地上最強系女子岩熊紅愛は告りたい

みなもと十華@書籍化決定

第1話 地上最強系女子が好きなのはクラスの平凡な男子

 恋というものは残酷だ。

 世界にある富と同じように決して平等ではない。ある者は多くの異性を選ぶ立場に、またある者は選ばれず悲しみに暮れる。持つ者と持たざる者では天地の差だ。

 だけどあたしは知っている。人は誰もが胸の奥に、自分だけが知る宝物のような秘密の恋心を抱いているのだと。



 今日も中学の校門をくぐると後輩女子達があたしに挨拶をする。


「先輩、おはようござーっす」

「クレアさん、おはよーっす」


 後輩達は羨望せんぼうの眼差しで見つめてくる。地上最強女子と噂される、あたしの強さへの憧れと共に。

 ただ、憧れだけではなく悪口も多いのだが。


「ねえ、あれ」

「岩熊さんって、レディースだっけ?」

「総長とか?」

「うっわ、暴走族? コワっ」


 暴走族だのレディースなのは完全なデマなのだが。ある一件以来あたしの最強伝説が独り歩きしてこの状況なのだ。


 ツカッ、ツカッ、ツカッ――

 あたしが廊下を歩けば、何かの神話のように人の波が割れる。


 ガラガラガラ――

 あたしが教室に入れば、ビビった男子達が道を譲り席まで一直線だ。


「岩熊さん、すみません」

「どうぞ……」


「ああっ」


 ガタンッ!

 ビビりまくる男子達を横目に、あたしは机に突っ伏して頭を抱えた。


 どどどどど、どうしてこうなった! あたしの青春はドコに行ったんだぁぁぁーっ!


 心の中で絶叫し、我が身の青春とは程遠い毎日を振り返る。世の女子中学生といえば、恋に青春にときめく花も恥じらう乙女(ちょっと古い表現)だというのに、あたしときたら男子に恐れられ殺伐さつばつとした日々なのだ。


 あたしの名は岩熊紅愛いわくまくれあ、中学三年生の女子・・だ。

 父は元世界空手チャンピオンの岩熊鉄之進いわくまてつのしん。母は元世界女子総合格闘技チャンピオンのイェレナ・ヴォルコフ。自宅は総合格闘技の道場という格闘技一家だ。


 なぜ、あたしが恐れられているかというと――――


 ある日、河川敷でヤンチャな後輩女子達が暴走族に絡まれているのを見たあたしは、とっさに体が動いて助けに入ってしまう。十五人ほどいた男達をボコボコにして後輩女子を助けたまでは良かったが、それ以来あたしの最強伝説が独り歩きしてこの状況なのだ。


 お礼参りに来ると思っていた暴走族連中も、実家が多くの門下生を抱える総合格闘技道場だと知ると、菓子折りを持って詫びに訪れる始末。


 こうして、あたしは地上最強女子となったのだ。



「ねえ、サッカー部の水鳥君ってイイよね?」

「だよねぇ~っ!」


 目の前でクラスの女子グループが、男子の話題で盛り上がっている。そう、これだこれ! あたしも、こんな恋バナとかしたかったのに。いまさら似合わなくて混ざれない。


 キッ!

「ひいっ!」

「ご、ごめんなさい」

「行こっ」


 あたしの目力めぢからで女子グループを退散させてしまった。けっして怒っているわけではないのだが、きっとあたしの顔が怖いからだろう。


「はぁぁ~っ、だりぃ」


 溜め息をつきながら首を横に向けると、視線は自然とある男子へと向かう。犬山光いぬやまひかり。クラスメイトの男子だ。


 ふぅ、今日も癒されるぜ。この殺伐とした日々の中で、あいつの存在だけが唯一の癒しだ。


 なぜ、あたしが犬山を好きになったかというと……あっ、ここから回想入るから。


 ――――――――



 シャァァァァァァーッ!

『うわぁっ、危ねえっ!』


 公園を突っ切って抜けようと自転車のペダルをこいでいたあたしは、道を間違えて階段へと突っ込んでしまう。


 ガタガタガタガタガタ――ドッカーン!

『いってぇ!』


 さすがに階段を自転車で下るには無理があったようだ。途中で転倒し、前方宙返りのように一回転してしまった。


『い、岩熊さん、大丈夫?』

『あんっ!?』


 一回転したあたしが空を見上げると、そこにはクラスの男子の顔があった。今まであまり話したことのない平凡なイメージのクラスメイトだ。


『あれ? おまえ、確か犬山……』

『何やってるの? 岩熊さん』

『何でもねえよ。ちょっと自転車で走ってただけだ』

『自転車で階段を走るとかバ……あっ』

『はあ?』

『お、面白い人なんだ』


 こいつ今、バカって言おうとしたよな? あたしのこと怖くねえのか?


『あっ、血が出てるよ』


 犬山に言われてひざを見ると、擦りむいて血が滲んでいた。階段で転がった時にぶつけたのだろう。


『こんなん、すぐ治るって』

『ちょっと来て』

『お、おい……』


 犬山に無理やり公園の水道に連れて行かれ、傷口を水で洗い流される。大人しそうに見えて、意外と強引なのかもしれない。


 ザァァァァーッ!

 傷口の砂を水で流してからハンカチで押さえる。犬山の白いハンカチは赤く染まってしまった。


『おい、ハンカチが汚れるって』

『良いよ。それより女の子の脚に傷が付いたら大変でしょ』


 おおお、女の子だと!?


『おまえ、あたしのこと怖くねえのかよ?』


『べつに怖くないけど。噂のことだよね。あんなのデマに決まってるのに。どこの世界に暴走族を壊滅かいめつさせる女子中学生がいるんだよ。漫画じゃあるまいし』


『だ、だよな……』


 すまん! ここにいるんだ!

 ホントにボコっちまったんだけど。


『これで良し。じゃあまた』

『あ、ああ…………』


 そして、何事も無かったかのように犬山は去って行く。あたしの心に不思議な感情だけを残して。


 ――――――――



 回想シーンから戻ったあたしは、寝たふりをしながらチラチラと犬山の顔を見る。


 我ながらチョロ過ぎだと思うのだが、あれから彼のことが気になって仕方がない。

 怪我をしたところに現れ優しく手当してくれて、ついでに男勝りなあたしを女の子扱いするという、まるで少女漫画のようなコンボなのだ。気になってしまうのは自然な成り行きだろう。


 はあぁ……犬山って、まつ毛長いんだな。何だろう、前は平凡な男子だと思ってたのに、急にイケメンに見えてしまうような。これって目の錯覚さっかくなのか?


 チラッ!


 あっ、ヤベっ!

 今、目が合ったような……もしかして気付かれた? いや、こっちは伏せてたし大丈夫だよな。


 ――――って、乙女かよっ!

 完全に恋する乙女じゃねーか!

 はあぁ、どうしよう……。


 そして、あたしの想いは暴走し、自分でも信じられない行動に出てしまうのだ。

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