第27話 提案

「またかよ。生憎手は足りてるんでね」


 マレイは林道で殺した男を思い出してうんざりとした顔をするが、男は話を続ける。


「そう言うなよ。相手はあのスタウター、情報はあるに越したことはないだろ」


 ルピは前のめりになってマレイに話しかける。


「マレイさん、話を聞くだけ聞いてそれからどうするか決めればいいんじゃないかと」


 マレイはそれを聞いて一瞬考えるように目線を上に動かすと男に向き直った。


「とりあえず話は聞いてやる」


 マレイの言葉に男はニヤリとする。


「まず、ご法度とされてる殺しの依頼がこんな堂々と貼り出されてるわけだが、スタウターの奴になんでそんなことが出来ると思う? こんなことしたら教会が黙ってるはずないよなぁ」


「......さあな」


 マレイにはなんとなく察しがついていたが、男にしゃべらせるのが賢明だと判断してわざと知らないふりをする。


「なら教えてやろう。スタウター家はことある毎に教会に献金している。教会は恵まれない子供たちのためにその金を使っている。つまり、スタウター家と教会は太い絆で結ばれているわけだ。ここまで言えば察しがつくだろ」


 男は自らの胸の前で言葉を誇張するように両手を掴む。


「お得意様なら多少の粗相には目をつむるって訳か。で、それを知って私らにどうしろと」


「そう急かすな。教会だって全てを許容する訳じゃない。例えば教会を囲うように林立するこの街中にこんな依頼が貼り出されていたら、流石に教会としての行動を起こさないと信者に示しがつかないわけだ。そうなると、どうなると思う?」


 男の問いにマレイはこの街に入ってからの違和感を思い出した。


「そう言えばここに来てから手配書を見てないな」


「そう。この街には貼り紙をさせないことで町民に気取られなくしている訳。つまり、ここでお前がお尋ね者だと知る者は誰一人としていない訳だ」


 ルピはそれまで怪訝な顔を浮かべていたが、その言葉に顔がほころんだ。


「なら、ここにいる間は命を狙われることはないってことですか?!」


「その通り。教会を忌諱してやまないあんたらが教会の近くにいれば安全だとは、皮肉なもんだね」


 ルピは明らかに希望に満ちた表情を見せるが、まはその横でいたって冷静であった。


「で、あんたから聞いたのは教会の汚れた話とこの街が安全だってことだけで、私らの目的には何一つ役に立たないんだが」


 すると、男はケタケタと笑い始めた。


「何がおかしい」


「いやなに、流石と言うか無謀と言うか。普通は目標と教会が繋がってるなんて知ったら諦めるとこだぜ。なのにあんたはまだ続けるつもりな訳だ。この結末のわかりきった旅をよぉ」


 だが、マレイは男の挑発に乗らず淡々と言葉を続けた。


「笑いたきゃ笑えばいいさ。こっちはこの依頼を受けた時から腹くくってんだからよ。今さらなに言われようが知ったこっちゃないね」


「まあそう結論を急ぐなよ。俺がただお前を怒らせるために話をしに来たとでも思うか? お前さんの信条と言うか信念と言うか、仕事に対するものは偉いと思うぜ。ただ、同時に同情してんだ」


 マレイは男の『同情』の言葉に眉間にシワを寄せる。


「お前にそこまでお節介を焼かれる覚えはないが」


「いやいや考えてもみろ。正義に刈られた年端もいかない狩人が、少女の母親の仇討ちのために強大な敵に立ち向かう。この話を聞いて情を寄せない奴なんていない。そんな無謀の旅を続けるお前らを前にして止めろと声をかけてやるのは大人として正常な判断てもんだろ」


「だからと言って、仮に今『復讐を止めてオウチに帰ります』と言ったところで奴らはそう易々と聞き入れちゃ」


 男はマレイの話を遮るために彼女の眼前に指を突き出した。


「その通り。だからこそ俺が必要になるわけだ」


 マレイは男の言葉の意味を理解できずチラリとルピの方に目を向けると、ルピもまた同じように理解出来ないといった表情を浮かべていた。


「話が見えてこないんだが」


「まあそう急かすな。実を言うとな俺はスタウターの奴にちょっとしたコネがあるんだわ。この意味がわかるか?」


 マレイはその言葉でようやく事態を理解して、椅子に深く座り直すとうつむき気味にため息をついた。


「なるほどなぁ、つまりあんたに幾らか渡せば停戦の仲介をしてくれるってわけか」


「流石話がはやくて助かるねぇ。俺がスタウターに話をつけるまでにあんたらが他の狩人どもに殺されないとも限らない。だが、さっきも言った通りこの街なら貼り紙もないしあんたらがお尋ね者だと知る人間もいない。俺が行って戻ってくるまで、あんたらは教会を囲うこの情緒溢れる街並みを観光でもしてりゃ気づいたときには全てが終わってるって訳だ。悪くない話だろ?」


 ルピはマレイが男の話に乗ってしまうのではないかとひどく狼狽えた。


 男の話すことが事実であればマレイが仕事から手を引くのに、これ程の状況が生じることはこの時をおいて他に無いからだ。


 実際男の提案は幾度の襲撃に疲弊しているルピにとっても、少なからず魅力的なものであった。


「悪くないな」


 ルピの心臓の鼓動がマレイの言葉に反応して速くなる。


「だろ? ただ、さっきも言った通りタダって訳にもいかないからよ、前金として」


「おい、なに勝手に話をすすめてんだ。悪くないとは言ったが誰も話を受け入れるなんて言ってないぜ。判断するのは私じゃあなくこいつなんだぜ」


 マレイはそう言ってルピに視線を移す。


「へ? 私がですか?」


「当たり前だろ。今の主はお前なんだから」


「そりゃその通りだ。どうだ嬢ちゃん、悪いことは言わねぇから家に戻って貰った金で慎ましく暮らしてりゃいいさ。こんな無謀な復讐で自分の子が命を落としたら、殺された親に向ける顔がないだろ」


「で、でも......」


 ルピは突然降ってわいた話にどうしていいか分からなくなってしまった。


 男はルピの狼狽える様にここが攻め時だと、体を寄せて耳元で優しく囁いた。


「大丈夫だって。スタウターなんて強大な敵を相手にここまでやったんだ。ここで諦めたって誰もお前を責めやしないよ」


「でも私、マレイさん、どうしたら」


「決めるのはお前だ」


 ルピはマレイに冷たく突き放され、いよいよ泣きそうになる。


 マレイはそれを見て大きく息を吐くと、ルピの目を見つめて一言だけ付け足した。


「ただ、私は死ぬつもりはないぜ」


「ほー、格好いいことを言うねぇ」


 男の茶々が入るが、マレイはじっとルピを見つめ続ける。


 わずかな間、他の客の話し声だけが響く。


 ルピは体の震えが止まっていることに気がつき、決意したように目を閉じると横の男に視線を移した。


「ごめんなさい。とてもありがたいけど私このまま家には帰れない」


「そうかい」


 男はルピの目を見ると二人が拍子抜けするほどすんなり受け入れた。


「ま、どこで命を捨てるのかは自由だからな。俺としては幼い命が目の前で消えていくのは残念でならないが、いけるとこまで行くといいさ」


 男は席を立ち出口まで向かうと、扉の前で立ち止まった。


「そうだ。これは最後のお節介だが、道に迷ったんなら墓地に行くといい」


「墓地にですか」


「ああ。そこに答えがある」


「ありがとうございます! えっと」


「ラムルズだ」


 男はそれだけ言い残して店を出ていった。


「......なんだったんでしょうね、あのラムルズさんて人」


「さあな。ただあれの言うことが真実だとしたら、一つ腑に落ちないことがある」


「なんですか」


「あいつは教会が一枚噛んでると言ってたが、だとしたら教会の連中が私達を助けるはずがない」


「たしかに、さっきの町で助けてもらいましたもんね」


「どのみち行くつもりだったし、直接聞いた方が早いだろ」


「聞くって誰に」


「教会に決まってんだろ」

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