#20 おおかみ少女を探して……
目が覚めた。というより保険医に起こされたわけだが、妙な気分だった。
理由は一つ。天司からキスされたような気がしてならない。意識はあるのに体が動かなかったし、何より今目覚めたのだから夢ではないのかと思っていた。
俺は口元に指をあてる。微かに甘い匂いと柔らかい感触を思い出すことが出来た。夢……。そう思えば簡単に片が付く。けれど……。
「放っておいていい事じゃないよな」
夕日が沈みかけ、暗くなり始めた校舎を歩きながら一人考える。近いうちに天司から話を聞く必要があるとそう思った。
自宅に着いた頃には辺りは暗く、街灯が道路を照らしていた。階段を上り自宅の鍵を開ける。
違和感があった。その違和感に気付くことなく玄関の電気を点ける。靴を脱ぎ部屋へと入り辺りを見回す。ここで、違和感の正体に気付いた。
「美恋がいない?」
いつもなら先に帰った美恋が待っているはずだった。玄関で待ち構えて飛びついてくることも多い。その度に美恋を
「あいつ、先に帰ってろって言ったのに……。どこに行ってるんだ?」
俺は携帯を取り出し電話を掛けた。しかし、携帯からは通信音が聞こえるだけで繋がらない。音声案内が切り替わらない事から電源が切れているわけではないと推察できた。
「なんで出ないんだ……」
しばらく待てば帰って来るだろうと夕飯の準備をして待つ。けれど、一向に返ってくる気配がない。ここ数日はずっと美恋と夕飯を食べていた。だから美恋が帰ってくるまでご飯を食べずに待っていた。
「冷めるんだが……」
あまりにも帰りが遅いことに不安になる。美恋の身に何か起きたんじゃないかと。傍目から見ても可愛い彼女を誰かが攫ったとか、そんなことを考える。別のそこまで治安の悪い地域ではないし、むしろ良いと言っても過言ではない。だからそんな考えは直ぐに消え去った。残された可能性として多い浮かんだのは……。
「まさか……耳と尻尾……」
一度そう考えてしまうとそんな気がしてならなかった。急いで美恋を探しに行こうと腰を上げた時、電話が鳴った。
美恋か!
画面には、柏坂さんの文字。
「もしもし、雛菊です」
「ああ、公正くん。少し大丈夫かい?」
「ええ」
「体調はどう? 天司さんから聞いたよ。倒れたんだって?」
「えっと……すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって……」
「ふふ、気にしなくていいよ。幸い今日はお客さんも少なめだったからね。それはそうと公正くんに電話したのはそんなことを言う為じゃないんだよ」
「何かあったんですか?」
「今日ねうちの店に美恋さんが来たんだよ」
「えっ⁉ 美恋が?」
「うん。どうやら天司さんに用があったみたいで、仕事終わりに二人でどこかに行ったんだけど……。何ていうか、空気? みたいなものがすごく重い気がしたんだよね。ほら、僕そういうの敏感だから」
話の切り出しこそ真剣そうであったが、最後は半ば冗談交じりに笑って見せる柏坂さん。
「で、公正くんはこの事知ってるのかなって気になって電話したんだ」
「いえ、知りませんでした。でも、どうして俺に?」
「だって、美恋さんと一緒に暮らしてるんでしょ? バイト終わりで夜も遅いし心配してないかなってね」
そうだった。店長も柏坂さんも俺と美恋が同居していることを知っていたんだ。
「ありがとうございます。丁度、美恋を探そうと思ってたので少し安心しました」
「……ん? まだ帰ってないのかい?」
「はい……」
「僕も仕事終わりに公正くんに連絡してるから、少なくても一時間も前の事だよ」
耳から携帯を外し、時刻を確認する。確かに柏坂さんの言う通りだった。高校生は9時までしか勤務が出来ない、天司が上がった時間ならそれくらいの時間は経っていた。
「ちょっと天司に連絡してみます!」
「うん。それがいいよ。もし、何かあったら僕も力になるから連絡して」
「ありがとうございます!」
「うん。それじゃあ……」
柏坂さんとの通話が切れる。
俺は急いで天司に電話を掛けた。それは美恋の時とは違い、拍子抜けするほど直ぐに繋がった。
「きみっ、た……だぐぅん……」
「どうした⁉」
繋がった電話の向こうでは、天司が泣いていた。
~~~
事情を聴いた俺は急いで公園へと向かっていた。そこは学校の近くにある公園だ。以前、美恋と共に弁当を食べたところでもある。
俺は走った。息が切れるくらい全力で。
美恋が天司に自分の本当の姿を見せたらしい。なぜそうなったのか詳しくは分からないが、天司は怖くて目線を逸らしたそうだ。すると、美恋が走り去っていった。ざっくりとこんな説明を受けた。
天司も泣いていて殆どがしっかり聞き取れなかった。だからこうして急いで現場に向かってるわけだ。
公園へと向かう途中、もの凄い勢いで何かとすれ違った。
俺は振り返りそれが何だったか確認する。暗くて良く見えなかったが、そこには、闇夜に輝く二つの眼があった。たぶん犬だ。
その眼はこちらを見つめる。けれど近づいたり、離れたりしない。
どうしてだろう。無性にその犬が気になった。
まさかな……。
そんなわけない。あれが美恋のはずがないとそう考えた。けれど、頭の中には出会った頃に聞いた、オオカミ少年の話が頭によぎる。
立ち止まっていた俺は一歩だけ、詰め寄った。瞬間その眼は消え、走り去る足音だけが遠ざかっていく。
どこかやるせない気持ちが押し寄せる。けれど今はそんな場合じゃないと、再び公園に向かって走り始めた。
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