#14 おおかみ少女とお母さん……
やつとの戦いが終わってから、数日が経った。
結局、その後も天司とはうまく話が出来ずに休日になる。美恋はというと相変わらずだった。
けれどここ数日一緒に暮らして分かったことがある。美恋は泣き虫で甘えたがりで食い意地が張ってて、やっぱり少し世間知らずだった。
それと学園での噂も更に広まっていた。
その美しい容姿と可愛らしい笑顔は多くの男子生徒を知らずのうちに魅了していた。そんな編入も間もない美恋に対して告白をする男子が後を絶たなかった。けれど美恋は当然のように断り続けていた。「私には好きな人がいるから」と……。
そう断る美恋は傍目からみても、恋する乙女そのものらしい。その断られてなお、愛らしいと思ってしまう様から〈姫〉なんて二つ名が生まれていた。
「美恋……。俺、バイトあるからもう行くな。この前みたく外で倒れたりするなよ」
「う~ん……。わかっ……た……」
美恋はまだ布団で寝転がったままだ。枕を胸の前で抱きかかえ、淡いピンクのパジャマから大きな白銀の尾が伸びている。それは、無意識なのかフリフリと動いていた。まるで、「いってらっしゃい」と伝えるみたいに。
出勤した俺は、朝の仕込みを手伝い、店内の清掃を終わらせ営業開始に備えていた。土日祝日は忙しくなる。特に昼時は人が足りないと思うくらい忙しい。けれど、今日のシフトでは天司が休みだった。話す機会を伺っていたが、今日は無理そうだ。
「いらっしゃいませ!」
開店と同時に来店がある。この調子で昼過ぎまで続き、外には待ち列もできていた。しかしそれも、ランチタイムを終われば少しは落ち着く。
「公正! 休憩行ってこい!」
「わかりましたっ!」
店長から休憩に入るように言われる。
賄いを受け取り、適当な席につき遅めの昼食を取る。食べている途中、客が一人入ってきた。
モデル顔負けのスタイルに童顔に見える顔。その女性はどこか気品が漂っていた。
その姿に店内の人間、全員が注目した。
だが、俺は別の事に意識を持っていかれていた。その女性は白銀のショートヘアーだったからだ。
そして何より……。
「美恋?」
「…………?」
同居人、最上美恋に凄く似ていた。
「そう……。貴方が雛菊公正くんね?」
美恋によく似た女性は俺に近づき、同じテーブルに腰掛けた。その声音はゆったりしていて、大人の女性という言葉を想起させた。
まだ、賄いを食べている途中だったが、その女性を前にして、動きが止まる。
「単刀直入に聞くわね。貴方の家に美恋はいるのかしら?」
「えっ……?」
突然の問いに思考さえも停止した。
「答えなさい……。貴方の家に美恋はいるんですか?」
「えっと……。あの、どちら様でしょうか?」
そんなの聞かなくても分かっていた。美恋を探し、俺を訪ねて来る人なんて、考えられるのは……。
「母です。私は美恋の母親です」
「……ですよね」
「はい?」
「いえ、何でもありません」
「……それで、お宅に美恋はいるんですか?」
「はい、います……」
俺は、傍から見れば拍子抜けするほど、真実を話していた。流石に親相手に誤魔化すほど肝は座ってない。
「美恋はどうですか?」
「どうって……」
「迷惑かけてませんか?」
「いや、それは……。突然だったので迷惑といえば迷惑ですけど……」
「そうですか……。あの子、連絡一つよこさず、気付いたら賃貸を解約してたなんて……」
「え?」
バチバチのバトルになる予感は外れ、単純に美恋の事を心配した様子だった。なんというか肩透かしを食らった気分だ。
「ちょっと待って下さい! お母さんは美恋が俺の家で生活してるっていうのを聞いているんじゃ?」
「……それが、聞いてないんですよ」
「じゃあ、俺の家に泊まるって電話したのも……」
「電話? 美恋とは一ヶ月近く電話してないですよ」
「えぇ……嘘だろ……」
俺の顔を見て、対面に座る美恋の母親は何かを察したようであった。そして同時にある疑問が浮かぶ。
「あの……。お母さんはどうして美恋が俺と一緒にいるとわかったんですか?」
「あの子、学院を自主退学してるのよ……。それで先生方から連絡が来ました。それから、私なりに美恋所在を調べたんです……」
「一体どうやって?」
「初めは、美恋のアパートに行ったんですけど、大家さんに鍵を借りて中に入ったら、もぬけの殻でしたね。その後は、お手伝いさんにお願いして、近辺の調査をしてもらっていたところ、隣の部屋から貴方と美恋が出てきた……というわけです」
俺は、美恋の母親がとんでもないことを言っているのに気付く。
家出というのはあながち間違えではなく、けれど、親に連絡はしてなかった。美恋の自宅が隣だったから勝手に家出なんてしてないと思ってただけだった。
「でも、美恋は俺の前でお母さんに電話するって」
「それこそが嘘……ということですね」
俺はその話を聞いて、居ても立っても居られない気持ちになる。
「店長!」
「なんだ?」
「急なんでけど、午後の仕事なしにできませんか……」
「別にいいぞ……」
「え、いいんですか?」
「チラッと話が聞こえたが、バイトなんてしてる場合じゃねぇだろ……。どちらにせよ帰らせるつもりだった」
「ありがとうございます!」
「おうっ! ちゃんと解決してこいよ!」
そう言って店長は俺に休みをくれた。
それから数分後、自宅に戻った俺と美恋の母親は、未だに布団で眠る美恋を見ていた。
「おい……、起きろ美恋……」
「んん……やぁぁ……」
美恋は状況を知らないためか一向に起きようとしなかった。すると、横で痺れを切らした母親が突然美恋の持つ枕を取り上げた。
「美恋ちゃん! いい加減に起きなさいっ!」
「う、うぅぅ……ん? ……お母さん……? ……お母さんっ!」
突如として目の前に現れた親の存在に、美恋は飛び起きた。
「なんでお母さんが公正の家にいるの!?」
「それはこっちのセリフです! どうして、急に学院をやめてこんなところにいるんですか!」
「えっと、えっと……これは、花嫁修業です!」
「下らない嘘はつかない!」
「はい!」
そこからは、正座をさせられた美恋が母親から叱責を受ける様子が続いた。それは、2時間ほど続き、終わった頃には美恋の耳も尻尾も、げんなりしていた。
「ほら、帰るわよ美恋!」
「やだ! 私、公正と一緒にいたい!」
「馬鹿なこと言わないの! 公正くんも迷惑してるのよ」
「迷惑かけてるかもだけど……公正、私といると楽しいって言ってくれるもん!」
「気を使ってるだけよ! ほら、駄々こねないで!」
「やだよぉぉ……やっと見つけた好きな人だもん……!」
美恋の言葉に動きが止まる母親。泣きじゃくる美恋を見て少し考える。
「美恋ちゃん。少しだけあっちでお話しましょう?」
「うっ……ぐすっ……うん……」
「ごめんなさい公正くん……。少し外すわね」
「はい。お気になさらず」
……一体なんなんだ?……
あまりに現実感のない光景を目の当たりにして、終始呆然としていたが、急に足の力が抜けた。よくわからない緊張が解けた気がした。
二人が戻ってきたのそれから更に30分ほど後のことだ。
「きみただーーーっ!」
「いったぁぁ!」
勢いよく美恋が突っ込んできた。顔と頭をスリスリと俺の身体に擦り付ける。先程とは打って変わって大きな尻尾はふわふわと揺れていた。
「何だいきなり?」
「あのね! お母さんが公正と一緒にいていいって!」
何でだ?それでいいのか? なんて疑問が初めに浮かんだが、心のどこかで美恋が居なくならなくて良かったという気持ちがあった。
俺は安堵していたのだ。
美恋に続いて奥から美恋の母親が歩いてくる。
「ごめんなさい公正くん……。少しの間、美恋のことお願いできないかしら?」
「え? いいんですか? それで……」
「少し、事情が変わってね……」
そう言うと美恋に向かって話し始める。
「美恋、公正くんに迷惑かけちゃだめよ! それと、耳と尻尾は公正くん以外に見せちゃだめだからね!」
美恋の母親は「娘をよろしくおねがいします」と言い残し、家を後にした。
嵐の様に出来事が過ぎ、あとに残ったのは疑問ばかりだった。
どうして、美恋との同居はゆるされた?……。
事情ってなんだ?……。
そんな、疑問に頭を悩ませる俺とは対象的に、美恋は抱きついたまま俺を離さなかった。
「これからも一緒だね! 公正!」
どうして、この子はこんなに俺のことを好きでいてくれるのだろう……。
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