#15 女神の家庭訪問……
「おい美恋起きろ……」
早起きをし朝食の準備までした俺は、未だに布団で眠る少女を見下ろしていた。
窓から差し込む陽の光を浴びて、銀の髪と耳、腰から生えた大きな尻尾は輝きを放つ。それはもう眩しいくらいに……。
「美恋……いい加減に起きないかっ!」
「ふやぁっ!!」
包まっていた掛け布団をむしり取られ変な声を出しながら目を覚ます。女の子らしい座り方に寝ぼけた目を擦りながらこちらを見る。
「おはぁよう……きみた、だ……」
「ご飯できてるから顔洗ってこい」
「うん……」
洗面所へとトボトボと歩いていく美恋。その後ろ姿を見ながら先日の事を思い出していた。
『娘をよろしくお願いします』
「あれじゃあ、嫁入り前みたいじゃないか……」
美恋の母親の言葉を何度も思い返す。
実際、よろしくと言われても、普通に生活を送ることしかできないし、それ以上のことなんて尚の事、今の俺にはできない。
「ごっはん♪ ごっはん♪」
何やらリズムを刻みながら上機嫌で戻ってきた。
昨日一日、バイトもなく折角の休日だったわけだが、これからのことをずっと考えて何もしなかった。美恋も特に何かしたいことがあるわけでもないみたいで、一日中家の中にいた。結局、考えたところで答えは出なかったけど。
「食べたら着替えて学校に行くぞ」
「はーい」
何か食べてる時の美恋は本当にいい顔をする。耳もまっすぐで尻尾も横に振れる。年頃だし食欲もあるんだろう。
朝ごはんを食べ終え、俺は洗い物に手を付けた。美恋は俺の後ろで制服に着替えている。衣擦れの音が真後ろから聞こえてくるのは朝から心臓に悪い。
「公正、もう大丈夫だよ!」
「ああ」
美恋の呼びかけに振り返り、入れ替わるように自分の身なりを整えた。
通学するにあたって別々に登校したほうが良いかと思ったが、美恋がそんなこと許すわけがなく……。横並びで通学路を歩くことになった。
学校についてすぐ、正門の前に降幡先生の姿が見えた。スラッと背が高く長い黒髪、キッチリとした服装は遠目からでも美人だとわかる。
そう、美人なのだが……。
「おはよう……。やっと来たか雛菊」
「おはようございます。……やっと?」
「ああ……。お前に話がある」
「なんですか?」
「ここだとちょっとな……。荷物を置いたら視聴覚室に来てくれ」
「あ、はい……わかりました」
眼鏡をかけていても目を細めるのは癖になっているらしく、厳しさが滲み出ていた。
そして、何故俺は呼び出しを食らったの皆目検討もつかなかった。
「美恋、教室についたら少しいなくなるけど大丈夫だよな?」
「うん! 大丈夫だよ!」
まあ、普通にしていれば何も起きるはずがないし大丈夫か……。
俺は荷物を教室に置いた後、視聴覚室へと向かう。
ドアを引き中に入ると、降幡先生が待っていた。
「来たな」
「あの……俺、なにかしましたかね?」
「したとも言えるし……していないとも言える」
「一体どういう意味ですか?」
「単刀直入に聞くが……」
「はい……」
「最上と同棲しているのは本当か?」
降幡先生の口から出た言葉に一瞬思考がフリーズした。
どうして降幡先生がそのことを知ってるんだ!?
「あ、えと……それは……」
「はあ……。その感じだと、同棲しているのは本当みたいだな」
「あ……はい……」
誤魔化す間もなく看破される。
「今日の放課後時間はあるか?」
「いや、バイトがあります」
「そうか、何時頃に終わる?」
「9時ですね……」
「分かった。では、9時頃バイト先に向かうとしよう」
「え!? どうして?」
「家庭訪問だ。教師として、年頃の男女が二人屋根の下で生活しているなんてこと黙って見ていられるか!」
確かにそれは俺も思う。けど、急に訪問かぁ……。
突然のことに考えることもできず、分かりましたと降幡先生の家庭訪問を認めた。
今日の一日は何事もなく終わる……予定だった。しかし……現実は違う。
俺はバイト着から制服に着替え、店の入口に目をやる。
そりゃ、いますよね……。
降幡先生が入口前で携帯を触りながら待っていた。
「お疲れさまです。お先に失礼します」
「待って公正くん!」
「どうかしましたか?」
「店の入口にずっと綺麗な女の人がいるでしょ? もしかしたら迷惑な客だったりするかもしれないから気を付けて帰りなよ」
「あー……、えっとですね。あの人うちの学園の先生です……」
「え!? そうなの? 何だ、なら大丈夫か! ごめんごめん、僕の早とちりだったよ」
柏坂さんはだとしても気を付けて帰りなよと声をかけてくれる。それは、天司に対しても同じだった。今日は天司より先に俺が着替えを済ませていた。この後のことを考えて早く家に帰りたかったからだ。
店の入口から外に出ると携帯電話を叩いていた指が止まる。
「雛菊待ってたぞ」
傍から見れば、超の付く美人である降幡巴先生。キッチリとした服装に艷やかな長い黒髪は、通りすがる多くの男性の目を奪っていた。
「あの、先生それは?」
「気にするな夕ご飯だ」
手にはコンビニの袋がぶら下がっている。中身は見えないが色々入ってそうだった。
教師っていうのも大変だな……。
自炊もままならないのか……。
先生を連れた俺は、遂に自宅へとたどり着く。先生は始め建物の景観に驚きはしたものの、学生が暮らすなら妥当かと一人納得していた。
「ここです……」
「……」
後ろで黙ったままの先生の圧を感じながら、扉の鍵を回し、ノブを引く。
「お帰りなさい! 公正っ!」
「ああ、ただいま」
部屋から顔を出した美恋の頭には大きめのカチューシャが付いたままだった。事前に降幡先生が来るから耳と尻尾は隠せと言ってある。まず、バレてはいけない秘密を守った。
先生を部屋に通し、テーブル前に座ってもらう。俺は冷えたお茶を用意し向かいに座った。隣には美恋も同席していた。まるで、三者面談だ。
「それで先生、具体的には何を話せば?」
「話さなくてもいい、私は観察に来たんだ」
「観察?」
「共同生活に問題がないかだ。問題がある場合はすぐに報告しなくてはならない」
「報告……」
「ああ、だからあまり私のことは気にするな」
「気にするなと言われても……」
普段の生活を見せてくれと先生は言う。ならば今の俺がとる行動は一つしかなかった。
「夕飯作りますけど、先生の分も作って大丈夫ですか?」
「え!? あ、ああ」
予想外だったのか、少し取り乱す降幡先生。ちょっと可愛い声が漏れてたのが普段の印象とは違い面白かった。
しばらく鍋を振っていると横から美恋が顔を覗かせる。ついさっきまで先生と楽しそうに話していた。学校や友達のことなんか、編入したての美恋を先生なりに気を遣っていたのだろう。
「公正、今日もチャーハン?」
「楽だからな。嫌だったか?」
「ううん。私、公正が作るご飯なら何でも好きだよ!」
「バカッ! 危ないから引っ付くな!」
美恋の柔らかい胸が腕に当たる。
俺はそこでハッとした。
マズイ! 今は降幡先生が見ている!
恐る恐る振り返ると、やはり眉間にシワがよってこちらを見ていた。
恐い! 終わった……。これは、報告案件だ……。
「お待たせしました……。どうぞ……」
テーブルに出来上がったチャーハンを出し席に着く。
すると、向かいでは先生がコンビニの袋をガサガサしていた。袋の中から取り出したのは、缶ビールだった。
「あの……? いいんですか?」
「ん? 何がだ?」
「いや、お酒……」
「業務外だ。別いいだろ」
「そうですね……」
そういうものなのか? 生徒の家で、おもむろに缶ビールを取り出していいものなのか?
カシュッと小気味いい音が部屋に響く。三人揃って合掌した後に各々夕飯を食べ進めた。
黙々とチャーハンを食べ進め、ビールをあおる先生。再び袋をガサガサし始めると、二本目のビールが姿を見せた。
俺は、あまりにもイレギュラーな展開に不安で仕方なかった。
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