#21 天使の選択肢……

「天司!」

「きみただくん……」


 公園に着いた俺はベンチに座る天司を見つけた。


「一体何があったんだ?」

「美恋ちゃんから耳と尻尾が出てきて……私、怖くて……。そしたら、美恋ちゃんがごめんなさいって言ってどこかに行っちゃった……」

「ごめんなさい?」

「うん……。たぶん……私が怖がったから……うぅっ、ぐすぅ」

「泣くなって……。それで、天司は大丈夫なのか?」

「う、ん。襲われるとこかはなかったから」

「だろうな。美恋がああなっても普通の人間と変わらないし」

「? 公正くんは美恋ちゃんがああだって知ってたの?」

「あ、ああうん。一応」


 天司は驚いたような表情を見せた。どうして、あれを見ても平気でいれるの?と言いたいような顔をしている。


「俺は、美恋と初めて会った時にあの姿を見てる。だから、怖がったりしない」

「何で怖くないの……?」


 その質問は少々困る。初めて見た時が全裸だったからなんて、言えるわけがない。


「公正くん……なんかちょっとエッチなこと考えてない?」

「はあ⁉ な、なんでだよ!」

「何かそんな顔してた……」

「してねぇよ!」

「ふぅ~ん……」

「何なんだお前は……」

「別に~。公正くんってエッチなこと考えると眉毛がピクッって動くんだよぉ。知らなかったでしょ~」

「そんなわけないだろ!」


 俺は自分の眉毛に手を置いた。すると隣でケラケラと天司が笑う。


「あはは、そんなわけないじゃん! さすがの私でも公正くんの癖まではわからなよぉ~だ!」

「だましたのかよ……」

「でもぉ、そういう反応をするってことは~……ちょっとは考えてたでしょ?」

「なっ……」


 俺は天司の掌の上で踊っていたわけだ。こんな風に冗談を言い合って互いに笑いあったのは何日ぶりだろう。けれど、今はそれよりも……。


「天司。今はそれよりも美恋の居場所が知りたいんだ。どっちに行った?」

「……」

「天司?」

「ねぇ……。探しに行かないとダメなの?」

「は? 何言ってるんだ。当たり前だろう。こんな夜遅くに女の子を一人にしておけるか!」

「でも、公正くんが探しに行っちゃったら私が一人になっちゃうよ……」

「そ、それは……」

「大丈夫だよ。きっと帰って来るよ。流石に美恋ちゃんもずっと一人きりでいるわけないじゃん。一緒に暮らしてるんだから絶対帰って来るって!」


 天司の言う事は一理ある。けれどそれはいつもの美恋だったらの話だ。美恋はきっと傷ついてる。友達に拒絶されて逃げ出したに違いない。そんなの放っておけない。


「確かに帰ってくるかもしれない。けど、何で逃げ出したか、お前ならわかるだろ? 友達に拒絶されて逃げて、まともでいられるわけないじゃないか!」

「そんなの……わかってるよ。美恋ちゃんを傷つけたのは私だから……」

「だったら探すべきだろ!」

「それでも! 行かないでよぉ……」


 美恋を探しに行こうと立ち上がろうとした俺を、天司が抱き着くように押さえつけてきた。


「お、おい……!」

「私といて……」

「何言って……」

「私といて!」


 身体に巻き付く腕の力が強くなる。天司は意地でも俺を離そうとはしなかった。


「何で……なんで、美恋ちゃんなの! なんで私じゃないの!」


 天司の言っている意味が分からない。どうして頑なに美恋を探しに行かせようとしないのか。


「何で止めるんだ」

「……私、公正くんが保健室で寝てるとき傍にいたんだよ」

「え?」


 うっすらと現実なのではないかと思っていたキスの事を思い出す。


「じゃあ、お前……」

「っ! ……なんだ、その表情かお起きてたんだ……。起きてて黙ってたんだ」


 天司は恥ずかしそうに顔を逸らしてから腕に密着してくる。天司の表情は俺の腕にしがみついて見えない。そして、俺を掴んだ腕は少し震えていた。


「キス。したんだよ」


 事の真相について近いうち問いただそうと思っていたが、まさか天司からこんなに早く打ち明けられるとは思ってもみなかった。


「私ね、公正くんが好きなの。だから、ずっと仲良くしたいなって思ってた。……けどね、美恋ちゃんが現れてから、美恋ちゃんの事ばっかりで……。そりゃ、可愛い子だなって最初は友達になれて嬉しかったけど、一緒に暮らしてるとか、美恋ちゃんも公正くんの事が好きだとか、そんなこと聞いたら、嫉妬しちゃって……。公正くんとどう話していいか分からなくて、冷たくしちゃって、避けて。でもやっぱり好きだから、負けたくなくて。ずるいんだ、私……。だからね…………行かないでよ」


 ため込んだ思いの丈を静かに吐き出す天司。俺は正直嬉しかった。こんな自分でも好きになってくれる人がいる事に。自他共に認めるくらい天司は可愛い。学園内で天使なんて呼ばれるくらい男子からの人気もある。そんな子に好きだって言われて嬉しくないわけがない。

 けれど、俺は……。


「ごめん……」

「……」

「ずるいよお前。そんなの好きになるだろ……。けど、今は聞きたくなかった……」

「……」

「俺はここ数日間、美恋と過ごしてきた。そんな中で、あいつを少しだけど理解できた気がする。そんな相手を放って、お前の手を取る訳にはいかないんだよ。だから、ごめん……」


 俺は天司の告白を断った。

 後悔がないと言えば嘘になる。けれど、泣き虫で食いしん坊で、少し抜けてて、俺の事を慕ってくれる美恋が涙を流しているかもしれないなら、俺は彼女を放っては置けない。必ず見つけなければならない。

 それが、今、俺が彼女に報いる事の出来るたった一つの方法だから。


 天司の腕から力が抜ける。


「公園を出て、右の方に行った……」


 天司は口を開き、美恋が走り去った方向を教えてくれる。それは俺が来た方とは反対側だった。


「天司……」

「見ないでよぉぉ……。今、すっっごい不細工な顔してるから!」

「あ、ごめん……」

「謝んなバカッ!」


 言葉の所々で、鼻をすする音が聞こえる。

 俺は、俺の事を好きと言ってくれた女の子を泣かせてしまった。

 こんな状態の彼女を今更ながら一人にするのが不安だったが、天司の方から。


「早く探してきなよ。私もう少ししたら帰るから!」

「いや、でも……」

「なに~、振った相手にまで優しくして~。さ・い・て・い~」

「うっ……」


 自分でも最低かもしれないと深く反省した。


「大丈夫だから。早く美恋ちゃん探してきて! 私もちゃんと謝らないといけないから……」


 そういうと天司は完全に俺から腕を離し、押し出してきた。

 俺はベンチから放り出され、天司を確認しようとしたが。


「だからこっち見んなぁ~!」


 天司は必死で顔を隠していた。小さい身体を折りたたんで更に小さくなってみせる。膝の内側に顔をうずめ、もう完全に顔が見えなかった。


「ありがとな……」


 俺は一言だけ、天司に感謝の言葉を伝えた。


「うん……」


 一言、天司からも返事が返って来る。

 俺はその言葉を最後に、公園を後にし美恋を探しに向かった。

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