怪人、異世界に立つ 〜対変身ヒーロー用人造人間が異世界で大暴れするそうです〜

浜藍蓮華

異世界到着編

第1話 怪人、生まれる




東南アジアの未開のジャングル奥地。世界征服を企む悪の組織『ザ・ロスト』の第0番施設、最重要機密研究室は地上から遥か500m下に建造され、完全に秘匿された研究施設である。


清潔に保たれた無菌室に置かれた円柱状のガラスケース、その中に満たされた培養液の中では揺蕩っていた。


緑色の培養液に浸かっているのは高校生くらいの年齢の男子、その体には無数のチューブや謎の装置が取り付けられている。しかし口に取り付けられた酸素マスクとポッドに備わっているバイタルチェックの数字から、少なくともその男子は健康そのものであることが見てとれた。


無菌室には綺麗に整列した白衣の集団が立っていた。彼らの表情は堅く、明らかに緊張している。

普段であれば彼ら研究員は忙しなくデータを収集し、常時投薬とバイタルチェックを繰り返しているが今日は違った。


なぜなら。


「ほう、これが我々が製造した『奴らを殺すための兵器』か。壮観だ、実に壮観じゃあないか」

「お待ちしておりました、無貌さま」


厳重に閉じられた無菌室の扉が重い音を立てて開くと一人の初老の男が現れた。白髪混じりの髪をオールバックにし、消毒された白衣の下にきっちりとしたスーツを着た男は一見するとただの紳士のようにも見えるが、その瞳の奥にあるを覗けば、誰でもこう思うだろう。


――”この男は『悪』である” と。


この紳士然とした男こそ『ザ・ロスト』の首魁。部下や側近さえ本名を知るものは誰もいないし、知ろうとしたものもいない。かつて、その名を知ろうとしたものは必ず命を落としているからだ。

もっとも、呼ぶための名がなければ不便だろうと自分から『無貌』と名乗っている。


そして、地球が誕生してから今までの歴史を振り返ってたとしても只の一人も存在して居ない、構成員100万人を超える純粋なる悪の組織を立ち上げ、未だ勢力を伸ばしている最悪の人間と言って過言ではない。


そんな男がマジマジと見つめ、あまつさえ口元に微かな笑みを浮かべる。ガラス柱の中で眠る少年はそれほどまでの者なのだろうか。


主任研究員が無貌へ近づき傅く。


「実験体:EXは無事に完成致しました。後は精神感応剤を投与して覚醒させるだけです」

「そうか。ではすぐさま投与してくれ」


その言葉を聞いた研究員はすぐさま元の配属に戻り、実験体の機動シーケンスを開始する。最新鋭の設備に素早くデータを入力、操作すると男子の体に繋がれたチューブを通して赤い液体と共に薄いピンク色の液体が体内へと流れ込んでいく。


すると、母親の胎内にいた時の赤ん坊のようにポッド内で丸まっていた男子―実験体:EXの目がゆっくりと開いていく。その瞳は光を感じさせぬほど黒く、そして確かな悪意を包含していた。


培養液の中で目覚めたEXは暴れることなく、酷く冷静に周りをゆっくりと見渡し、そしてなんの脈略もなく拳を振り抜き――その拳でケースのガラス面を殴打する。

水中とは思えないほど鋭く突き放たれた拳は一撃で、その破片は勢いそのまま無貌へと飛来していく。


「ッ、無貌さまッ!?」

「別にかまわんよ。誕生日おめでとう、実験体:EX…いや、。さあ、共にこの世界を破壊し尽くそうか」


研究員達の慌てふためく声になんでもないように返答を返す無貌。その頬には一筋の赤い線が走り、少しだが血が垂れ始めていた。


しかし、そんなことは些事と言わんばかりの笑顔を作り、無貌はそのどろりと濁った瞳を向けて実験体:EX改めエクスクルード笑い掛ける。

未だ落ち切らない小さなガラスの粒子がキラキラと、まるで無貌を祝福するかのように輝いていた。



_______________________



「コードネーム:EX…いえ、エクスクルード。起動に成功しました」

「急に名付けなどして申し訳ないね、主任。とはいえ彼は我々にとっての希望の星なのだ。

いつまでもコードネームなんていう無味乾燥なもので呼んでいては可哀想だろう?」

「いえ。お心遣い、痛み入ります…エクスクルードにはがほとんど存在しないので私が代わりにこの場にて感謝を」


深々と頭を下げる主任研究員に対して、無謀は困ったような声色で頭をあげるように声をかける。


「かまわんと言っているというのに…我々が開発したナノマシンで既に私の傷は完治しているのだから。

それよりもエクスクルードが無事に製造完了したことを祝おうじゃないか、少なくともこの場では謝罪よりも喜びの声が私はよっぽど聞きたいのだがね」


悪の組織の首魁とは思えぬようなその言葉に主任は感涙を流す。

無貌が頬の傷跡を撫でるとそこには乾いた血が付着しているだけで、その下の皮膚は完全に癒着していた。


部下と上司の談笑の場、とはいえ先ほどまでと変わらず無菌室だが、既にこの場にはエクスクルードはいない。

先ほどの騒動の後、エクスクルードは無事にケースから排出され、精密検査のために一度鎮静剤を投与され搬送された。


「ありがたきお言葉…っ!とはいえ計画はまだのも事実、私共としては未だ気を緩ませきれないことについてはどうぞご容赦の程を…」

「うん、確かにそうだね、そうだった。

私としたことが、年甲斐もなくはしゃいでしまったようだ、許してくれると助かるよ」


その主任研究員の言葉を受け無貌は改めて、自身の起こした計画について反復する。



「我々が最優先で排除しなければならない存在、”異界戦隊ディメンジャー”を抹殺するための最強の尖兵を生み出す…それが”エクスクルーション計画”」



自身の計画を悉く潰してくる何より忌まわしき宿敵。

レッドブルーグリーンホワイトブラック、5色の隊員で構成された正義のヒーロー、ディメンジャー。この地球上で初めて観測されたを持った個人、その五人が集まって構成された文字通り人類最強の集団である。


無貌は手首に装着した時計型デバイスを操作し、研究室の大型モニターとリンクされディメンジャーのデータを表示させる。


個人情報、家族構成、年齢、学歴、生まれた日時。あらゆるデータが網羅されたそのデータが画面に出力され、最後に戦隊を構成している五人の素顔が表示された。

男子3人女子2人。年齢は全員17歳、そして同じ高校に通っている二年生である。


「…忌まわしい」


先ほどまでの紳士然とした態度から一変し、無貌の表情は冷徹な殺人者、悪の組織の頂点に君臨する最恐最悪の人間としての側面を露呈させる。


これだけ大量のデータを集めたのは、確実に奴らを抹殺するためである。なのに未だに誰一人としてディメンジャーを抹殺することに成功していない。

100万人の敵対者をディメンジャーはたった5人で完全にあしらい続け、しかも企む悪事すら完璧に破綻させる。


当然身内を襲撃もした、それも完全に撃退された。5人を殺すためだけに修学旅行の旅行先を海外になるよう細工し旅客機を爆発させるよう仕向けた。それも完全に防がれた挙句、旅行先でめちゃくちゃエンジョイされた。


たった5人なのだ、その5人を殺すことが今だにできていないのだ。

それが悪の華、無貌の逆鱗を逆撫でし続けた。


「フロント企業を数多運営している身としては一切、いっっっさい!!痛手ではなかったがね?

とはいえ細工のために億単位の資金を使った成果が我々の計画を妨げているクソ高校生共の青春に浪費されたのは屈辱以外の何物でもないのだよね」

「…だ、だからこそ、今回の”エクスクルーション計画”で確実に奴らの息の根を止めてやろうと言う算段ではないですか!大丈夫です、今回の計画はスケールが今までと桁が違います!」


怒りを超えてドス黒いオーラを放ち始めた無貌に対して、慌てて主任研究員がセーブをかける。

研究員の言葉に冷静さを取り戻した無貌は、恥ずかしそうに咳払いをすると『最重要機密』と書かれたファイルを開く。


そのファイルの中に記された文字は『エクスクルーション計画』。

内部データには二重螺旋構造や4色で表された記号、培養液の中で分裂する細胞の経過観察のデータが事細かに書かれている。


そして、その二重螺旋のデータにはディメンジャーレッド――藤原 灯利ふじわら あかりの名が刻まれたいた。


「それにしても、使だけあって、完全に藤原灯利と同じ顔だよ。本当によく調整を頑張ってくれた」


無貌は実に厭らしい笑みを浮かべながら言う。


『エクスクルーション計画』とはディメンジャーのリーダーであるレッド、藤崎灯利の遺伝子を用いたクローンを作成し、ディメンジャーに嗾けると言う計画だった。

そして、実際に完成したクローンであるエクスクルードは、どこからどう見ても藤崎灯利である。


「友人と全く同じ顔、そして何より自分と同じ顔。そんな人間に攻撃される事による精神的な攻撃。少なくとも奴らに、エクスクルードを手にかける事などできないでしょう」


一般市民の心の支えとなっているディメンジャーレッド。

彼らの平和をもたらす象徴である彼と全く同じ顔を持つ悪の尖兵が街を破壊していたら、何かしらの不信感を抱くものは確実に現れる。


そういった外からも中からもディメンジャーに責め苦を与えるための作戦でもあった。


「とはいえ、君の言う通り計画は半分しか終わっていない。なぜならエクスクルードは未完成だからだ」


研究室の大型モニターに、エクスクルードから採取された血液データや心電図などのバイタルデータがリアルタイムで更新されている。別室での精密検査のデータと連動しているため信頼性が極めて高い。



しかし、その検査データには大きくこうも書かれている――『』。



つまりレッドの持つ特殊能力、『自在に炎を操る力』に、彼と寸分違わぬ遺伝子を持つエクスクルードは目覚めることが出来なかったという事になる。


しかしその重要なデータを、さも当たり前のように平然と読み飛ばす。

その様子には落胆も怒りもなく、”最初から知っていた”と言うのが一番しっくりくるだろう。


「当然だが他の研究員は下がらせてくれたまえよ。彼らはこの計画がエクスクルードの製造で完結していると思っているのでね」

「重々承知しております。何より奴らは、この事実を知ったら知的好奇心に走って背信しかねないマッドサイエンティスト集団です。口が裂けても教えるわけにはいきません」


無貌は手慣れた様子で時計型デバイスにもう一つの機密コードを入力する。すると画面に表示された無数のデータがモーゼの奇跡のように次々と左右に移動し、一番奥から秘匿されたファイルが現れた。


これには主任研究員と無貌のみが知っている、この世の根幹すら揺るがしかねない報告が記されたテクストと、とある研究データが眠っている。


そのテクストの書き出しはこうである。



”ディメンジャー、その正体は『』”



「ディメンジャー、その正体は『異世界から帰還した勇者である』…これを報告された時、私は真っ先に報告者を処罰しようと思ったね」

「私としてもあまりに突飛で化学的な要素に欠ける報告でしたので、一度ゴミ箱に叩き込んでしまいました」


”異世界から帰還した勇者”。

その単語を聞いて「確かにそうだ!」となるような人間が現実にいるわけがない。少なくとも真面目に悪事をこなしている悪の秘密結社のトップ的にも、その言葉は与太話にしか思えなかった。


しかし、現状それが与太話ではなく純然たる事実と認めているのには、其れ相応の理由があった。


「彼らが能力を使用する際に、必ず若干の空間的が検知されたことで話は変わってきました。我々の知らない未知の領域からその能力を使用しているのであれば、この報告もあながち与太話ではなくなってくると言う訳ですので」


『ザ・ロスト』は世界崩壊を目論む悪の秘密結社だが、それに対抗する勢力はいくつも存在する。

その中でも頭一つどころか3つほど抜けている組織こそ、”異界戦隊ディメンジャー”。


ディメンジャーは各自それぞれ特殊な能力を持っている。

レッドであれば炎を自由自在に操り、ブルーはレッドは反対に水を自在に操る。

イエローは電撃を迸らせ、ホワイトは人や物を完全に治癒する力を有し、ブラックは物質を別の物質へと変換する。


そして各個人の身体能力や頑健さは異常の一言。

生身でも毒は当然のように無効化、銃だろうと剣だろうとせいぜい擦り傷程度になってしまう防御力、ロケットランチャーで爆破も試したが、軽くキャッチしてそのまま投げ返された、つまり動体視力も人間のそれを遥かに超えていることになる。


「……そうだね。だからこそ、最も古くから私に尽くしてくれた君にを託した訳だが…進捗は?」


過去の嫌な敗北の記録たちが頭を過った無貌は、流れを変えるために話の本筋をエクスクルードに戻す。主任は少し悩ましそうな表情で進捗を説明する。


「完璧…と断言したいところではありますが………あまりにも未知の領域が多すぎるため完成度は8割程度となっています。ただ、起動実験は無事に成功していますので、2割はあくまで私の納得の言っていない分と考えてもらえれば」

「ディメンジャーのテクノロジーは確実に異世界由来。我々の科学力を持ってしても100%解明できるとは私も考えていないよ。むしろ私の見立てでは再現は6割が限度と考えていたからね、本当良くやってくれた」


『異世界』といっても、その存在が観測はディメンジャーが能力を使った際の残滓から憶測するしかできない。あらゆる機材を用いて戦闘中のデータをスキャニングし、極々限られた情報から技術の8割を再現したというのは『ザ・ロスト』の高度な科学力があってこそだった。


「ありがとうございます。

それと…もう一つ。無貌様から依頼されたように、一般研究員に対するカモフラージュとして例のアイテムを開発しました。それに関しましては、完成度は100%と自負しております」


無貌からの労いの言葉に暗がかった表情を明るくした主任研究員がコントロールパネルを弄ると、研究室の壁面に設置されたハッチか開錠する。その中には頑丈そうなアタッシュケースが鎮座していた。

主任研究員がアタッシュケースの側面についた機械に指を翳し、指紋をスキャンすると複雑な機械音と共にケースが自動で開いた。


スマートフォンほどの大きさで、いくつかのスリットがある楕円形パーツの中心に、赤く宝石が輝いているがアタッシュケースから取り出される。

ディメンジャーが使用している変身アイテムと似たデザインになっているが、カラーリングは黒と赤に統一され、その見た目はどこか刺々しい。


奴らディメンジャーが使用している技術を限界まで模倣し、製造した変身アイテムのプロトタイプ――開発コードは”ロストバングル”となっております」


紹介に与ったロストバングルは、まるで挨拶するかのように、怪しげに赤い宝石を光らせた。


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