第28話 神父

 ラムルズの話を信じようが信じまいが、事実を知るために二人は教会へ向かわなければならなかった。


 あれだけ敬遠していた教会へ向かうとなると、マレイの足は自然と重くなる。


「でも、いいんですか。武器は預けたままなんですよ」


 ルピはマレイが丸腰なのが不安であった。


「いいんだよ。教会じゃ武器がない方が安全だ」


 あれだけ気の強いマレイが教会のこととなると及び腰になるため、ルピがそれまで教会へ抱いていた尊敬の念が徐々に恐怖へと変わっていく。


 街の中心を目指して教会から放射状に伸びる道を進んでいく。


 ラムルズの話にあった『この街に狩人の類いは居ない』という点については少なからず真実であったようで、教会へ向かう道すがら武器を持ったものはおろか二人を気にする素振りを見せる者は誰一人として居なかった。


 そうなると、ラムルズの話に信憑性が生まれそれは同時に教会の関わりを示唆していることとなり、いよいよマレイは嫌気が頂点に差し掛かっていた。


「マレイさん、着きましたね」


「ああ」


 二人の目の前に立ち塞がるようにそびえ立つそれは街のどの家より頑強に作られ、人が祈りを捧げる場所にしてはあまりにも威圧的であった。


 マレイはその場で体を左右に何度か捻って緊張を紛らわせると、扉に手を掛けた。


「行くぞ」


 ルピが生唾を飲む。


 観音開きの扉をゆっくりと開けると、開いた隙間から中に光が差し込む。


 暗く閉鎖的な空間は磨りガラス越しの光に照らされ、左右に分かれて連なる長椅子の一番奥で男が一人読書に耽っている。


 二人は恐る恐る男の方に向かうと、男も足音に気が付くと本を閉じて二人に向き合った。


「......まだ生きていたとは、驚きだな」


 マレイはその言葉で全てを察した。


「初対面の神父がずいぶんなご挨拶だな」


「何も言わずとも、お前が何者で何をしに来たのか顔を見れば分かる。聞きに来たのだろう、なぜ教会が一領主の肩なんぞを持つのかと」


 マレイはこの神父の見透かしたような話しぶりに、得たいの知れない恐怖を抱いた。


「はっ、なら教えてくれよ。あの教会が人殺しの手助けなんてしてるのかをよ」


「知ってどうする。納得のいく理由ならば素直に死んでも良いとでも言うか」


「ばか言え。するかよ納得なんて。ただ、なにも知らずに寝首をかかれるのはごめんなんでね」


 この時点で教会が敵であることは明確な事実となった訳であるが、だからと言ってマレイは逃げるように教会を出るような弱味を見せたくなはなかった。


「春になると盛りのついた獣どもが争い始める」


 二人は神父が口にした言葉の意味が分からず面食らう。


「時にそれは相手の命を奪うことになるだろうが、種の存続をかけたそれを一体誰が非難できるだろうか。もっともその争いが時として人々に危害を加えるのであれば我々が表に出て対処することもあるだろう」


「神父さんよぉ、別に説法を聞きに来たわけじゃないんだが」


「聞け。まだ話は終わっていないぞ。我々が積極的に制圧するのは人々の争いのみであるが、それはなぜか分かるか?」


 男の問いに二人は顔を見合わせ首をかしげる。


 この問いに答えるまで男が続きを話しそうにないので、マレイは仕方なく答えを捻り出した。


「そんなもん、街中で殺し合いなんか始められたら迷惑だからだろ」


「それもある。だが、それは些細な理由に過ぎない。獣と我々とにもっと大きな決定的で根源的な違いがあるからだ。それは何か」


「人間は神に唯一祝福された種族である、だろ」


「......素晴らしいその通りだ」


 神父は目の前の粗野なメイドから答えが出てくるとは露程にも考えておらず、多少の驚きをもって称賛を送った。


「そこまで分かっているなら自ずと答えも導き出されるだろう。即ち、祝福された者を殺傷することは神への反逆であり、同時に手を血に染めた者は反逆者となる。それを教会が処罰するのは必然であろう」


「その話だと、あんたは私達とスタウターの両方を処罰する必要があると思うんだが、現状と矛盾してないか」


「それは違う。殺意をもって彼らに迫っているのは貴様らだけであり、スタウター家は被害者に他ならない」


「で、でも、最初に手を出したのはスタウターの方なんですよ!」


 ルピは神父の言葉が聞き捨てならなかったのか、マレイを押し退けて前に出ると神父に詰め寄った。


「母のことは残念だった。しかし、あの夜の罪は既に神によって裁定が下されている。更に言えば神の決めたことに異を唱えるお前は反逆者よりも質が悪い、獣畜生以下の存在だ」


 神父はルピに冷徹な言葉を浴びせると、ルピが怯えるのも構わず立ち上がり見下すように言葉を続けた。


「まさかお前の母も獣を育てていたとは夢にも思うまい。いや、子を人として育てられなかったお前の母こそ獣畜生以下の存在なのだろう。殺されたのは必然だったのかもしれんなぁ」


 ルピは最初こそ神父の威圧的な態度に怯えていたものの、母を悪く言われ黙っていられるほど気弱ではいられなかった。


「ふざ、ふざけるなよ! 殺されて良いはずがあるか! あんな金で許されるはずがあるか! 謝れよ母さんに謝れ!」


「やめろ落ち着け!」


「止めないで下さい! こんな奴にこんな奴になにが分かるって言うんですか!」


 マレイは今にも神父に飛び掛かりそうなルピを必死に抑える。


 神父はその光景を見てもな顔色一つ変えるどころか、笑みを溢しながらルピの耳元で囁いた。


「驕るなよ。許すのはお前ではない。神が許すのだ」


 ルピはその言葉に膝から崩れ落ち、神父は涙を流す少女の前で聖職者のそれとは思えないような高笑いを上げる。


 マレイが神父を睨み付けると、その笑い声を妨げるように教会の扉が大きな音を立てて開かれた。


「ウズデッドさんよぉ、この辺しばらく見ない内に随分物騒になったじゃねえの」


 声のする方を見る。


 マレイもルピも二人して目を丸くした。


 そこにはあのバーンと名乗る教会の男がいたからだ。


「バーン、断罪者のお前がなぜここに」


 バーンが近づくにつれて神父の顔がみるみる内に険しくなっていく。


「おいおい同じ教会の人間だろ。そう邪険にするなよ。しっかしなんだ神父のくせしてこんな昼まっから女の子泣かせてよ」


「お前には関係のない話だ」


「関係ないことはないだろ。俺だって教会の人間なんだぜ。そんなことよりよぉ隣町でこんな貼り紙を見つけたんだが」


 バーンはそう言って懐から取り出したマレイの手配書を神父に突き出した。


「隣町では狩人共に襲われていた女がなぜか手配書に書かれているし、その女がいまは教会に居るし、俺にはさっぱり状況が掴めないんだが」


「まて、その前にその狩人共はどうした」


「きっちり片付けてやったさ。それが俺の仕事だろ」


「なっ!」


 神父はバーンの話にみるみる顔を青くする。


「なんてことを、スタウターには不干渉を条件に話を通していたんだぞ! それをお前は勝手に、これだから暴力しか能のない奴は嫌なんだ。まあいい、話は後でしてやるからさっさとその二人を摘まみ出せ」


「待てよ話はまだ」


「嫌だね」


 マレイの言葉はバーンによって遮られた。


「折角また会えたのにみすみすこの機会を逃せるわけがないだろ。わざわざ俺に会いに来てくれたんだろ、な?」


 マレイは思わず「はぁ?」と口にしそうになったが、彼は教会を訪ねるように話していたことを思い出した。


「俺としてはあんたがスタウターの連中と何をしてようが興味はないんでね。それより、折角俺を訪ねてきてくれた客人を泣かせた訳の方がよっぽど重要だね」

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