#17 体調不良に天使の二連撃……

 時計の短針が5時を回る。

 寝ることに意識を集中させてから今まで、一睡も出来ていなかった。眼の前では時偶耳をピクピクさせ、すやすやと眠りつく美恋がいる。そして俺の背中側には、少し離れて降幡先生が眠っていた。


 俺は美恋の耳と尻尾に布団が被る様にして、起き上がった。どうせ今から眠れる訳が無い。確実に寝坊する。


「ん……んぅぅ、ん……」


 人が動く気配を感じたのか、先生が目を覚ました。丁度、隣りの布団で胡座あぐらをかく俺と目が合う。


「ひな、ぎく? ……なんでぇ、お前が私の部屋に……」


 どうやらまだ寝ぼけているらしい。仮に俺が先生の部屋にいたとしたら、それはそれはパニックだろう。たとえそうでなかったとしても、こうして同じ部屋で目が覚めたという事実に驚かないということは、まだ脳が覚醒していないという証拠だ。


「先生、昨日の事覚えてますか?」

「き、のう?」


 瞼を擦りながら天井を見上げる。何があったか思い出しているのだろう。

 数秒して視線が自分の服へと移る。はだけた服を見て先生は顔を赤くしてこっちを見た。


「もしかして……私、寝たの?」

「はい。寝ましたね」

「えっと……、ごめんなさい。その、何も覚えてなくて……。私、うるさくなかった?」


 それはもう酔って騒がしかったです。


「はい、大変でしたよ……」

「そんなに! やだ、恥ずかしい……」


 ホントに覚えてないんだな。


「そんな……生徒となんて……。あの……私、初めてだったんだけどどうだったかな? ちゃんとできてたかな? ……気持ちよかった?」

「きもち……」


 俺は気づいてしまった。先生は何かとんでもない勘違いをしていることに。その証拠に終始チラチラとこちらの様子を伺う様に目線を上下していた。

 先生に対して酷だとは思うが、そろそろ現実を教えなくてはならない……。


「先生……大変言い辛いんですけど……」

「何?」

「エッチはしてません……」

「え?」


 先生の動きと表情が固まる。照れと嬉しさの表情を硬直させたまま、数秒経ち、徐々に口角が下がり始めた。

 俺は何とか傷を浅く済ませようとフォローに入る。


「先生は酔って寝ちゃったんです。大丈夫です。酔った先生を襲うなんて馬鹿な真似はしてません! だから先生は傷物になんかなってません! 処女のままです!」


 完璧なフォローだと思った。

 先生は寝てしまっただけ、俺は何もしてない。だから問題ない。何も間違いなど起きてない。そう伝わったはずだ。


「帰る……」


 先生は、泣きそうな声でそう言うと足早に部屋を後にした。帰り際、啜り泣く声が玄関の方から僅かに聞こえた気がする……。


〜〜〜


 無事、降幡先生には美恋の耳と尻尾のことはバレなかった。そんな安堵と共に俺は学校の机に突っ伏していた。


「公正、大丈夫?」

「眠いだけだ……。ちょっと、ほっといてくれ……」


 一睡も出来ていない俺は、休み時間を使って何度も軽い睡眠を繰り返していた。朝礼時に降幡先生と目があった気もするが眠すぎて反応を見てられなかった。

 授業は無理矢理にでも起きていた。授業態度は評価に響くし、呼び出しをくらうのも嫌だったからだ。


 そして不思議なことに、短い睡眠を行うと頭が痛く気持ちが悪くなる。睡魔に抗えず少し眠り、授業開始の度に目を開ける。その繰り返しが俺の体調不良を助長させた。


 昼休みのチャイムが鳴る。

 昼飯は抜きでいいと考えた。それより眠かったからだ。

 だが、逆にお腹が減って眠れない。仕方なく購買でパンでも買おうと階段を降ったときにそれは起きた。


「あ……やべ……」


 足がふらつき階段を踏み外した。幸いにして大事には至らなかったがもう限界だと思った。俺は保健室に行き、事情を話してベッドを借りた。勿論、事情については誤魔化した。というか言えるわけがなかった。


 結局昼飯は食べなかったが、その分午後は気にせず眠れる。それが唯一の救いだった。


〜〜〜


「公正!」

「ん……?」

「良かった〜。大丈夫?」

「ああ、寝たら帰るよ……。この調子だと残りの授業も無理そうだしな……」


 五限目終わり。美恋が保健室にやってきた。教室には俺が体調不良でここにいることが伝わっているらしい。


「なあ美恋、今日はそのまま帰れよ。俺の荷物とか、教室に置いといていいからな」

「わかった……。お家で待ってるから気を付けて帰ってきてね……」


 心配そうな目をしながらベッドの周りを囲ったカーテンから出ていこうとする美恋。なんだかその表情を見るだけで申し訳無さがでた。


「美恋、待ってくれ」

「?」

「天司に伝言を頼む。今日バイト休むって代わりに店長に伝えてくれって……」

「うん、わかったよ!」


 美恋は元気よく頷くと保健室を後にした。


 再び眠ってからどれくらいたっただろう。カーテンの開く音が聞こえた。たぶん美恋が様子を見に来たんだろう。


「まだ、寝てるのね……」


 この声、天司か? 

 瞼を開けて確認したかったが、日頃の疲れが落ちていっているのか瞼も開かず身体が動かない。まさに金縛り状態だった。


「何で寝てるのよ……。これじゃ、バイトは休みでいいって言えないじゃない……」


 一応聞こえているが返事ができない。こんな状態初めてだった。


「ねえ……、ホントに寝てるの? 悪戯するよ! ……これでも起きないなら、寝てるよね……」


 天司は一人で何を言ってるんだ? 用が済んだなら早く帰ればいいのに……。 でも、久しぶりに天司に話しかけられた気がした。


「今なら、バレないよね……」


 何が?

 そう思った次の瞬間。


「ん、ちゅっ……はぁ……」


 唇に柔らかい感触を感じた。

 え? ええ? えええ! 俺、今キスされた!?

 甘い花のような香りと優しいぬくもりが口周りに広がる。吐息も近くで感じることができた。目を閉じててもわかる。これは、キスされていた。


「公正くんが悪いんだから……。美恋ちゃんばかりと仲良くして……。私だって……。ん……ちゅっ……」


 二度目のキス。

 それは、先程より長い口づけだった。


「流石に私のほうが先にキスしてるよね? うん、そう思おう!」


 天司はどうしてこんなこと……。

 俺は先日皆で昼飯を食べに行った時のことを思い出した。


『公正に対してだけ、周りと態度違うじゃんか?』

『もしかして、空羽ちゃんも公正のこと好きなの?』


『やっぱり空羽ちゃん……公正のこと』

『好きなのかも知れねぇな』


 そうなのか? 天司が俺を!?


「じゃあね、公正くん。私、公正くんの分まで頑張ってくるから!」


 そう言うと天司はカーテンを開けて保健室を後にした。

 なぜか去り際の声は、いつも話をしていた時以上に弾んでいたように感じる。


 仮に天司が俺のことを好きだったとしたら、今までの態度はなんだったんだ?


 俺は明日から、また違った意味で、どう天司を見ていいのかわからなくなった。

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