#18 ずっと前から……①
私が小さい頃、私は泣き虫だった。それは今も変わらないと思う。けれど、本当によく泣いていた。
自分が普通の人とは違うこと。気付いた時から耳も尻尾生えていて、それが当たり前だと思っていた。お母さんは、いつか元に戻れるからそれまでは誰にも見せてはいけないと言う。幸い、耳を隠せば尻尾も消える。すごく不思議だけど、そういうものだって割り切った。
私は裕福な家の育ちだと自分でも理解している。その昔、商売を成功させたご先祖様が今の私たちの地位を築いてくれたらしい。けれど、そのご先祖様は嘘つきで周りから嫌われていたみたいで、信用を失い狼になったとお母さんから聞かされた。
人間が狼になるなんてありえないとは、私は思えなかった。実際、私には耳も尻尾もあったから……。
「お母さん……この耳と尻尾はどうしたら元に戻るの?」
何度も何度も同じ質問は投げかけた。その度にお母さんは。
「教えない。それは美恋が自分で見つけるのよ……」
お母さんはいつも頑なに教えようとしなかった。けど一つだけ必ず最後に付け足す言葉があった。
「美恋、美しい恋をしなさい」
「こい?」
いつも、それ以上は何も言わない。
ある日、友達とお話をしていた時。私のご先祖様が狼だったと話す。
「嘘つくなよ!」
「人間が犬のわけねぇじゃん!」
「みこちゃん嘘つかないでよ!」
皆、私を嘘つきだと罵倒する。幼い頃から聞かされた話が嘘だなんてちっとも思っていなかった。何より、お母さんを嘘つき呼ばわりされているみたいですごく傷ついた。
「嘘じゃないもん! お母さんがそう言ってたもん!」
最初は反論もしていたが、徐々に辛くなってきて、泣いてその場を逃げ出した。逃げ出した私は、人目を避ける様に木々が生い茂る林の中へと入り、独りで泣いた。
「どうして泣いてるの? どこか痛いの?」
声が聞こえ顔を上げるとそこには男の子が一人で立っていた。
「うぇぇ、んぐぅ……ぐすっ……」
「泣いてても分からないでしょ? どうしたの?」
「うぅ、わたし……うそついてないもん……」
「うそ?」
「みんなぁ、わたしのこと……うそつきって……ぐすっ」
「どんな嘘ついたの?」
「わたし! うそついてないぃ! うわぁぁぁぁん」
「ちょっと泣かないでよ……。えーと、どんな話をしたの?」
「ふぇぇ、うっく、わたしのおじいちゃんの……ずっとおじいちゃんがワンちゃんだったって……」
「それは……」
「みんな、わたしをうそつきって、しんじてくれなくて……ふえぇぇぇぇん‼」
「だから泣かないで……」
私はこの男の子に全てを話した。けれど、どうせこの子も嘘つき呼ばわりすると思い涙が止まらなかった。しかし男の子の口から出たのは、私が想像していた言葉とは真逆の意味を持っていた。
「わかった! 俺が信じるよ! だから、泣かないで」
信じる。初めて、信じてくれる人がいた。
「ふぐっ、ふっ、ほ……ほんとぉ……?」
「ああ、だから笑って。君、可愛いから笑った方が良いって!」
「わたしかわいいの?」
「うん。かわいいよ! お嫁さんにしたいくらい!」
男の子は困ったような、照れたような顔で、私のことを「かわいい」「お嫁さんにしたい」と言ってくれた。その時の私にとってそれは、男の子の事を好きになるに充分な理由だった。
「お嫁さん! なら、わたしおおきくなったら、あなたのお嫁さんになるぅ!」
泣き止んだ私はこの子と友達になろうとした。
「わたし、みこ! あなたは?」
「おれは、きみただ。
「こうせいってなに?」
「う~ん……何だっけ? 正義の味方みたいな感じ?」
「ヒーロー⁉」
「ん~忘れた! 今日家に帰ったら母さんに聞いてみる」
「ううん……きみただはヒーローだよ! 私のこと助けてくれたもん! だからね、私もきみただのお嫁さんになって、きみただを助けるの!」
照れたように笑う公正を見て私は胸が熱くなった。きっとこの時、一番最初の出会いで好きになったんだと思う。
その日を境に沢山一緒に遊ぶようになった。このまま、公正と一緒に日々を過ごすと思ってた。けど、私は家の都合で海外に行くことになる。彼と過ごした時間は本当に僅かだった。
私は、ずっと忘れられなかった。公正が好きで会いたくて、胸が苦しかった。
時が過ぎ、成長し、黒かった髪は次第に白くなっていく。
そして自分がずっと抱いてた感情が……。
───恋だと知った───
~~~
数年ぶりに日本に帰国した私は、玉篠宮女学院という学校に通う事になる。所謂、お嬢様学校らしい。昔、住んでいた地方ではあったけれど、公正と出会った所ではなかった。いつか必ず彼を見つけて好きって伝えようと思っていた。
そうして少しずつ、望みは薄くても探し回った。目的は公正を見つける事。そして私は入学から1カ月後、奇跡的に彼を見つけることが出来た。
とある町の大通り、二人の学生が反対側の歩道を歩いていた。二人は仲良さそうに笑顔で話している。カップルかなと思い見ていると女の子の方が大きな声で彼の名前を呼んだ。
「公正く~ん!」
それは、私が探していた人の名前だったのだ。
私は二人の後をつけた。あれが、公正なら猶予なんてない様に思えたから。
二人はお店に入ると直ぐに店員として働きだし、これまた仲良さそうに連携を取っている。その後も自宅まで後をつけ、独り暮らしである事が判明した。正直やっていることはストーカー行為だという自覚はある。
遠くから見ていても何だか面影があるように見えた。確信はない。けどのんびりもしていられない。隣にいた彼女に取られるのも時間の問題だと分かっていたから。
そして私は思い切って隣に部屋を借りた。全部私一人で、お母さんにも知らせず学校も辞めた。鏡之宮学園の編入試験も受けた。
仕事で忙しい両親は国内外を飛び回ってほとんど家にいない、そんな事から一人でやっていける。そんな自信があった。
けれど一人暮らしは甘くはなかった。連日の猛暑で体調は優れず、外に出たところ、道端で倒れてしまう。そんな私に声を掛けてくれたのが。
「あの? これ飲みますか? 炭酸水ですけど」
公正だった……。
見てないふりをして通り過ぎていく人もいた中で、公正だけが私を気にかけてくれた。私を見つけてくれた。
それは私の気持ちを童心に戻すほど嬉しいことだった。
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