#26 テスト終わりとある心配

 自分の中にある不思議な気持ちに気付いてから数日が経ち、期末テストを迎えた。

 美恋の顔を直視できず、少しだけ避けるようにしたのだが、美恋の勉強を手伝う約束をした手前どうしても顔を突き合わせることになった。そもそも、同じ家で生活していて顔を合わせないのが無理という話だが。


「テストの出来はどうだった?」

「なんとか大丈夫そうかな」

「それなら良かった。あと残ってるのは普通教科だけだから問題ないだろ」

「そうだね! ありがとう公正! 公正が教えてくれなかったら私、赤点まみれだったよ」


 夕飯を食べながら話す。

 勉強は教えた。けれど二人でいる時間が妙にこそばゆくて、天司と礼次とも一緒に勉強した。皆、部活には入っておらず自由な時間があったために、ちょっとした勉強会となったわけだ。

 天司も美恋と同じでどう接していいか分からない部分もあったが、普段と変わった様子もなく、互いにバカなことを言い合っていた。まるで何事もなかったかのようにいつもの日常を演出していた。


「ねぇ公正、夏休み何するの?」

「何だ急に?」

「私ね……海行きたいんだ」

「行ってくればいいじゃないか」

「うーん……。行きたいのは山々何だけど、私はほら……これがあるから」


 そう言うと美恋は自分の頭を指差し、尻尾もバサバサさせた。耳と尻尾が生えてる美恋にとって、夏の海というのは人目につく危ない場所なんだろう。


「そっか……。てことは今まで一度も行ったことないのか?」

「ないかなー。物心ついた時から耳と尻尾があるから、人目のつくところは避けてきたの」

「大変だな」

「うん。水着とか着て遊んでみたいな……」


 夕飯時はいつも揺れてる尻尾が力なく萎れる。

 美恋の水着姿を想像する。パステルカラーでフリルが付いたビキニなんてどうだろう。美恋によく似合うのではないか? 

 想像の中の美恋は、それはもう可愛かった。けれどそこには当然のように耳と尻尾がある。


「行けたらいいな……海」

「うん。公正も一緒に行こうね!」

「そうだな。今年の夏は皆でどこかに行ってみるか」


 俺と美恋。天司、礼次の四人で遠出するのもいい。


「けどその前にテストを乗り越えないとな」

「そうだね~」


 夕飯のおかずをつつきながら、来る夏に思いを馳せた。


〜〜〜


 テスト最終日。すべての教科が終わり、ついに解放された。終礼では降幡先生が夏休みについて話をしていた。


「今週末、テストの返却が終われば夏休みだ。くれぐれも羽目を外しすぎないように。机の中に教材なんて置いていくなよ。一度すべて持ち帰りなさい」


 教室からは歓声と共に不満の声もなる。使わない教材くらい置いておいてほしいという声だ。


「夏休み明けに紛失していても知らんぞ。ゴミと間違えて捨てるかもしれんしな」


 教師が教科書を捨てるなと声がゆくが、降幡先生は視線一つで黙らせた。


「それから雛菊。終礼後、生徒指導室に来なさい」

「え!? 俺!」


 教室が僅かにざわめく。


「いいな」

「は、はい……」


 唐突に呼び出しをくらう。それも生徒指導室にだ。思い当たる節があるなかった。

 一人困惑する中、挨拶が終わった。


「ねぇ公正くん……。なにしたの?」

「お前、なにやらかしたんだ?」


 天司と礼次が事情を訊きに来る。


「いやいや、何もしてないって! なんで呼ばれたのかも分からないんだぞ!」

「でもよ、生徒指導室に呼ばれるなんて相当なことだろ」

「ホントに心当たりが無いんだよ!」

「私の知らないところで悪さしてたのかな〜?」

「冗談はやめろ! マジで何もしてない!」

「ねぇ公正。行かなくていいの?」


 あーだこーだと言い合う俺たちに美恋が声をかけた。


「ああ、そうだな。行かないとだな……。すっげぇ嫌何だけど……」

「巴ちゃんなら大丈夫だよ!」

「それはお前と降幡先生の仲が良いからだろ……」

「後で何したか教えろよっ!」

「何をしてないんだが!」


 結局やいのやいのと言い合いが始まる。


「もう! 公正! 先生待たせてるよっ!」

「ああ、ごめん! 二人共このあと暇か? 良かったら少し遊びに行かないか?」

「俺はいいぜ! 丁度今日まで休みだからな」

「私もいいよ」

「それじゃあ、美恋と先に行っててくれ。俺は後で向かうよ」


 それぞれに了解。オッケー。と了承してくれる。

 美恋を二人に任せ、俺は生徒指導室へと向かった。


「遅かったな雛菊……」

「すみません」

「まあいい、お前に話があって呼んだ。大事な話だ」

「なんですか?」

「いよいよ今週末から夏休みだが……その……」


 話し始めにして歯切れが悪かった。


「雛菊!」

「は、はい」

「お前はまだ高校生だ。その間違ってもセック……、不純異性交遊なんてするなよ……」

「はぁ……? あの、なんで俺が不純異性交遊をすると?」

「お前は最上と暮らしているだろう。夏というものは若者をバカにする。バカな奴らは男と女でするだろう」


 ここで理解。降幡先生は俺と美恋が婬靡いんびな関係になるのではないかと思っているわけだ。そんなことは流石にない……と思いたい。


「先生が思ってるようなことにはならないと思いますけど、わかりました気をつけます」

「ぜっったいにダメだからな!」

「もちろんです。その……先生も頑張ってください」


 降幡先生から念を押される。俺は頷き、気を使うつもりで先生にエールを送った。


「雛菊……。あれは忘れてほしい……」


 教師の威厳なんてどこへやら、顔を紅くした降幡先生は俯きモジモジしていた。


「大丈夫です! 先生は美人なんで! 今年の夏はいいことありますよ!」

「そう、だな。うん! 良い夏にしよう!」


 拳を握り立ち上がった先生からは、強い意志を感じた。本当に心の底から降幡先生にいい出会いがあることを祈ろう。


 

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