#25 夏休みと期末テスト

 一日の授業が終わり、終礼が始まる。


「えー、分かってると思うけど再来週には夏休みだ。つまりその前にテストがある。部活動は基本的に一週間休みになるから各自勉強してくるように」


 降幡先生がお知らせを伝える。

 遂に高校一年目の夏休みという天国が来るわけだ。その前に、テストという地獄があるわけだが。とはいえ、普段から真面目に授業も聞いているし問題ないだろう。


「美恋、今日はちゃんと帰るんだぞ」

「はーい」


 バイトに向かう俺は天司に声をかけるか迷う。迷った末に声をかけずに教室を出た。


「ちょっと待ってよぉ〜」


 外履きに履き替えたタイミングで天司から声が掛かる。


「天司……」

「何で一人で行こうとするのぉ! 私も今日のシフト入ってる知ってるくせにぃ!」

「悪い」

「別に謝って欲しいわけじゃないですよぉ。ふふっ、じゃあ行こうか!」


 俺のモヤモヤした気持ちとは別の感情が働いているかのように、天司は笑顔で先をゆく。


「公正くん期末どう?」

「授業は聞いてるし、特に困ってるところもないからな。前回のテストと同じでしばらくはバイトを休むかな」

「まあ、そうですよねぇ~。働きたいけど、勉強もしなきゃだしねぇ」

「なあ、初めて聞くけどさ。天司は何にお金を使うんだ?俺は殆ど生活費に消えるけど、お前は?」

「女の子ってねぇ……。お金がかかるんですよぉ。自分が可愛くなるためにはお金がかかるのです!」

「そういうものなのか」


 その辺りの事情に関しては、男の俺では理解できないことのようであった。


 バイト先に着いた俺と天司は改めてシフト表を確認する。しっかり休みになっていた。試験5日前から休みがほしいと、事前に店長には伝えてあったからだ。


「天司、5番テーブルのバッシング頼めるか?」

「うん! 公正くん、お皿足りてないみたい! 洗い物お願い!」

「わかった!」


 平日だというのに思いの外忙しい。なぜだろうと少し考えたが客層を見れば一目瞭然だ。学生服が多い。部活動がないから友達と夕食を食べに来る人が多かった。そんな激動の中やっと勤務終了時間となる。

 例のごとく天司が先に着替えるためにスタッフルームに入る。


「仲直り出来たみたいだね」

「はい、たぶん」

「何でそんなに自信なさげなのさ」

「ちゃんと仲直りできたと言えるのかどうか」


 そんな話を柏坂さんとしていると天司が出てきた。


「いいよ次」


 俺は入れ替わるようにスタッフルームへと入っていく。

 前と変わらない、元通りなのだろうかと考えていると、急に大きな声が扉越しに聞こえた。


「えっ! ホントに!」


 それは、柏坂さんの声だった。

 着替えを済ませ扉を開けると柏坂さんが一人立っていた。


「天司は?」

「帰ったよ」

「急だな……」

「公正くん……。頑張りなよ……」


 柏坂さんはそう言って俺の肩に優しく手をおいた。以前似たようなことがあった気がする。これがデジャヴというやつだろう。


〜〜〜


「ただいま」

「お帰り公正」


 玄関の扉を開けると美恋の声と共にソースのいい匂いが鼻に届く。


「焼きそば?」

「正解!」

「昼にチャーハン、夜は焼きそば……。ジャンクだな」

「簡単で美味しからね!」

「こんな食生活してたら太るぞ……」

「えっ!? 私、太ったかな?」

「いずれはそうなるかもな」

「そんなぁ~」


 しょんぼりする美恋。耳と尻尾が同時に萎れた。


「今はまだ大丈夫だ。美恋は細いよ。一体その体のどこにあれだけの量が入るのか不思議だよ」

「美味しいものは無限に食べれるね!」


 胸を張る美恋。どこから持ってきたのかご丁寧にエプロンまで着ていた。


「公正、もう出来るから座って待ってて」

「あぁ、サンキュ」


 疲れたぁと床に腰を下ろす。少しして、焼きそばが運ばれてきた。飲み物を用意しようと立ち上がろうとするが、それを美恋が制す。お茶まで用意され、まさに至れり尽くせりだ。


「じゃあ、いただきます!」

「いただきます」


 料理を作ってもらい食べて思う。美恋の作る料理は美味い。それはお弁当の時もであった。焼きそばだって、自分で作るよりかも遥かに美味しかった。


「ところで美恋。お前は勉強大丈夫なのか?」

「うーん……。普通の教科なら大丈夫だよ。けど、専門的な事はまだちょっとかな」

「そっか、編入だもんな3ヶ月分の授業を受けてないとそりゃわからないか」


 俺たちが通うのは技能科だ。普通教科とは別にいくつか受ける授業がある。当然そのテストもあるわけだ。


「何がわからないんだ?」

「専門的な計算の公式とか覚えれてない……。あと道具の名前とか……」

「公式か……。確かに大変だな、あれは……」


 物理の授業なんて当分先だ。けれどそれに等しい公式や文字列が並ぶ。俺だって初めは意味が分からなかった。


「俺も手伝うからゆっくり覚えていこう」

「ありがとう〜公正!」


 バッサバッサと尻尾を振る。

 こういう感情が分かりやすい美恋は見ていて飽きない。楽しそうに笑って、残念そうにしょげて、近くにこいつがいると俺は……。


「俺は?」

「どうしたの公正?」

「あ、いやなんでもない」


 俺は何だ? 


『お前は最上さんが好きだと思ってた……』


 礼次の言ったことがフラッシュバックする。


 俺の一番が美恋? そんなわけがない、俺は天司が好きだ。それは一緒に過ごしてきて俺自身がそう確信している。

 ……だけどこのモヤモヤは何なんだ。


 決して美恋の事を嫌いというわけじゃない。寧ろ好き嫌いで分けるなら好きだ。けれどそれは恋愛感情とかそんなじゃなくて、どちらかというと家族みたいな……。

 家族って何だよ! それじゃあまるで……。


「公正、大丈夫? 具合悪い?」


 美恋の手のひらが額にあたる。ひんやり冷たくて、小さい。心配で覗き込むように俺の顔を見る目は、大きく愁いを帯びたような艶やかなものだった。

 急に恥ずかしくなり視線を外すと薄いピンク色の唇が目に入る。これ以上近くで美恋を見てるとおかしくなりそうだった。


「大丈夫だ! 何ともないぞ!」

「そう……?」


 キョトンとする顔も愛らしさがある。

 モヤモヤして気持ちが悪かった心臓は、鼓動が早くなり違った息苦しさを感じた。


 何だよこれ!?


『だって……私はきっと、公正くんの一番じゃないから……』


 違う! 俺は、天司が!


『うん。かわいいよ! お嫁さんにしたいくらい!』

『お嫁さん! なら、わたしおおきくなったら、あなたのお嫁さんになるぅ!』


 …………。


「…………お嫁さんにしたいくらい……」

「え!?」


 顔を美恋に戻すとすごく驚いた様子で固まっていた。


「本当に会ってたんだな……俺たち」

「思い出したの?」

「少しだけ……」


 俺の目に映る美恋は凄く喜んでいた。俺が思い出したことが心底嬉しかったらしい。そんな美恋を見て微笑ましく思うと同時に、不安と恐怖が俺を襲う。


 自分の気持が分からなくなった不安。大切だと、好きだと言った人を傷つけてしまうかもしれない恐怖。


 俺はこの日を境に数日、美恋の顔をまともに見られなくなる。

 


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