#16 女神の嫉妬と嘆き……
「あの……、飲み過ぎでは……?」
二本目のビールを空けてから更に一本を空にし、4本目に手を付けようとしていた。
今、俺の目の前ではどんどん顔が赤くなっていく降幡先生がいた。
「のぉぉまぁな、けゃ……やっれられ……」
「先生、もうやめましょうよ」
プルタブに掛けた指を離させようと前のめりで先生を止めようとした。この時すでに、テーブルの上にはビールの空き缶しかなくて良かったと思った……。
なぜなら……。
ガッチャーーーン!!
テーブルに手をついた俺は体制を崩し、前のめりに倒れていた。
「痛ってて……」
「公正、大丈夫!?」
「ああ……え?」
俺は自分の立ち位置に困惑した。
「雛菊くん……強引だよぉ、初めてだから優しくして欲しいな……」
「なっ!?」
降幡先生に覆い被さるように上乗りになっていた。右手の手首を床に押し付け、太腿の間には自分の膝がある。胸元ははだけ、シャツの隙間から黒の下着が僅かに見えた。
足して言うなら、誰が見ても無理やり押し倒したようにしか見えなかった。
「ち、違う! わざとじゃ」
急いで離れようとした俺の頭に優しく手をのばす。次の瞬間、考える間もなく先生の胸に頭を押し付けられていた。まるでヘッドロックでもされるみたいに拘束されていた。
「ちょっと! 先生!」
「なによ〜」
「離してくださいっ!」
「嫌よ〜、ひーくん離さなぁぁぁい……」
「ひーくん!?」
「ひーくん!?」
突然のひーくん呼びに俺と美恋は同時にリアクションをとる。
なんでこんなことに……。
そう考えてがすぐに分かった。
「先生酔っ払ってますよね!?」
「あたりみゃえしゃ、にゃい!」
「一旦離れてください!」
「あぁ!」
俺は先生を無理やり引き離すと少し距離を取った。すると更に面倒なことが起こる。
「なんでぇぇ……。なんでぇぇ、皆いなくなるのぉ!」
今度は突然泣き始めた。
「わだしなんてぇ、恋人の一人もできにゃい……だめにゃ女なんだぁぁぁ……」
「えっと……」
「いいじゃん! 少しくらい〜。ずるいずるい! 高校生で同棲して! イチャイチャして! わたしだって甘えたいよぉぉぉ!」
普段の凛とした佇まいからは想像もできない降幡先生の姿に俺は呆然とした。生徒からは女神とまで言われ、人気も高く、ファンも学園内に多い。そんな先生の姿がこれなのだ。
「高校時代も男子に避けられぇ、大学時代も男子にしゃけられぇ……大人ににゃっても男に避けられりゅ〜」
なんだ? 急に語り始めたぞ……。
「恋愛経験ゼロですぅ〜。はいしょーですよ〜。この年になっても未だに処女ですぅ〜」
とんでもないことを口にしてるな……。
「合コンに行ってもぉ! まわりばっっかり、うまくやるのぉ! いつも一人で帰るの寂しくてぇ……行かなくなりましたぁ~!」
酷い……にしても酷い酔い方だ。
バイトで酔っ払いの相手をしたことはあるがここまで酷くはなかった。なにより……。
「…………きみただぁ〜……」
美恋が若干怯えていた。そんな泣きそう顔でこっちを見ないでほしい。
「とにかく、一旦落ち着きましょう……」
「わたしはっ! 落ち着いてりゅっ…………すぅ……」
「先生?」
電池が切れたように動かなくなった先生を揺する。反応が全く無くぐったりしている。
小さな寝息が耳に入った。
この一瞬で寝たのか!?
無理やり起こそうかとも考えたが、酔っ払った先生を起こして面倒なことになるのを避け、そっと布団へと運び込んだ。
「はぁ……。何だったんだ……」
「降幡先生……すごいね」
「ストレス溜まってるんだろ」
「ねえ公正、あれホントかな?」
「あれ?」
「先生が処女だって……」
「…………俺に聞かないでくれ……」
恋愛経験ゼロ。年齢イコール彼氏なし歴。
これは聞かなかったことにしよう。
しかし、こんな美人でも彼氏ができないのか……。美人が過ぎるのかもしれないな。あとは、表情が険しくなりがちだからそのせいもあるかも。
俺は心の中でお疲れ様ですと労った。
部屋に静寂が訪れてからは、美恋俺の順でシャワーを浴び就寝の準備を始めた。
「耳と尻尾どうする?」
「出してる方が楽だから出してたいけど……」
美恋の視線は布団で眠る降幡先生に向けられていた。
「だよな……」
「カチューシャ付けて寝るのはちょっと気になるかな」
「パーカーは?」
「大丈夫かな? 寝てるうちフードが外れたりしたら」
「うーん……」
困った……。先生にバレないようにするには……。
「公正、一つ案があるんだけど……」
「何だ?」
「ちょっとここに寝てみて!」
「ああ、うん」
俺が布団に横になると、美恋は俺の手足を持ち上げ形を整える。丁度一人分のスペースが空き、その場所に美恋が収まった。
「なあ……これって?」
「後から公正が隠してくれればバレないよ!」
そうきたかー!
「その更に後で先生が寝てるんだが!?」
「だからバレないんだよ?」
ちょっと得意げになるな!
眼の前に美恋の頭があって、お風呂上がりのいい匂いがする。身体から足にかけて大きな尻尾がさわさわしている。
「尻尾がくすぐったいんだが」
「んふふ、わざとだよ!」
「やめなさい!」
美恋の頭に軽くチョップをかます。あいたっと可愛い声を上げる。
「公正……手ちょうだい!」
何やら物騒なことを言い出したと思えば、俺の腕を掴み上げ、体の前に移動させた。
「何やってんだ!?」
「こうしてる方が安心だよ」
「俺は全然そんなことないと思うぞ!」
何がとは言わないが男である以上反応してしまう。
「公正……お尻に何か……」
「さ……電気を消さないとな!」
俺は降幡先生の状態を一度確認して部屋の電気を消した。どうか何事もなく、一夜が明けますように……。
「公正……さっきの……」
「いいから寝なさい!」
「むぅぅ……はーい」
暗くて見えなかったが、ほっぺを膨らませていたのだろう。尻尾がさわさわ動いていた事を考えるとなにか思ったんだろう。
眼の前から匂う甘い香りに惑わされながら、俺は眠ることに意識を集中させた。
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