第26話 教会の見える町
「あれ、見えるか」
ルピはマレイの指差す方に目を向けると、町の中心辺りに目立つように建てられた砦のような建物が見えた。
「見えますけど、お城にしては小さすぎるような」
「あれが教会だ」
「教会? 私の知ってる教会てもっとこう、こじんまりとしてると言うかあんな物騒な感じじゃないですよ」
「だろうな。だが正真正銘の教会だ間違いない」
二人は教会の男と別れた後にログレンまで来ていた。
マレイの言う『教会』を中心に据えて円形に建物が連なる独特な形状をしたその町は、町そのものが教会を守るために存在しているようであった。
「ほら見ろよこれ。お尋ね者だってよ」
マレイは酒場で引き剥がしてきた手配書をルピへ渡した。
「これって、マレイさんのことじゃないですか!」
「だから言ったろ、これのせいで散々な目に遭ったけど、流石に教会のお膝元でばら蒔く馬鹿は居ないと思いたいね」
「そ、そうだ! このことを教会に伝えれば何か助けてくれるかも」
「んなわけないだろ。仇討ちと言えど人殺しに変わりはないんだから、教会が味方なんかするかよ」
「でももしかしたらキチンと話をすれば」
「まあ実際つついてみるしかないのは確かだ」
幸いなことにこの町に貼り紙一つ見当たらず、マレイの特徴的な青い髪を目にしても誰一人として騒ぎ立てるような素振りは見せなかった。
さらに言えば賞金稼ぎの類いも先の戦いでそのほとんどが散ってしまったため、お尋ね者の身とは思えない程静かに町を歩くことが出来た。
「さて、馬も預けたことだしさっさと教会に向かうか」
「そうです、きっと話せば分かってくれるはず」
「と、言いたいとこだがまずはこいつの手入れからだな」
出端を挫かれルピが転けそうになる。
「て、手入れって」
「ナイフだよ。まさかこんなに連戦連戦やらされるとは思ってなかったからな。刃を研がなきゃ使い物にならねぇのよ」
「そんなのちょちょって自分で出来ないんですか」
「物が多いからな。そんなときはここに頼るに限る」
と、話しながらいつの間にか剣の絵を掲げた店の前まで来ていた。
「こんちわー」
「どうも。こりゃまた、メイドがうちなんかに何のようで」
店に入ると無精髭を生やした厳つい男が二人を迎えた。
「まあ色々とね話すと長くなるから。それよりこれの刃を整えて欲しいんだけど」
店主はカウンターに並んだ10本のナイフの1つを手に取るとまじまじと見つめ始めた。
「こりゃだいぶ酷いな。ここもここも刃が欠けてるし、こいつに至ってはここ見てみろ亀裂が走ってるだろ」
「あ、ほんとだ」
マレイと店主をよそに、ルピは陳列された武器の山に目を輝かせ無造作に立て掛けられている1本の剣を手に取り、構えを取ろうとして剣を持ち上げる。
「お、重いぃ~!」
その剣は少女が持ち上げるには少々重く、剣を持つルピの手がプルプルと小刻みに震え剣の重さに体を持っていかれそうになる。
「こら、壊す前に元に戻せ」
マレイに注意されルピは剣を元あった場所に立て掛ける。
「あんた、ただのメイドじゃねえな。俺ぁこの道長いからよ、武器一つ見れば持ち主がどんな奴か大体分かんだ」
「ほんとかぁ? なら当ててみ」
マレイはカウンターに肘をついて店主を茶化す。
「そうだなお前さんは......無鉄砲で滅茶苦茶な奴だな」
「すごい当たってる」
横で聞いていたルピが思わず声をあげ、マレイに睨まれる。
「......んなこたどうでも良いからよ。全部磨くのにどのくらいだ?」
「そうだな10もあればやってやるが、この亀裂が入ってる1本は諦めた方がいい。使ってる時に折れたらかなわんだろ」
「いいよその時はその時でやるから。とにかく数がいるんでね」
「こっちは金さえ貰えれば文句は無いからな。明日の昼には磨き終わってるだろうからその頃に」
「宜しく頼んだぜ」
持っていたナイフを預け二人は店を後にした。
「ここで1日足止めとなったわけだが、どうする? 観光でもするか?」
「そんな悠長なことやる気分になれませんよ。それよりさっき教会をつつくとかどうとかって言ってましたけど」
「正直教会になんか関わりたくないが、どうも納得いかないことがあってなぁ。領主様が教会と繋がってそうではあるんだが、そうなるとあの町で教会の人間が横槍を入れてきたことと矛盾するんだよなぁ」
「わざわざそれを直接確かめに行くってことですか」
「そゆこと。敵の情報はあるに越したことはないってね」
その時、マレイの腹の虫が鳴く音がした。
「そういや慌てて出てきたからなぁ、どっかその辺で済ますか」
マレイはいつものように酒場当てにして町で一番荒れている場所を探すものの、教会を町のど真ん中に据えている町の気質のせいか、スラムらしきスラムが見当たらない。
仕方なくそれなりに小汚ない店を見つけると、気乗りしないながらも戸をくぐった。
「教会の連中とどこで出くわすか分からないから、ほんとは酒場の方が安心できるんだけどなぁ」
席に座るなりマレイの口から口がこぼれる。
「酒場には来ないんですか?」
「全く来ないってことはないけど、あいつらだって好き好んであんな荒れた場所に顔は出さねぇよ」
そう言いながら一応の警戒のため店内を見渡すが、特別彼女達に関心を示す人の姿はない。
すると、一人の男が店に入ってきた。
マレイは感づかれないよう視線だけを男に向けると、腰に提げた剣が目に入り咄嗟にルピに目配せする。
ルピも男の存在に気がついたのか、意味もないのに身を縮ませて男の意識から逃れるような素振りを見せる。
男は席を探して店内を見回すが、マレイ達が座った席で店内はいっぱいになっていた。
「満席か......」
男の呟きに二人は諦めて出ていくことを期待したが、男はマレイの姿に気がついたような反応を見せ二人の席に近づいていく。
「ようお嬢さん方、悪いんだけど一席譲ってくれないか」
「生憎他人と食事する気は無いんでね、他を当たってくれ」
マレイはあえて男に顔を向けずに冷たく当たる。
「そう言うなよマレイさんよ」
「知らない名前だな。誰かと勘違いしてるんじゃ」
と、マレイが言い切らないうちにテーブルに一枚の手配書が置かれた。
二人にも見覚えのあるマレイの手配書であった。
「どうやら俺の勘違いって訳じゃなさそうだな」
マレイは冷静に袖に手を伸ばすが、そこにあるはずのナイフが無いことに気がつき持っていた全てのナイフを研ぎに出したことを思い出した。
ルピもマレイの様子がおかしいことに気がつき顔を強ばらせる。
だが、すぐに取り乱すことはせず、丸腰であることを男に気取られないようゆっくりと顔を上げた。
「だったら、何だって言うんだ」
「おいおい! そうおっかない顔を向けるなよ。俺だって驚いてるんだから」
男は空いている椅子を引っ張ってくると二人の間に椅子を差し込んで座った。
「お前、人の顔なんて覚えようと思ったこと無いだろ」
「それが?」
「まあ狩人なんて大体そんなもんだが、お前は覚えてないだろうが俺の方は何度か酒場でお前のことを見かけてるんだぜ」
「マレイさんの知り合いなんですか?」
「だったらこんなに警戒されるかよ。腕の良い女狩人だってことくらいしか知らないが、それがたまたま立ち寄った町でこんな貼り紙されてるもんだから驚いたのなんのって」
「で、あんたも金に目が眩んだ馬鹿の類いか」
「よせよ。俺は他の馬鹿とは違う。あんたの評判だって知ってんだ、危ない橋を渡るつもりはないよ」
「だったら尚更何の用だよ」
マレイの質問に男はニヤリと笑みを浮かべた。
「なに、ちょいと手助けしてやろうと思ってね」
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