#19 ずっと前から……②
公正に耳と尻尾を見られ驚かれて、おまけに裸まで見られて、私はもう止まれなかった。彼が好きという気持ちが抑えられなかった。
裸を見られたことは確かに恥ずかしいことだったけど、一周まわって、もういいかな見せても、なんて思いもした。耳も尻尾も見られちゃったわけだし。
そんな彼は私の事なんて忘れていたようだ。オオカミ少年の話は小さい頃に話したことがある。けれど、ピンとは来ておらず、話半分に聞いていた。
だけど昔と変わらず、私の話を信じてくれた。本当に嬉しい。
本当は彼に嘘なんてつきたくない。でも、それ以上に離れたくなかった。
だから私は、初めて彼に嘘を付く。家出をした。お母さんに許可をもらった。ほんとは家も隣で、電話なんてしてない。全部嘘。今この時の為だけに、彼を騙してしまった。
一緒にご飯を食べて、お話しして、あわよくば一緒に寝ようと思ったけど、流石にダメだった……。
朝が来て公正が学校に行くと私は部屋に戻った。公正が嘘つきーーって叫んでたけど、今回は私が悪いよね。ごめんねって心の中で謝った。
そうだ! 公正のお弁当を作ろう!
何も準備していなかった公正の為にお弁当を届けに行くことにした。編入前で生徒じゃない私がいたから少し騒がしくなったけど無事に渡す事も出来て、あーんも出来たし、何より美味しそうに全部食べてくれた。
放課後は公正と女の子の事が気になって、バイト先にもお邪魔した。
天司空羽ちゃん。可愛くて親しみやすくてすごく良い子だった。恋敵認定しているはずなのに妙に仲良くなっちゃって、友達っていいなって感じた。
けど、学園生活を送るうちに、やっぱり空羽ちゃんは公正の事が好きなんじゃないかって思いが強くなっていく。私が彼と一緒にいると口数が減ったり、ちょっと機嫌が悪くなったりする。そして、公正の事を避けるようになった。
私のせいで公正と空羽ちゃんの仲が悪くなるのは違うって、嫌だって……。だって空羽ちゃんも友達だから。三人で仲良くしたいって思うようになっていた。
そして、公正が倒れた日。私は見てしまった。
放課後、公正が眠る保健室で空羽ちゃんが公正にキスしているのを……。
カーテンの隙間から公正と空羽ちゃんの唇が触れる瞬間を見てしまった。
その光景を目の当たりにして、私は酷く胸が苦しくなり、その場を後にした……。
~~~
私は公正に言われた通り真っ直ぐ帰路についていた。その間もちょっと前の出来事が頭から離れない。
私……どうしたら……。公正のことは好き! 大好き! だけど空羽ちゃんも大切な友達で……。
同じ人を好きになってしまった。こんなことになるなんて考えてもみなかった。負けるもんかって、最初は思ってたけど、空羽ちゃんの悲しむ顔も見たくない。結局は公正が決めることだから悩んだところで意味なんてないけど、それでも考えてしまう。
迷って、悩んで、迷って、悩んで……。
そして私は、直接空羽ちゃんと話すことを選んだ。
私は公正のバイト先に顔を出していた。
「あ、空羽ちゃん……」
「美恋ちゃん? どうしたの?」
「ちょっと……」
「席、案内するね。こちらへどうぞ」
「うん」
空羽ちゃんは私をお店の奥の席に案内してくれた。
「美恋ちゃん、注文が決まったら呼んでね!」
「あ、えっと……空羽ちゃん」
「もう決まってた?」
「えっと、そうじゃなくて……。仕事が終わったら少し話せないかな?」
「うん大丈夫だよ! それじゃあ大分時間あるけどここでゆっくりしてて!」
「ありがとね空羽ちゃん……」
注文を終えた私は、その時までただ待っていた。
「お待たせ!」
制服に着替えた空羽ちゃんが私の前に立つ。それに合わせて私も立ち上がり移動しようと伝えた。私の雰囲気がいつもと違う事を察したのか、彼女は無言になり後ろをついてくる。そして、私は公正と初めて昼休みを過ごした公園に来ていた。
周りは静かで、誰もいない。話をするにはちょうど良い。
「ねえ、美恋ちゃん。どうしたの?」
公園に入ってすぐ、空羽ちゃんは不安そうに尋ねてきた。
「少しだけお話ししたいなって……。とりあえず、座ろう?」
私達は公園にあるベンチの一つに腰を掛けた。
ここまで来たのに言いたい言葉が中々口から出ない。聞きたいことが聞けないで、また少しの沈黙が私たちに訪れた。そしてゆっくりと私は口を開く。
「空羽ちゃん、公正ってさ……」
公正の名前が出た瞬間、彼女の身体に緊張が生まれた。
「公正くんがどうかしたの?」
「えっと、最近二人の仲が良くないなって……思ってて、少し心配で……」
私は言いたい事とは違う言葉を口にしていた。確かに心配だけど、本当に聞きたいのは、そんな事じゃない。
「普通だよ~。いつもあんな感じでしょ?」
「でも、前はもっと仲良さそうにしてた……」
「前?」
「うん……私ね、空羽ちゃんの事、前から知ってたの……。お店で公正と一緒にいるところとか、一緒に帰ってるところとか……。その時の空羽ちゃんはもっと楽しそうにしてた……と思う」
「どうして、そんなこと……」
驚いた表情を彼女は浮かべる。
「私ね、子供頃に公正と友達だったの。けど、お家の事情で私が遠くに行っちゃって、こっちの戻って来てから探してた……」
「なんでそんなこと?」
「私……。ずっと公正が好きだったから!」
「……」
「好きな人に会いたくて、探してた。そしたら偶然、空羽ちゃんが公正の名前を呼んだの。やっと見つけたって思った。けど……」
「私?」
「仲が良さそうな二人を見てると、このままじゃ取られちゃうって思って……」
中々、次に繋がる言葉が出てこなかった。すると、今度は彼女が話を始める。
「美恋ちゃんが公正くんを好きなのは知ってるよ……ずっと昔からっていうの驚いたけど。……ねえ美恋ちゃん、公正くんのどこが好きなの?」
「えっと、優しくて思いやりがあって、ちょっと厳しいところがあるけど、でもそれは相手の為にやっているところかな! あとは私が困ってると必ず助けてくる、それに私の事を信じてくれるところが好き!」
早口で捲し立てる私に面食らう彼女は笑いながら言った。
「あはは、何それ面白い!」
「え? そんなに変なこと言ったかな?」
「ううん、違うのこっちの話。だって、私が公正くんを好きになった理由とほとんど同じだから」
「え⁉」
「私も……公正くんが好きなんだ」
「やっぱり‼」
「え! やっぱりってなんでっ……ああ、礼次くんね……」
始めこそ公正に好意を持っていることを知られていてあたふたしていたが、すぐに原因が判明したと落ち着きを取り戻す。
「……私、公正くんにキスしちゃった……。保健室で寝てる時に。美恋ちゃんがうちの学校に来てから、私も余裕なくて」
「あの……、その……、キスしてるところ見ちゃった……」
「……え? 嘘‼ やだ! 恥ずかしいっ‼」
「でもどうして教えてくれたの?」
「美恋ちゃんがこうして話してくれてるのに、私だけ隠し事は良くないかなって。まあでも、見られてたんだけど!」
そういう彼女の顔は赤く染まり、身体はくねくねとよじっていた。
そんな彼女を見て私も本当の事を話そうと思った。お母さんには公正だけにしなさいと言われていたけど、それは
「空羽ちゃん、驚くかもだけど見ててほしいの……」
私は自分の頭にあるカチューシャを取り外した。
私の姿を見た空羽ちゃんは今までで一番驚いた表情を見せる。それは、怪物でも見るかのような怯えた視線だった。
「なに……それ……」
私に生えた大きな耳と尻尾。それらを交互に指差し私から距離を取る。
家族と公正以外に見せたのは空羽ちゃんだけだった。
オオカミ少年は異形の見た目から石をぶつけられる。迫害され仲間外れにされ、独りで生きていく。きっと、私のご先祖様もこんな気持ちだったんだろう。だからお母さんは、誰にも見せてはいけないと口酸っぱく教えてくれていたんだ。
私には空羽ちゃんの怯える顔が良く見える。街灯の少ないくらい公園でも夜目はきく。それはきっと狼ゆえだろう。私はこんな気持ちに耐えられず、一言……。
「ごめんなさい」
そう言い残し、公園を走り去った。
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