#13 おおかみ少女と例のやつ……
「そっか……。私、邪魔だったのかな……?」
美恋が悲しそうな表情で俯いた。
「そんなわけ無いだろ。天司だって美恋のこと友達だって思ってるさ」
「けど! 空羽ちゃんも公正のこと好きだったら……」
「それはないって……。礼次が勝手にそう思ってるだけだ。現に今こうして天司は行っちまったじゃないか。それが証拠だ……。相当不愉快だったんだろうな」
礼次から見て、天司は俺に好意を持っているように見えたかもしれない。けれど、それは違うと思う。天司は俺に本心を見せたことなんて一度もない。教室のあれが、本来の天司だとしたら、そんな可能性なんて万に一つもないと言える。
「まあ、大変だな公正……。頑張れよ!」
「原因はお前だろう。何他人事みたいに……」
店長、柏坂さん、礼次と、この2日で何をこんなに応援?鼓舞される必要があるのか……。
俺たち三人は会計を済ませ、教室へと戻る。会計時、モトキさんが礼次に休日は頼んだぞと肩を叩いていた。
午後の授業も滞りなく終わり、俺は美恋に先に家に帰るように伝えた。今日もバイトがあるからだ。
「公正は何時頃に帰ってくるの?」
「高校生は10時まで働けないから9時で上がりだ。だから、9時半くらい……かな」
「わかった! ご飯作って待ってるね!」
そう言うと美恋は手を振って走っていった。
……ご飯作って待ってるね……か。
その言葉は未だに現実味がなく、けれど今の自分の状況が真実だと、現実へと引き戻した。
「おはよう公正くん」
「おはようございます柏坂さん」
打刻をした俺に笑顔で挨拶をしてくれる柏坂さん。
マジでカッコいい! どうして、俺の周りにはイケメンが多いんだ! 店長だってノリは軽いけどイケオジだし!
「おはようございま〜す☆柏坂さん!」
「おはよう天司さん」
いつもの調子で挨拶する天司。昼休みの後も結局一言も話をしなかった。
「なあ、天司……」
俺は話しかけようとしたが、天司すぐ厨房に行き、店長に挨拶していた。
まだ、避けられてるのか……。
「公正くん、まだ仲直りしてないのかい?」
「いや、別に喧嘩してるつもりはないんですけど……」
「天司さん、普段はもっと可愛いいんだけど、今日はなんていうか……可愛さが足りない気がした!」
「可愛さですか?」
「彼女、小さくて可愛いから。何ていうか、妹?みたいな感じがしてね。けど、今日は大人の女ってオーラを少し感じたんだよ」
俺には柏坂さんの行っている意味が分からなかった。柏坂さんはそんな俺に話を続ける。
「大学でも色んな女性がいるけどさ、やれ私の彼氏がとか、やれあの男がとか、そういうことを僕に言ってくる人達が多くて……。……ほんと……疲れる……」
「それは、大変ですね……」
柏坂さんは大学でもモテるんだな。けど、それはそれで面倒臭くて大変ってことか……。
「そうそう、それでそんな空気を少し天司さんから感じたってだけ。だから公正くんには、天司さんがそうなってしまわないように見ててあげてほしいかな」
「俺が?」
「うん」
「けど、俺は今……」
「大丈夫さ、すぐにはダメでも、きっと元に戻れるよ」
頑張ってと俺の肩を叩く柏坂さん。そのまま、天司と入れ替わる形で厨房に入っていった。
けれど結局、その後も仕事に必要な会話以外は天司と話すことはなくバイトが終わり。俺の着替えが終わる頃には天司の姿は消えていた。
俺はこれこらの事を考えながら自宅のドアを引いた。部屋に入った俺の目に真っ先に映ったものは……。
「たすけてぇぇぇぇ! きみたゃでゃゃゃゃゃゃ!」
耳と尻尾を出した、全裸の美恋だった。
そしてそいつは真っ直ぐ俺の方に向かって走ってくる。
「ちょまっ、待て待て待て!」
「いやあぁぁぁぁぁぁ!」
美恋は裸のまま勢いよく俺に飛びついてきた。
俺はかろうじて美恋を抱きとめたが、直ぐに今の状況が色々まずいことに気づく。
俺の右手は美恋の背中を抱きしめ、左手は柔らかいお尻を掴んでいる。そして、顔は美恋の胸の谷間に埋まっていた。
「早く降りろ!」
「やだやだやだ!」
「一体何があったんだ!」
「あれがいるの!」
「あれ……?」
「黒いやつ!」
そこで俺はすべて理解した。どうして美恋がこんなに事になっているのか……。いや、全裸なのはわからんが。
「とにかく、降りてくれ! あと服を着てくれ!」
「無理だよ! 怖いもん!」
「どかないと退治できないだろ!?」
それからしばらくして、美恋が落ち着き体を降ろす。俺は裸の美恋を見ないように、俺の後ろにいろと美恋に伝えた。
「で、なんで裸なんだ?」
「下着取ろうと思ったら、いたから……」
「そういうことだったのか。てことは洗面所か……」
「違うよ。部屋の中だよ」
こいつ、裸で部屋を彷徨いてたな。どうして共同生活なのに部屋で裸になれる……。
俺は美恋の言うとおり、部屋の中と足を踏み入れた。
「いないぞ……?」
「ううん……いるよ……」
「わかるのか?」
「ちょっとだけど動いた音が聞こえるの」
狼の耳は伊達ではないと言うことだ。けどそれって、退治してももし違いやつが現れたら……。
案外、ここは美恋にとって生きづらい場所なのかもしれない。そんな美恋は俺のシャツを掴み震えていた。
「どのへんかわかるか?」
「多分……キッチン」
俺は美恋に待つよう伝え、そのへんのチラシで叩ける棒を作った。正直俺だって怖いし嫌だが、女の子が怖がっているのに、男の俺が文句なんて言えない。
俺はキッチン下の扉を開けていく。すると、そこにやつはいた。サイズは中位だろう。きっと、どこかから入ってきたんだ。
届かない位置にいるそいつを俺は一度外に出そうとした。だが、その行為が更にとんでもない事態を引き起こしてしまった。
「あっ! しまった!」
あろうことかやつは、俺の横を振り抜け美恋の方へと一直線に向かっていた。
「いやあぁぁ! こないでぇぇぇ!」
驚きのあまり尻もちをつく美恋に、やつが迫る。
美恋が危ないと、俺は、さながらヘッドスライディングでもするような勢いでやつ目掛けて飛んだ。
ブチッ
凄く嫌な感触が手に残る。チラシで叩くつもりが自分の拳でやつを叩き潰していた。
……ああ、最悪だ……。
床に突っ伏しながらそう考えていると……。なにやら、温かいものが俺の腕に染み渡っていく。
顔を上げた俺は驚愕した。目の前には、恥部を両手足で隠して泣いている美恋がいた。
「グスッ。ご、ごめんなさい……公正……」
美恋は恐怖のあまり…………漏らしていた。
美恋を風呂に入れ直し、俺は部屋の掃除をしていた。やつの残骸と美恋のおしっこの処理だ。
不幸中の幸いというか、不幸中の不幸により、美恋のおしっこはその時寝転がっていた俺のシャツがほとんど吸収してくれた。
こういうのが性癖に刺さる人にはご褒美なのかもしれない。けれど、俺にそんな癖はない。身体もベトベトだからすぐに洗いたかったが、俺よりも美恋のほうが傷付いてるはずだと思い、先に風呂に入れた。
服は既に脱ぎ、ゴミ袋に捨ててあるが、何というか凄い美恋の匂いがする。
これじゃあ、マーキングだな……
「上がったよ公正……。次、どうぞ……」
「ああ、今行く」
今回は裸でも下着姿でもない、パジャマ姿の美恋が前にいる。俺は美恋の横を抜け風呂へと向かった。風呂上がりの美恋は酷く元気がなくなっていた。頭の上についた耳が垂れ、尻尾には力強さを感じなかった。
どうフォローしたものかと考えながら湯船に浸かり、結局成り行きに任せることに決め、風呂から上がった。
部屋に戻ると美恋は床に座ったままだった。その姿は変わらず元気がない。
「美恋、とりあえず今日はもう寝よう。疲れただろ?」
「……うん」
俺は電気を消し、布団に潜った。
するとまた、昨日のように美恋が後ろから抱きついてくる。
「ごめんね……私、公正に迷惑ばっかりかけて……」
「何言ってるんだ今更、迷惑なのは初めからだ」
「うん……」
背中ですすり泣く声が聴こえてくる。
俺にとって美恋の突然の来訪は迷惑でしかない。でも、美恋と過ごす時間も嫌いじゃなかった。多少、思春期の男には毒な部分もあるが……。
「なあ、美恋」
「ん……?」
「確かにいきなり一緒に暮らすってなって、意味分かんなくて迷惑だけど、俺は美恋のこと嫌いになんてなってないからな」
「……うん」
「お前がいるから色んな事が楽しくなりそうな予感もしてる。だから、もう謝るな」
「うん……。ありがとう公正」
涙の止まったらしい美恋は、俺の身体を強く抱きしめたまま眠りについた。
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