第29話 誘惑

 神父はバーンの話が理解出来なかったが、バーンのマレイを見つめる様子に一つの答えにたどり着いた。


「まさか惚れたか」


「さあね」


 神父はその言葉に高笑いで答えた。


「止めておけ、金のために手を血で汚す強欲な女だぞ」


「なら話が早い。だってそうだろ、道に迷った者を正しく導くのも教会の仕事だ」


 バーンはマレイの手を握ってグイと体を引き寄せた。


「行こうぜ」


「はぁ? ちょっと待てよ」


「待てないね。良い天気なんだ、こんなとこでつまらない話を続けてもどうしようもないだろ」


 マレイは抵抗するがバーンに力負けしてずるずると引っ張られていく。


「あーもう! おいルピ! 行くぞ!」


「え、あ、はい!」


 ルピは呆気に取られ涙を流していたことも忘れて二人のあとに続いた。


 教会を出ると急にバーンの力が抜け、マレイはその隙に腕を振りほどいた。


「なんなんだよ急に!」


「なんだ強引なのは嫌いか?」


 マレイはバーンのニヤニヤとした表情に怒りを露にする。


「こっちはまだ聞かなきゃいけないことがあるってのに!」


「そうかい。なら、話の続きは俺がこの町から離れてからにしてくれ」


「お前には関係ないだろ」


「断罪者、この言葉くらいは聞いたことがあるだろ」


「......ああ、あるよ」


 それまで威勢の良かったマレイの態度が嘘のように鳴りを潜める。


「折角知り合った仲を自分の手で壊すようなことはしたくないね。かわいらしいお嬢さんが相手となれば特にね」


「よくもまあ口から出任せを言えたな。私が金のために人を殺すような奴だって知ってるだろ」


「知ってるとも。だがそんなもん大した問題じゃない。教会の意向に従うなら今すぐお前を罰するべきなんだろうが、俺は目に見えるものを優先する質でね」


「教会の人間がそんなこと言って良いのかよ」


「色々あるんだよ。ただそうは言っても流石に身内に何かあれば動くしかない。お前さんだって教会を敵に回すことが何を意味するかくらい分かるだろ」


「そりゃそうだけど」


「なら、教会に戻って馬鹿みたいにやり合うより、目的のために前に進んだ方がよっぽど賢い選択だと思うんだが、違うか?」


 マレイはバーンの話が分からないほど激昂してはいなかったため、一瞬間を置いて彼の提案を聞き入れようとした。


「嫌だよそんなの!」


 だが、それはルピの叫びによって遮られてしまった。


「だって私、母をあんな風に言われて、そんなの許せるわけないじゃないですか! 言われっぱなしなんて私、だいたい断罪者がどうとかってそれがなんだって言うんですか!」


 マレイはルピと目線を合わせて肩を掴んだ。


「マレイさん私悔しいんです!」


「ああそうだよな。だけどな、こんなつまらないところで旅を終えるわけにはいかないだろ。ルピ、お前の目的はなんだ?」


 ルピはマレイに力強く見つめられ、次第に興奮を抑えていく。


「母の、仇をとることです」


「なら、仇をとって、それからもう一度ここに戻ってこよう。その時まだあのじじいを許せないって言うなら、私が一発ぶんなぐってやるからよ」


「本当、ですね」


「ああ約束だ」


 マレイは笑いながらルピの頭を撫でた。


「今のは聞かなかったことにしておく」


「そいつはどうも」


 マレイはバーンの言葉に振り向きもせず、吐き捨てるように礼を言った。


「さて、それじゃあ気を取り直して食事でも」


 と、バーンが言い終わらない内にマレイはルピの手を引いてその場を立ち去ろうとする。


「おいおいおい、そんなに急がなくてもいいだろ、これを機にさぁ深めようぜ親睦をよぉ」


 バーンは呼び掛けに立ち止まる素振りのない二人の横を追いかける。


「ばか言え、この世界のどこに断罪者と仲良くする狩人がいるんだよ」


「そうですよ。今日で教会の人がどんな人なのか分かりましたしね」


「そんなこと言っちゃっていいのかぁ? あんたら、スタウターの坊っちゃんを探してんだろ」


 二人はバーンの言葉に足を止めた。


「知ってんのか」


「正確な場所は知らない。だが、心当たりくらいはあるぜ」


「マレイさん、どうせ口から出任せですよ」


 ルピがマレイの袖を引く。


「そいつはどうかな。スタウターと教会が深~いところで繋がってるのは分かるだろ。だったら俺が何かしら有益な情報を持っていたとしてもおかしくはないよなぁ」


 マレイはバーンに一瞬歩みよりかけたが、すぐに思い留まる。


「いや、そうだとして教会側のお前がそれを口にするのはなぜだ」


「言ったろ色々あるんだって。教会も一枚岩じゃないのさ」


 得意気に語るバーンを尻目に、ルピは力強くマレイの手を引いた。


「罠ですよ絶対! こんな人の話なんて聞くだけ無駄ですって」


 マレイはルピの抱く不信感が分からない訳ではなかったが、それ以上に情報に飢えていた。


 相手が相手だけに優位な立場でいるために情報は不可欠であり、その提供者が教会の関係者であるならば情報の精度に期待ができる。


 万が一にこれが罠であるとしても、この先にスタウターがいることは確かであり、闇雲に旅を続けるのとどちらが良いのかは明白であった。


 そして、マレイはそれを分かっていた。


「いいぜ、聞いてやるよ」


「マレイさん?!」


 困惑するルピをよそにマレイは話を続ける。


「ただし、食事はお前の奢りだからな」


「勿論」


「ちょっと勝手に話を進めないでくださいよ! 私は絶対行きませんからね」


「そう意固地になるなよ。お前だって情報が必要なのは分かるだろ」


「分かりません!」


 ルピはマレイの宥めるのを頑としてはね除け、その場にうずくまってしまう。彼女はただの子供であるのだから、駄々をこねるのは自然な反応ではありマレイもそのことを理解してはしていた。

 しかし、大人に混ざって剣を振るうことは出来ても、子供の扱い方まで大人と同じように出来る訳ではない。


 ほとほと困り果てているところに、バーンが救いの手を差し伸べた。


「そりゃ残念だ。この町で一番うまいパンケーキをご馳走しようと思っていたんだが、嫌がる子を無理やりてのもな」


「パンケーキ?」


「そうパンケーキ」


 ルピはここにきての思わぬ甘い誘惑に、心が揺れ動く。


 バーンは幼い子供に対しては、理屈よりも分かりやすい物で訴えかけてやることが何よりも効果的であることを知っていた。


「俺のことが嫌いなのは分かるが、ただ着いてきてパンケーキを食べたって損はないだろ」


「......確かに」


 バーンはルピの警戒が薄れたのを見逃さず、すかさず彼女の脇を持って立ち上がらせた。


「そうと決まればこんなとこでうずくまってる暇は無いぜ。なんせあの店は閉まるのが早いんだ」


 言うや否やバーンは二人の先陣を切って歩き始めた。


「マレイさん早く行かないと!」


「あ、ああ」


 マレイはルピの態度があまりにも簡単にひっくり返ったことに少々面食らいながら、浮き足立つルピの手を握ってバーンの後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使の遺物 猫護 @nekomamori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ