#22 Truth of wolf

 公園を後にしてから走り続けた。ひたすら美恋を探した。けれど、見つけることは出来なかった。美恋の行きそうなところは俺にはわからない。天司に言われた通り、走り去った方角を見て回ることしか出来なかった。


 学校、バイト先、隣町まで探した。既に時刻は12時を周り、流石に家に戻る事を決めた。俺は美恋を探すことを諦めた。隣町から自宅に戻る道中、俺はある光景を目にする。道路の脇に服が落ちていたのだ。

 その服は制服だった。それも、俺が通う鏡之宮のものだ。


 女子の制服? 何でこんな所に……。なっ! これ……。


 落ちていた制服は、おそらく美恋の物であった。俺がそう決めつけたのには理由がある。制服と一緒に下着、電話、それからカチューシャが無造作に置かれていた。

 俺には、その下着とカチューシャに見覚えがあったからだ。下着は以前、箪笥を開けた際に見た、黒い派手な下着だった。カチューシャも美恋が普段使いしている大きいものだった。


「どういうことだ?」


 俺は訳がわからなくて、とりあえず美恋のものと思われるそれら一式を回収する。

 こんな真夜中に女子の服を持ってうろついてるところなんて見られたら、確実に通報される。とにかく急いで家に帰った。


 何とか自宅にたどり着き、床に衣類を置く。さすがに疲れた。本格的な夏も近付き、気温が高い。そんな中走り回っていたんだ。身体は汗でびっしょりだった。俺はシャワーを浴びようと洗面所に向かう。不意に美恋と出会った頃を思い出した。


「そういえば、鏡を見たら後ろに美恋が立ってたんだよな……」


 洗面台の鏡には自分の姿しか映っていない。それが、どうしようもなく寂しく思えた。日々の騒がしさが嘘みたいに消え、美恋と出会う前の静かな時間が流れる。

 最初はそう願った。平穏な日々でいいと、面倒なだけだと……。美恋がいなくなるだけでこんなにも部屋が広く感じるとは思いもしなかった。


 シャワーを浴び夜風に当たる。今日は何だか眠れる気がしない。それはそうだろう、放課後までたっぷり眠ったのだから。落ち着かない気持ちを何とかしようと外を歩くことにする。


「深夜徘徊なんて……これも警察に見つかろうものなら補導だな」


 あてもなく只歩く。また公園に戻り、美恋がいないか確認してみる。

 学校にも行ってみる。近くを通っても人の気配なんて微塵もない。

 そして、バイト先。店の周りは街灯に照らされ、数人の酔っ払いやコンビニを利用する人しかいない。

 同じところを見て回っても結局同じ結果しか得られなかった。


 本日二度目の帰宅。アパート前まで来て気付く。

 アパート前の通り、その向こう側に自販機がある。その自販機の横に一匹の犬がいた。自販機の明かりが僅かにかかる程度で、二つの眼がこちらを見ていた。それに気づいたのは偶然と言えるだろう。奇しくもその場所は、俺と美恋が出会った場所だったからだ。


 俺は何かに導かれるようにその自販機の前に立つ。折角シャワーを浴びたのに、こんな暑い中外を歩いて汗が噴き出していた。俺は同じようにソーダを買う。


「これ、飲むか?」


 馬鹿みたいに、自販機横に佇む犬にペットボトルを差し出した。

 犬は反応を示さない。


「何やってんだろな、俺……」


 蓋を開けその場で一口。


「じゃあな、ちゃんと家に帰れよ」


 どうして犬にそんなことを言ったんだろう。それはきっと、犬と美恋の姿を重ねたからだ。似ていた。耳も尻尾も、その毛並みも色も……。脱ぎ捨てられた服の事を思い出すが、それこそバカだと考えを捨て去った。


 タッタッタ……。


 後ろから足音が聞こえる。音が気になり振り返るとそこにはあの犬がいた。俺の後ろをついて来たみたいだ。

 その犬は走って俺を追い越すとアパートの中へ入っていく。階段を駆け上がる姿が敷地の外から見えた。


「そんな……まさかな」


 美恋の話を聞いていて、こんな事が本当に起こるのか半信半疑だった。けれどその犬は俺の部屋の前で止まる。

 確信した。あれは犬ではないと。あれは狼だと。


 あれは……美恋だと。


 俺は急いで階段を駆け上がり、狼と相対する。狼は何も言わない。ただじっと俺の方を見ている。

 俺は部屋の鍵を開けた。扉を開けた。狼は部屋の中に真っ直ぐ入っていく。その姿は勝手知ったるようであった。


「美恋?」


 部屋の電気を点ける。部屋の中心では狼が座っていた。俺の呼びかけに狼は答えない。けれど、俺の中でこの狼こそが美恋である確信があった。


 俺は対面に座り両手を広げる。


「ちゃんと帰って来たな……。探したぞ。ほら、来いよ」


 一瞬どうするか迷うような素振りを見せたが、直ぐに勢いよく飛び込んで来た。モフモフとしていて、美恋の甘い匂いがした。間違いなく美恋だった。

 甘えているのか泣いているのか、くぅぅんと何度も啼く。


「どうして、そんな姿なんだ?」


 返事はない。ただ、鳴き声だけが耳に届く。


「なんで、俺に会いに来なかった……」


 きっと美恋は天司に負い目を感じていたんだろう。だから、直接俺の元へ来なかった……。そんな気がする。


「天司、お前に謝りたいって言ってたぞ……」


 拒絶されて、怖かったんだよな。


「俺はお前を怖がったりしないし、避けたりしない。だって、今更だろう……。お前が狼の姿になったって分かるんだから。お前がどんな姿だって絶対見つけてやるから……」


 美恋の身体が震える。身体を密着させているからだろう。心臓の鼓動まではっきり聞こえる。鼓動が速い。きっと、泣いてる。


「美恋……ここに居ていいからな。だから……帰って来い!」


 願った。俺は今までみたいに美恋と一緒に過ごしていたい。騒がしくても危なっかしくても一緒にいた時間が短くても、それがもう俺の生活の一部だった。


「……いいのかな? 私、公正と一緒に居ていいのかな……?」

「当たり前だろ。お前のお母さんにも頼まれてるんだぞ……。そう簡単にごめんなさい無理でしたなんて言えるか……」


 鳴き声ではなく、人の言葉を泣きながら口にした。

 いつの間にか美恋は元の身体に戻り、大きな耳と尻尾を生やし、綺麗な白銀の長髪が揺れる。顔を上げた彼女の眼には大粒の涙が溜まっていた。


「ほら、泣くな。せっかく可愛いんだから、笑った方がいいぞ」

「っ! 公正……」

「ん? どうした?」

「ううん、なんでもない」


 そう言って俺の胸へと顔うずめる。


「美恋、ちゃんと天司と仲直りするんだぞ……」

「うん。……ねえ、公正……空羽ちゃんと話したの?」

「ああ、告白されたよ」

「……どうしたの?」

「断った」

「えっ⁉ なんでっ!」

「あ、ちょっ! 急に顔を上げるな! お前今……」

「ふぇ? ……ああ。……裸だね?」

「裸だね?じゃないだろもう! 早く服着なさい!」

「え~、汗で気持ち悪いからシャワー浴びてからね~」

「だったらすぐに浴びて来い!」

「やだ~。もう少しこのままでいる!」


 美恋は俺に抱き着いたまま離れようとしなかった。こうなっては意地でも動かないだろうと、俺は諦めた。


「ねえ、どうして空羽ちゃんの告白を断ったの?」

「そんなのタイミング悪いからに決まってるだろ……」

「タイミング?」

「お前が失踪してたからだ! それがなければ受けてたに決まってるだろ!」

「えぇ! 嘘!」

「こんな嘘ついてどんな得があるんだよ」

「私というものがありながら、オッケー出しちゃうんだぁ……」

「ただの居候が何言ってんだ」

「そっか……私、空羽ちゃんに負けてたんだ」

「なんの勝ち負けだ?」

「どっちが公正に好かれているか!」

「だとしたらお前に勝ち目なんてないだろ……」

「なんでぇ!」

「自分で考えろ!」

「はぁ……空羽ちゃんに公正取られちゃった」

「取ってくれるといいな……。最低な振り方した自信あるし……しばらくはまた、口もきいて貰えないんじゃないか」


 本当に惜しい。天司と付き合えたなら、今後の学園生活はバラ色だったはずだ。バイト先も同じだし、会えなくて寂しい、なんて事にもならないからな。


「私もまだ諦めてないから……絶対に空羽ちゃんより好きになってもらうもん!」

「はいはい。楽しみにしてるよ」

「ん~~。私が絶対、公正と結婚するもん!」

「だから、顔を上げるな‼」


 倒れてから今に至るまで、本当に長い一日だった。互いに傷つけて、傷ついて、泣いて笑って、後悔もしたけど、前向きにもなれた。

 また明日も、明後日も、大変な日々が続くだろうけど……。今はこれで良しとしよう。明日は明日の風が吹くと言うから。その時の成り行き任せよう。

 先の事なんて分からないし、誰がどんな姿になったとしても、自分が見た景色、感じた思い、信じた事が……。


―――真実になるのだから―――

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