#23 慣れた日常と少しの変化
「公正、起きて。公正!」
聴き慣れた美恋の声で目が覚める。同時にトーストの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
俺は眠たい目を擦り、視界を明瞭にする。
「美恋、どうした?」
「違うよ公正! 起きたらおはようだよ!」
「あぁ、うん。おはよう」
朝の挨拶を告げる美恋は、顔を俺に近付けていた。目の前には整った可愛い顔がある。白銀の髪とピンと立った耳が朝日をを浴びてキラキラ光っていた。
美恋は顔上げると朝食が準備されたテーブルへと戻っていく。その後ろ姿は相変わらず大きな尻尾があり、妙に弾むように横に振れていた。
「一体どういう風の吹き回しだ?」
美恋の対面に座り素朴な疑問を投げかけた。
「昨日はいっぱい迷惑かけちゃったから、ちょっと頑張ろうかなって」
「それで朝食の準備を?」
「うん。それに私は公正のお嫁さんになる事が目標だから、空羽ちゃんに負けられないの! これはその為の一歩だよ!」
「結婚するってやつか……。本気で言ってるのか?」
「もちろんだよ! 今から花嫁修業として公正の家の家事は私に任せてよ!」
普段は俺の方が起きるのが早くて、家を出るギリギリまで寝てようとする美恋が、昨日の出来事から心でも入れ替えたかのような発言をする。
……それにしても花嫁修業って。
「なあ、やる気になってくれてるところ悪いんだが、何で俺なんだ?」
「前にも少し話したと思うけど、私の事を助けてくれたからかな……」
「それって自販機の時だろ? あんな程度で良くここまで……」
「違うよ」
「は?」
「公正を好きになったのは、そんな最近じゃないの。私たち子供の頃に会ってるんだよ。公正は忘れてるみたいだけど」
「嘘を付くな。俺はお前に会った記憶はない。そもそも、そんな白い髪の毛のやつ忘れるわけないだろ」
会っているわけがない。こんなに特徴的な子を簡単に忘れるわけがない。
「嘘じゃないよ。今はこんな髪色だけど、昔は公正たちみたいに黒かったんだ」
「じゃあどうしてそんな色に?」
「理由は分からない。だけど年を重ねるごとに色素が薄れて一年位前には完全にこうなってたかな。でもそれはお母さんも一緒だって言ってた」
「お母さんが? 遺伝ってやつか……」
「たぶんこれもオオカミ少年の呪いみたいなものかも」
「ちょっと待て、てことはお前のお母さんも耳と尻尾があるのか⁉」
確かバイト先に来たときは帽子を被っていたし、髪の色も美恋と同じだった。けれど美恋から帰って来た答えは俺の想像とは逆のものだった。
「お母さんは耳も尻尾もないの」
「なんで?」
「それが教えてくれなくて。お父さんの髪は黒いし、遺伝はお母さんからだから、きっとご先祖様の家系はお母さんの方だと私は思ってるの。私も出来る事なら早く耳も尻尾もなくなってほしいんだけど」
耳と尻尾がある事による生活への支障と負担は大きいだろう。
「お母さんは本当に何も言ってないのか? こうすれば治るかもしれないみたいな」
「何も言ってない」
「それじゃ完全に手詰まりじゃないか」
「そうだね……」
美恋自信の悩み、コンプレックスの解消が分からないという話題に朝から空気が少し重くなる。
「公正、早く食べないと学校遅刻しちゃうよ!」
「ああ、うん。そうだな」
考え事をしているうちに少し時間が経っていたみたいだ。急いで残りのトーストを食べ制服に着替える。
「忘れ物はないな?」
「もちろんだよ!」
そう言って美恋は頭に大きめのカチューシャを付けた。
~~~
「うっす! 公正。何だギリギリじゃねぇか? 美恋ちゃんとの生活は大変か?」
「おまっ! 誰かに聞かれたらどうすんだ!」
「悪い悪い。けど、誰もきいてねぇよ。心配すんなって」
「マジで気を付けてくれ」
ハッハッハと笑う礼次をよそに、天司の席を見る。どうやらまで学校に来ていない様だ。昨日の夜はいろんなことがあったから、あいつも疲れているのかもしれない。
俺は席に着き、昨日の告白を思い出していた。なんでか今になってドキドキしてきた。実際、天司をどう見ればいいんだろう。
「公正?」
美恋が不思議そうに俺の顔を覗き込む。俺は何でもないと伝え机に教材を仕舞う。
朝礼のチャイムが鳴り降幡先生が教室に入る。その数分後の事だ。
「おっはようございま~す!」
勢いよく開いた扉から天司が現れる。
「遅刻だ天司。後で教員室に来なさい」
「え~。いいじゃん! 私と巴ちゃんの仲じゃ~ん!」
「良くない」
「ちぇ! そんなに固いから巴ちゃん未だに彼……」
「天司さん! 私にも用事がありましたのでやはり大丈夫です!」
「ホント? ラッキー!」
教室にいる生徒は一体何が起きているのかさっぱり分からないだろうが、俺には分かった。天司が言おうとしたことは降幡先生にとっては地雷だという事に。
お咎めなしという事になり軽い足取りで席に着く天司。対象的に悔しいそうな、悲しそうな降幡先生がこちらを見ていた。そして、俺も睨まれていた。
俺は天司にどう話していいか分からず悩んでいると、向こう側から小声で話掛けてきた。
「おはよう。公正くん……」
「あぁ、おはよう」
お互い妙に恥ずかしくて顔を赤くした。
俺は美恋が見つかってから考えていた。天司が告白をしてくれたなら、今度は一度断ってしまった俺から告白するべきではないかと。天司が俺の事を好きだってことは確定しているから間違いなく成功する。100%勝てる戦だ。けど、いざ告白をしようと思うと恥ずかしさというストッパーが掛かってしまう。
俺は決めた。今日、天司に告白すると!
~~~
午前の授業が終わり、昼休みになる。いつもなら礼次と共にどこか食べに行くのだが後で行くと伝えた。代わりに美恋を連れて行ってやってほしいと頼む。美恋は俺も一緒が良いと駄々をこねたが、天司に話があると伝えると大人しく引き下がった。
話があると天司に伝え、ついて来てもらう。大したことじゃないと思っているのか天司は終始いつもの様子と変わらなかった。そうして着いた場所があの公園だ。
「天司、話があるんだ」
「さっき聞いたよ。で、何かなぁ~。公正くんは何を言おうとしているのかな~?」
悪い笑顔でそんなことを口にする。これは多分、俺が何を言うか分かっている顔だ。
「昨日の事だけどさ、その……俺もテンパってて、変なこと言ったと思う。ごめん!」
天司は意外といったような表情をしていた。
「えっと~……それだけ?」
「いや、その……」
もう喉まで来ているのに言葉に詰まる。そんな俺を天司は笑顔で見ていた。
「俺も! 天司が好きだ! 付き合って欲しい!」
彼女の顔を見ると、その言葉は驚くほど自然に出た。俺は天司に好きだと伝えることが出来たんだ。
「ありがと……。私も公正くんが好き。……だけど」
俺の事が好き。その言葉を天司の口から聞いた。けれど、その言葉の後には、不穏な空気を纏った接続詞が付いていた。
「ごめんなさい! 私、公正くんとはお付き合い出来ません!」
「ん?」
聞き間違いだろうか? 昨日告白してきた天司。今も好きだと言ってくれた天司。その天司が目の前にいるのに俺は……フラれた?
「天司?」
「ごめん。公正くんとは付き合わない」
「え? なんで? 好きって……」
「好きだよ。一番好き! だけど、付き合わない」
「わけがわらない」
「だって……私はきっと、公正くんの一番じゃないから……」
俺の一番じゃない? 俺は天司が好きなんだが。
「今じゃないよ……。もっともっと好きになってもらって、私が一番好きって公正くん自身が思ったら……。その時、もう一回聞きたいな……好きって」
「いやだから」
「だから、ごめんね」
俺の言葉を遮るように、天司はごめんと言い残し公園を後にする。
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