第2話 怪人、怖がる




奴らディメンジャーが使用している技術を限界まで模倣し、製造したのプロトタイプ――開発コードは”ロストバングル”となっております」

「それは中々…皮肉が効いていていいね、実に私好みだよ。

奴らの特撮モノのヒーローごっこには飽き飽きしていたんだ」


無貌は主任に対して好感を口にした後、がらりと雰囲気を変え、心底軽蔑するかのように言葉を吐き捨てた。


悪の秘密結社『ザ・ロスト』に抵抗する正義のヒーロー、ディメンジャー。その正体は異世界から帰還した勇者である。

そして、彼らは異世界由来の特殊能力に加えて、更に現実離れした力を持っている。



それは『』である。



現実においては絶対に不可能であるはずの瞬間的な変身。ディメンジャーは、それを異世界から持ち帰った未知の技術によってそれを現実のものとしてしまった。


変身のキーである『ディメンションバングル』を空高くかざすと、異次元空間に格納されていた強化スーツがコンマ1秒未満の超スピードで着装され、ただでさえ常人を遥かに凌ぐディメンジャーの身体能力を更にパワーアップさせる。


その姿は日本人だけでなく海外でも馴染みが深い”特撮の戦隊ヒーロー”に限りなく近い…というかアイテムの製作を担当しているブラックと、ヒーローに強い憧れを抱くレッドが結託した結果、メカチックなパワードスーツではなく、このような戦隊スーツになっているのだが、それを無貌たちは知らない。


「変身機能も再現しましたが、エクスクルードがロストバングルの通常駆動を使いこなせるまでは、変身機能をアクティベートできないようになっております」

「それが賢明だろうね。あの力を再現したとなると、万が一にでも暴走された時に面倒だ」


バングルについて議論を重ねていると、研究室の扉が重苦しい音と共に開き、エクスクルードと共に数人の研究者が戻ってきた。

エクスクルードは未だ無表情で、一切の感情が読み取れない。


「エクスクルード、早速だがキミ専用の装備を作成した。試しに装備してくれ」

「……」


エクスクルードは無言のまま無貌の手から奪うようにバングルを手に取って右腕に装着する。

微細な機械音と共にバングルは腕のサイズに調整され、使用者を認識したかのように中央の宝石が妖しく輝いた。


「通常駆動で出現する武装、開発コードはスティングレイ。君の意思に応じてバングルの手甲側から中型のエストックが生成されるようになっている」

「………」


主任研究員の解説を聞いたエクスクルードが無言のまま右腕を空に振ると、バングルから長さ1mほどの紅い刃が生えた。バングル内部に満たされたナノマシンと感応金属によって、血流や心拍数から使用者の意志を汲み取って高速で剣が生成される。


レイピアのように針状の刀身は、血に濡れたかのような真紅で、それは芸術品のような美しさと禍々しさが同居している。


「…………」

「ううぉ!!?」「危なっ!!」「っのわあ!!」


エクスクルードは突如出現した刄に困惑するどころか表情一つ動かさず、その場で剣を振り回した。周囲にいた研究員はそのエクスクルードの唐突な行動に叫び声を上げ、慌てて剣の間合いの外まで逃げる。


一通りの動きと剣の間合いを確認すると、エクスクルードは動きを止めてエストックを消そうと試みる。その意思を受けて剣はまるで液体になったかのように揺らぐと、1秒もかからずにバングル内部へと収納された。


「………確か会話はできるように調整を頼んでいたはずだが、どうしてエクスクルードは言葉を発さない?少なくとも私たちの言葉は理解しているようだが、にしては礼節に欠いているね」


エクスクルードの行動を見た無貌の明らかに怒りの混ざった声色と、濁った瞳に睨まれた脳機能担当の職員は、一瞬で顔面を蒼白に染め、急ぎ調整データをモニターに表示させる。

モニター画面上のウィトルウィウス的人体図のように表示されたエクスクルードの3Dデータは彼の頭骨、脳と拡大していき、その内部に張り巡らされた改造の後とリアルタイムでの変動値をせわしなく表示させる。


「え、え、あの、その、脳機能自体に問題はありませんが、たただあの、先ほど培養ポッドを破壊した際から戦闘機能がずっとアクティブになったままで、その状態の間は戦闘行為以外のあらゆる物事の優先度が最低値まで引き下げられるように設計されています…も、申し訳ないのですが、その状態がエクスクルードにとっての『正常』で間違いありません」


顔面蒼白のまま震える声で釈明をする研究員の説明を聞き終わると、無貌は機嫌を悪くどころか和かな笑顔を作る。


「ああ!そういえば性能調整の段階で、そういった報告書が上がっていたね。う〜む…いやはや、大変申し訳ない。

とはいえ…これでは”個”としては強いが、組織だった行動には向いていないな…ナノマシンと脳幹に埋め込んだチップから変数を再入力できる筈だったね。少し手間だけど戦闘行為の優先度と社会性の調整を頼むよ、特に言語能力と命令系統関係の優先度は、戦闘中でも優先レベルが下がらないようにしておいてくれるかな?」

「は、はいっ!!」


研究員は命令通りに戦闘中の優先度を変更し、手元のタブレットからエクスクルードの脳幹に埋め込まれたチップへとデータが転送される。すると完全に無表情だったエクスクルードの表情が若干歪む。頭痛が起こったかのように頭を押さえると、数秒後には再び無表情になる。


命令の書き換えをしたためか戦闘モードが解除され、人間味の薄い淡々とした口調で言葉を発し始めた。


「っっ!………戦闘行為の終了を確認。平常稼働モードへ移行する。

無貌様、失礼を許してくれ。オレは作られた生命なのだろう?」


明らかにその態度は不遜極まりなく、周りの研究者はその態度に全員顔面を蒼白を通り越して土気色にまで染めた。

しかし、その言葉に唯一笑い声を上げた者がいた。他の誰でもない無謀である。


「…ふはははは!これはいい、傑作だよ!そうだよ、その通り!

エクスクルード、キミはディメンジャーを殺すために作られた我々の最高傑作だ。先ほどの行為も、戦闘以外の機能を極力削いでしまった我々に落ち度があるとも!」

「感謝する」

「…だがね」


軽く会釈するエクスクルードに近付き、肩を軽く叩く無貌が言葉を前置く。その声色は先ほどとは違い、少し寒気を覚えるほど冷え切っている。


「キミは兵器であるが”ヒト”でもある、だからこそ成長の余地を残して設計した。

私はね、人の最大の真価とは成長にこそあると考えている。成長するから人は困難を打破し、輝かしい成功をその手につかむ事ができるのだよ」

「それは…」


エクスクルードの肩に無貌の指先が食い込んでいく。


鼻と鼻がぶつかるほどにまで接近した両者の顔。

悪傑物の濁った瞳は、先ほど生まれ落ちたばかりの小生意気なヒトを捉え、確かな恐怖を植え付けていた。


「もしもだよ、キミがそのまま成長しない…それこそ””に設計したままで進もうとしないのなら、きっとキミはディメンジャーに勝てない。勝てない兵器に存在意義は果たしてあるのかな?」

「っっ!だがオレは!」


先ほどまで無表情だったエクスクルードの顔には焦りと多少の恐怖が入り混じっていた。

しかし、何かを言う前に無貌によって遮られてしまう。


「あ………いや、すまない。今のは期待からくる圧力ってやつさ。

これからキミはどんどん強くなって私達の宿敵を殲滅する。それができるだけの身体スペックを設定してあるんだ。それが終わったら、私たちと一緒に『』、これをキミの最終目標にしてくれたまえ」

「――行動理念『この世界をめちゃくちゃにする』、再記録完了。オレはこれより無貌様から受けた最終目標を達成するために行動を開始する」


この日、実験体:EX――エクスクルードの脳裏に『この世界をめちゃくちゃにする』という最優先プロトコルが刻まれた、

これがトリガーとなって、『ザ・ロスト』と”ディメンジャー”に起こるハプニングを予期したものはこの時点で誰もいない。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





検査服だったエクスクルードは支給された戦闘用のスーツを着、無謀と主任の後ろについて歩いていた。

他の研究員たちは本日の業務の終了とプロジェクトの完結を宣言されたため、”東南アジアのジャングルの奥地”というトンデモ立地にある当施設から退去する準備をするために自室へと早々と戻っていった。


「ちょっと待っていなさい」


施設の端、普段であれば職員もあまり近づかないような倉庫近くの壁際で3人は足を止める。

無貌は壁に偽装されたコード入力装置と指紋認証をクリアすると壁が一部変形し、業務用の大型エレベーターが現れた。


「今から向かう場所は私たち以外誰も知らない。簡単に言えばキミの製造よりも更にレベルの高い最高機密を扱っている研究室なんだ……というわけで、絶対に他言無用だよ」

「了解した」


無貌は軽い口調だが、その声色は真剣そのものだった。とはいえ『反抗する』という機能が備わっていないエクスクルードは、その圧力をなんら影響されていないように簡潔な返答を返す。


エレベーターは3分ほどかけて地下へと潜っていき、到着すると頑丈に作られた2枚扉が横にスライドする。


「これは…一体?」


エクスクルードは生まれて初めて困惑を顕にした。



研究室と表現するにはとした部屋だ、まだ現代アートと表現した方がしっくりくるだろう。

息が白くなるほど冷えた部屋。その中央には5メートルほどのサイズ、金属で作られた円形のアーチが設置されており、いくつもの太いコードを介して大型のスーパーコンピュータが並列して接続されている。数多あるディスプレイは忙しなく変化する数値を映し出していた。


「まあまあ、すぐにわかるさ。

ところでエクスクルード、改めてキミが対峙するディメンジャーについて、そしてどうしてキミが作り出されたのか、どこまで理解しているか我々に説明しなさい」

「……ディメンジャーはオレの宿敵であり、全員が異世界から帰還した勇者だと聞いている。そしてその異世界についても既にデータを学習済みだ。異世界には地球上には存在しない未知の物質や法則、エネルギー波形が存在し、ディメンジャーはそれを用いてオレ達に抵抗している。

だからこそ、彼らの中でも最も能力値の高いディメンジャーレッド――藤原 灯利ふじわら あかりのクローンであれば、その未知の力を扱うことができるかどうか実験するためにオレが製造された」

「正解だよ、


無貌がアイコンタクトを取ると主任はコントロールセンターへと向かいシステムを起動し始める。その命令を受けて重苦しい機械のアーチが鈍い音を立てて起動した。


「半分…?」

「そもそもだよ、例えば天才の遺伝子を使えば天才が生まれるのだろうか?

かの大天才、アインシュタインの脳の一部が現存しているのは有名な話だが、それを用いてキミのようにクローンを製造したとして、果たしてかの大天才の再来となるのだろうか?」


機械のアーチに膨大な電力が流れ込み、負荷がかかり始めた。金属部が次第に熱を持ち始め周囲との熱量の差が水蒸気となって白い煙を吹き上げる。


「答えはね――『NO』だよ。

人は遺伝子だけで何もかも1決まっている訳ではない。それだったら一卵性双生児は、何もかも同じにならなければおかしい。人は遺伝子だけでなくあらゆる環境に影響を受けて存在を形造っている」

「ということは、そもそも無貌様は、オレが特殊能力を再現できるとは考えていなかったということか…!?」


エクスクルードは細胞の培養の途中、情報を直接脳に刻まれているため、戦闘技能だけでなく必要最低限度の一般常識、そして『どうして自分が製造されたのか』についても知っている。

ただ、今聞かされた真実は文字通り生まれる前から知っていた事実を容易にひっくり返した。だからこそ、常に冷静になるよう脳を調整されている筈のエクスクルードが明らかな困惑で声を荒げたのだ。


「どうしてオレは製造された…………何故だ」

「まず、キミが特殊能力を再現できないとは考えていない…というか再現できると確信があったからこそ製造したんだ、そこは安心してくれたまえ。ただ、生まれた瞬間から能力が使えるわけがない事もわかっていた。奴らは異世界であの能力を手に入れた訳だからね。

だからキミは今から


無貌がそう言った直後、極光と共にアーチの中央で空間が軋む。金属をすり合わせるような耳障りな異音が研究室に反響する。

普通は向こう側の壁が見えるはずの中央部では、酷い蜃気楼のように景色をグチャグチャと映し出す。

その現代アートのような景色は次第に、見た事もないような知らない風景へと移り変わっていく。


異常だった。

アーチの中心部、先程まで捻じ曲がっていた空間の先に見える風景は明らかに森林地帯だ。

少なくとも金属と強化ガラス、コンピュータで構成された悪の秘密結社の研究所ではない。


「ロストバングルにカモフラージュして我々が極秘で研究していたのは異世界へと行くためのゲート。

――――奴らディメンジャーが異世界で特殊能力を手に入れたというのなら、キミも異世界に行けばいい。

そして奴らと同じ能力を以て奴らを殺そう、そのためにキミは作られたんだ」

「…了解した。これよりオレは、ディメンジャーの能力を手に入れるため、異世界へと出向する」


冷静な口調でエクスクルードはアーチ…いや、異世界へのゲートへ視線を向ける。その顔は生まれて初めての笑みが浮かべられていた。

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