」


異世界における1年は地球における1ヶ月に相当する、これはディメンジャーの会話から推測されている情報である。しかし、実際にドローンがゲートをくぐった瞬間にそれが事実であったと無貌と主任は確信した。

ゲート越しに見るドローンの動きは明らかに鈍い、時の流れの差異がゲート上で観察されているというのが正しいだろう。


つまるところ、時の流れに12倍ほどの差があることを意味していた。


「つまりだが、1年後にゲートを開いたとしても異世界側からこちらの世界に戻れる猶予時間は約1分だ」

「それは困る、オレに時間を完全に記憶する能力は備わっていない」


ゲートを開けていられる時間が約15分である以上、異世界側からの猶予時間はそれより遥かに短い。しかしエクスクルードに完全時間暗記能力など備わっていない。エクスクルードは眉を顰めながら主任へ苦言を呈した。


「だろうな、だからお前をサポートするためにロストバングルの他にガジェットを用意した。

サポート用ドローン”フロンティア”だ、本当は私がお前のサポートをしに異世界へついて行きたい位なんだが無貌様に却下されてしまってな」

「主任……そんな恨めしい目で見られても、キミが開発から1年も抜けたら痛手だからね。組織の長としてそれは許容できないよ」


意外と根に持つタイプだった主任から刺さる視線に無貌はド正論の反論する。仮にも一組織で管轄長をしているものが抜ければ、組織が立ち行かなくなるのは当然であるので、それを許可できるほど無貌はバカでも短絡的でもなかった。


主任はいつの間にか置かれていたアタッシュケースからペットボトル程の黒い円柱を取り出す。

徐にそれを放り投げると、中央に横に伸びているのスリット部分が縦に展開しサポートドローン――フロンティアが自律飛行を開始する。


展開した部分からは円状の赤いレンズが出現し、レンズの内側ではカメラのフォーカスのようにパーツが忙しなく動き、カメラ部分を調整する。


見た目としては、円柱型の機体中央にあるスリットからモノアイが露出したデザイン。無骨だが、過酷になると予想される旅のお供には最適だろう。


その調整が終わると次はフロンティアがエクスクルードの方へ移動し、その周囲をぐるぐると回転しながら赤いレーザーを投射。エクスクルードの身体データを取得する。


『こんにちは、マスターエクスクルード。私の名前はフロンティア。異世界にて貴方をサポートするようにプログラムされています。よろしくお願いします』

「そうか。よろしく頼む、フロンティア」


男性に似た合成音声で挨拶をするフロンティアにエクスクルードは挨拶を返す。片や機械の塊、片や生命体であるのにも関わらずどちらも非常に機械的であった。


「ゲート維持限界まで残り5分……エクスクルード、キミには大いに期待している。

しかし、戦闘技術とディメンジャーに関するデータ、生命活動に必要なデータを学習させることはできたが、一般常識の部分は残念ながらキミの完成までに間に合わなかった。だからこそのフロンティアだ、緊急時以外は基本的にフロンティアの指示に従いなさい、わかったね?」


子どもを諭すような口調の無謀の言葉にエクスクルードは素直に従う、そもそも反抗などするはずがないのだが。


「無貌様、了解した。フロンティアの指示を命令系統の上位に設定する……では、これよりオレは異世界に出向する」

「ああ、いってらっしゃい」「死ぬなよ、計画が破綻するからな」


送りの挨拶と少し捻くれた声援を受けると、エクスクルードはゲートにめがけて走り出し、勢いよく異世界へと突入して行った。

その背中を見ながら、無貌は濁った瞳に慈しみを宿し、顔には心底愉しそうな笑みを浮かべる。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「身体的違和なし、無事に異世界への到達を確認……これが土か、動きづらいな」

『マスターのバイタルデータ上でも問題はありません』


エクスクルードは初めて踏む土の感覚に少し戸惑いながらも、身体的な問題が発生していないことを確認する。追うようにバイタルデータを取得したフロンティア側でも異常がないことが確認された。


1人と1機を囲むのは緑生い茂る深い木々。その森林地帯に採取プレセルが装備された白いドローン隊が飛行していた。採取カプセルに土や木片、石が詰まっているため、その機動は通常時のスペックよりも明らかに劣っているように見える。


「先行していたドローンのルーチンが変わったようだな、帰還は間に合うだろうか?」

『ゲート消失まで残り12.32秒……飛行速度から算出して問題はありません』


背後に空いた空間のあなに向け先行していたドローン隊がどんどん突入していく。全てのドローンが穴を超えた瞬間、まるで瞼が閉じられるかのように円状に空いていた空間の孔が閉じていき、何もなかったかのように消失した。


『異世界側からゲートが閉じられるのを確認、記録完了』

「ああ、では我々も行動を開始する…………とはいえ、今後について何をすればいい?」


エクスクルードは改めて自分の置かれている状況を判断する。


異世界における太陽が地球上と同じ軌道を取っているとするなら、今の時刻は夕方ほどだろう。

全く知らない森林地帯、食料と水は支給されたレーションが腰のポーチに最低限入っているが、それにしてもあまりに状況がよくない。

エクスクルードの言葉を受け、フロンティアは徐に機体上部のハッチを開く。いくつかの機能を複合したセンサーパーツを露出させ、周囲の状況を探る。


『気圧測定、風力測定、エコーロケーション、終了。周囲100mに目立った人工物なし……しかし、少し開けた地帯を発見しました、おそらくは道です。先導しますのでそちらへ向かうのはどうでしょうか』

「了解した。お前がいてくれなければオレの異世界探索はこの時点で終了していた可能性があるな……これが安堵という感情モノか」


新しい感情の芽生えを自覚しながら、エクスクルードはフロンティアの後ろについて森林地帯を進んでいく。

暫く進むと、雑多な森林地帯から開けた道が見える。道といっても木を伐採し、根を除去した程度の道であり、整備された人工物とは表現できない。

とはいえ、道である以上どこかに繋がっているのは確かである。



フロンティアが情報バンクから『』というなぜか見覚えのある研究データを発見し、右へ進路を取ろうとしたその時だった。



「や、やめてください!」

「……ん?」



甲高い声をエクスクルードの耳が捉えた。今の所研究所にいた人間は全員男性であったため、知識から考えてであると推測する。


声の方向めがけて、視線を切るために一度森側へ迂回しながら移動すると、道の真ん中で推定15歳ほどの少女を3人の男が取り囲んでいた。男たちは全員身なりが汚く、手にはそれぞれ錆びれた剣と木製の盾を握っており、少なくとも全くもって穏やかな状況ではないのがわかる。


「馬鹿がよお、女がこんなところに一人で歩いてるなんて襲ってくれと言ってるようなもんだぜえ?!ギャハハ!」

「丁度いいや、身包み剥いでと洒落込むかァ!」

「馬鹿野郎、処女だったら奴隷商に高く売っ払って、その金で高級娼婦を買った方がいいに決まってんだろうが」


「「お前、天才か??」」


なんなら会話も致命的に汚かった。


エクスクルード的には、誕生から今までの間に白衣とスーツを着た小綺麗な格好の人間しか見ていないため、今までにはないタイプの存在に困惑の色を示す。


「……フロンティア、あれはなんだ?」

『データ検索中………おそらく”盗賊”と呼ばれる存在です。社会の落伍者が身を窶す職業で、盗みや殺人を生業としています。”程度の低い悪人”という認識で構わないかと』

「盗賊、学習完了。フロンティア、指示を仰ぐ。オレはどうすればいい?」


大統領の誘拐やメガバンクの金庫破り等々、世界規模の犯罪を行なっている『ザ・ロスト』からすれば、精々多くとも10人を殺害したの犯罪者などレベルの低い悪でしかない。

一般的な認識から外れた会話の中で、エクスクルードは次の行動についてフロンティアに問うた。


『行動パターン解析、優先尺度に変数を挿入、再検証開始…………検証完了。マスター、少女を助けましょう。

彼女は明らかに旅装です。彼女を助けて恩を売り道案内をさせましょう、最終目標到達のためには情報収集をしなければなりませんが、森の中でそれは不可能でしょう』


フロンティアからの指令は戦闘の指示。スッと、ごく自然にエクスクルードから発されていた雰囲気が変わった。

鉄仮面のような無表情からは、さらに感情をそぎ落とされ、瞳の奥では冷酷な光が爛々と輝き始めた。


「了解した。これよりエクスクルードは戦闘行動に入る―――ロストバングル、通常起動」


淡い赤色の光と共に、それと同色の細剣が顕現し、エクスクルードは盗賊へ強襲を仕掛けた。



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