第2話 地上最強系女子は秘密の恋を隠し通す

 人でごった返す繁華街。あたしは女子中高生で溢れるショップのプレゼントコーナーに立っていた。まるで、好きな男子へのプレゼントを買いにきたように。


(違う、これは違うんだ! 違うんだぁああああああああ!)


 このあたし、岩熊いわくま紅愛くれあは心の中で絶叫する。


(そ、そう、手当してもらったお礼だ。彼のハンカチをダメにしてしまったし。代わりのハンカチを渡すだけなんだ。ちゃんとお礼も言えずじまいだったしな)


 自分に言い聞かせながら、素早くプレゼント用のハンカチを手に取ると買い物を済ませる。

 キラキラ女子が多い場所は苦手だ。誰も他人のことなど気にしていないのかもしれないが、どうしても自分には場違いなのだと感じてしまう。


「ふうっ、何とか買えたぜ。プレゼント用に包装してもらうが超ハズかったけどな」


 店を出たあたしは、ふと隣にある映画館のポスターに目が行く。来週から今話題の映画が上映されるようだ。


「映画か…………」


(犬山って、こういうの好きなのかな? ま、まあ、一緒に映画なんてデートみたいなの、あたしには有り得ねえけどな)


「ありがとうございましたー」


 映画館のチケット売り場の女性の声がする。


「はっ! 何で、あたしの手に映画の前売り券が二枚……」


 あたしの脳が乙女モードになっているうちに時が加速したのか、いつの間にか前売り券を二枚買ってしまっていた。

 特殊なスタ〇ド能力でも開花したのか?


(あああああっ! あたしのバカぁぁぁぁ! こんなん渡せるわけねーだろ!)


 その時は、そう思っていたはずなのに、不思議もので人というものはたまに根拠のない自信が溢れてくる。なぜか『行ける!』っと思ってしまうものなのだ。


(そう、これはお礼なんだ。ハンカチのお礼としてさり気なく渡せば行ける! 成功率は75%くらいだ。たぶん)


 そのまま家に帰り、お礼のハンカチと一緒にチケットをカバンに入れた。



 ◆ ◇ ◆



 家ではあれだけ根拠のない自信があったのに、いざ学校でプレゼントを渡そうとすると決心が鈍ってしまう。成功率75%はいったい何の統計だったのだろうか?


(ああああぁ! あたしの意気地なし! 試合で戦うのには怖くねえのに、何でチケット一枚渡すのにオロオロしてんだよ!)


 グズグズしているうちに放課後になってしまった。あたしは犬山を探して校舎内を歩く。教室にカバンが残っているから、まだ学校にはいるはずだ。


「ったく、何処行きやがったんだよ、犬山のやつ……。ななっ!」


 廊下の角を曲がったところで、とんでもない光景を見てしまう。犬山がクラスの女子と話している。猫宮ねこみや美々みみという小柄で可愛いタイプの女子だ。


 ガァァァァァァーン!


「お、終わった……」


 何が終わったのか自分でも分からないが、あたしは体の力が抜けて放心状態だ。



 ドサッ!


 教室の席に戻り、机にぐったりと突っ伏した。


(だよな……男子って、ああいう女子が好きだよな。あたしみたいな地上最強伝説を更新中の女なんて眼中に無えよな。終わった。あたしの初恋終わった……いや、始まってさえいなかった)


 もう泣きそうだ。


「うううっ……世知辛せちがらい世の中だぜ」

「何が世知辛いの?」


 声がして顔を上げると、そこには犬山がいた。


「は? はああああっ! おまっ、いつから?」

「今だけど」

「ならいいや……」


 犬山は、あたしの気持ちなんて知らない顔して突っ立っている。


「岩熊さん、脚の怪我はもういいの?」

「ああ、もう治ったけど」

「なら良かった。傷が残ったら大変だから」


(何であたしに優しくするんだよ。忘れようと思ってんのに。そうだ、せっかくハンカチ買ったんだし、それを渡して最後にしよう。それでキッパリ諦めよう)


 気持ちが吹っ切れるとプレゼントを渡す決心がついた。


「あのさっ、あの時はありがとな。ハンカチをダメにしちまって」

「気にしなくてもいいのに」

「代わりの買ってきたから」


 あたしはかばんからプレゼント用に包まれた可愛い袋を取り出した。


 ファサッ!


 一緒に入れてあった映画のチケットまで出てしまい、ヒラヒラと宙を舞って犬山の足元に落ちた。


「あっ、何か落ちたよ」


 犬山がチケットを拾い見つめている。


「これ、最近話題の映画……」

「ヤベっ! や、やるよ。それ要らねぇから」

「えっ、くれるの? でも……」


 テンパったあたしは余計なことを言ってしまう。


「親が誰かに貰ってきたんだよ。あたしは興味ねえから犬山にやるよ。猫宮とでも行ったらどうだよ」


 あたしが猫宮の名前を出すと、犬山はポカンとした顔で聞き返した。


「何で猫宮さんの名が?」

「仲良いんだろ?」

「べつに」

「そ、そうなのか?」

「さっきも何かの当番押し付けられそうになったから逃げて来たんだよ」


(なっ、なななっ! 猫宮とは何でもないだと! あたしの勘違いだったのか!?)


「そうだ、岩熊さん。一緒に行かない?」


 犬山の一言であたしは固まった。


「は? はああああああ!? 何で、おまえと一緒に行かなきゃならねえんだよ! バカなのか!?」

「嫌ならしょうがないか……」


 本当は凄く行きたいのに、あたしはまた余計なことを言ってしまう。

 断られた犬山が目を伏せた。


「い、嫌じゃねーし! クラスの奴らに見られたら恥ずかしいだけだし。ま、まあ、おまえがどうしてもあたしと行きたいのなら、行ってやっても良いけどさ」


(あたしのバカバカぁ~っ! バカはあたしだった! 何で上から目線だよ……せっかく犬山から誘ってくれたのに)


「なら一緒に行こうか?」

「は?」


(えっえええっ! まさかの展開? 何かよく分からんけど成功したのか?)


「お、おう……な、なら……行くか」

「うん、良かった」

「おう」

「あっ、自分のチケット代は払うよ」

「いらねーし! ハンカチのお礼に買ったんだから、ありがたく受け取っとけよ」

「さっき親にもらったって言ってたような?」


(しまったぁああああぁ! ボロ出しまくりだ!)


「こ、こまけえことを気にすんな!」

「ええええ……」

「おまえが一緒に行きたいって言うから行くんだからな」

「うん」

「それで良いだろ」

「分かった」


 あたしは無理やり話を持って行った。これ以上ボロを出すわけにはいかない。


 ふと、犬山の顔を見るとニヤニヤしている。


「何で笑ってんだよ!」

「だって、岩熊さんと映画に行けるのが嬉しくて」

「うっ、ううう…………」


 かぁぁぁぁ――


 ダメだ。家まで我慢がまんしようと思ったのに。顔が勝手にニヤケてしまう。自分でも顔が赤くなっているのが分かるくらいに。


「じゃあ、帰ろうか?」

「うん」


 犬山の声に、素直に返事をしてしまうあたし。まるで、あたしがあたしじゃないみたいにふわふわした感じだ。


「急に素直になったね」

「うっせぇよ!」


 ぶっきらぼうに返しながらも、顔が真っ赤なのでバレバレだ。まさか、あたしが男子とデートとは。

 こんなの慕っている後輩女子たちが聞いたらビックリすることだろう。皆には内緒にしようと思っているのに、これではバレるのも時間の問題かもしれない。


 いっぱいいっぱいのあたしに追撃を加えるように、犬山がとんでもないことを言いだした。


「でも、良かった。岩熊さんと仲良くなれて」

「はああああ!? あ、おい、なに言い出してんだよ」


(まさか、こいつ……)


「実は……ずっと秘密にしてたんだけど、前から岩熊さんのこといいな・・・って思ってたんだ。だから、公園で偶然会った時は話しかけるチャンスだと思って」


「は? はあああ!? あたしのドコが良いんだよ? ガサツだし男みたいだし……」


 世の中には物好きが多いのか? 地上最強系女子のあたしを選ぶなんて……。


「だ、だって可愛いから……」

「ああああああぁ!」

「実は優しいところもあるし」

「うううっ……もう許してくれぇ……」


 そろそろ限界なあたしは、両手で真っ赤な顔を隠してしまう。


 やっぱり隠し通すのは無理そうだ。

 どこまでクラスメイトや後輩に隠すことができるのか分からないが、こうしてあたしの恋に青春にときめく花も恥じらう乙女な生活が始まろうとしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地上最強系女子岩熊紅愛は告りたい みなもと十華@『姉喰い勇者』発売中 @minamoto_toka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ