#11 おおかみ少女と天使に挟まれて……

 こちらに向かって目一杯手を振る美恋。その姿は、ご主人様を見つけた犬のようにさえ思えた。


「なんだ? 雛菊の知り合いか? だったら丁度いい、今から最上もがみの机と椅子を予備教室から持ってきてくれないか」

「あー……。はい……」

「ついでに最上の案内も頼む」


 我がクラスの女神、降幡先生から使命を与えられる。こんな美人から頼りにされるなんて、なんと光栄なことか! 

 ……なんて思うはずもなく。周りの視線と美恋の期待した眼に胃がキリキリした。


 美恋の挨拶終了と同時に、俺と美恋は教室を抜けた。足りない机と椅子を補充するためだ。どこのクラスもまだホームルームの最中で、廊下には人一人といなかった。

 俺は先ず、美恋を連れて軽く校舎の中を案内した。今の時間に見て回れる場所は見て回り、その後に机と椅子を運び出そうと考えた。


「玉篠宮とは全然違うね!」

「俺はそっちの学校がどうだったかなんて知らないんだが?」

「そっか。えっとね、もっと洋風?って感じだったかなぁ」

「まあ、お嬢様学校ならそんなこともあるだろ。鏡之宮はそのへんの普通の学校だよ。特に変わったところなんて……」

「あっ! ねぇ公正! あれ何っ?」


 俺の話を遮るように美恋は大きな声を出し、ある部屋の扉に張り付いた。その扉のガラス越しにあるものを見ていた。


「ああ、あれはレーザー加工機だよ」


 その部屋には、人の体の十倍以上ある大きな箱型の機械が置いてある。


「レーザー加工機?」

「金属やアクリル、木の板なんかをプログラムした通りに切り抜いてくれるんだ。そうやって何かしらの部品を作るんだよ」

「へぇ……。すごいね……」

「俺も初めて授業で使わせてもらったときは感動したよ」


 美恋はへぇぇと扉に張り付き中々離れようとしなかった。そんな美恋に俺は、どうせすぐ使う機会が来るから今は我慢しろと次なる場所へと手を引いた。


 

 一通りの案内を終えた俺は、椅子を机に乗せ、教室まで運んでいた。隣では終始、美恋がキョロキョロと辺りを見回していた。


 そんなにめずらしいだろうか?


 自分が慣れてしまっただけで、俺も入学したてはああだったかもしれないと思い返した。

 1限目までには戻ることができ、美恋の手を借りて教室の中へと入る。


「戻ったか雛菊」

「はい。これどこに置けばいいですか?」

「お前の席の隣にしようと思ってな。そこに置いてくれ」


 は? 隣の席? いやいや隣は別の人がいるだろ?


 そう思い自分の席を見ると、天司とは反対側の席がなくなっていた。


「ああ、雛菊くん。私の席移動させておいたから、最上さんの席そこ使って大丈夫だよ」


 隣の席の女子がそんなことを言う。机一つ分のスペースが空き、席を譲った女子はというと、元々入口の方にある空いたスペースに机を移していた。


 ……。 美恋がそこでよくないか?


 そう思いながらも口には出さず机を置く。

 俺は自席に着き一息ついた。一度、チラリと天司を見たが、窓の向こうを向いたまま一度足りともこちらを見なかった。


「公正〜! また、お隣さんだね!」

「あー。うん。そだなー」


 美恋は心底嬉しそうに笑顔を向ける。そんな可愛い笑顔を向けられる俺の姿に周りの男子たちは嫉妬視線を向けていた。


 授業な特に滞ることなく進み、昼休みを迎えた。


「よし! 時間だ公正! 飯行こうぜ!」

「あぁ」


 俺の前の席で突っ伏していた頭が勢いよく起き上がる。そいつは長身で程よく筋肉があるイケメンだ。短く刈り上げた髪が清潔感をより一層際立たせていた。


礼次れいじ、今日はどこに行くんだ?」

「俺の今日の気分はチャーハンだな!」

「まさか……あそこにいくのか?」

「あったりめぇよ!」


 湯浅ゆあさ礼次れいじ。中学時代から同級生で、この学校では数少ない友達だ。礼次も俺同様に、実家が遠いため安アパートで暮らしている。元々スポーツマンだったが勝負事に執着がなくことごとく部活が続かなかった。この学園に入ってから放課後はバイト三昧だという。本当に俺とよく似たやつだ。


「公正、お昼ごはん?」

「俺はお前の昼ご飯じゃないんだが?」


 美恋は、俺がご飯を食べに行く動きに素早い反応を見せた。


「公正、私お昼どうしよう……?」

「店が近くにいっぱいあるから好きなもの食べてこいよ」

「なるほど……わかった! ねぇ、空羽ちゃん。一緒にご飯食べよ!」

「へっ!? わたし?」


 突然の誘いに天司は驚いていた。先程からずっと窓外ばかり眺めて、一言も俺とは口を利いてくれない。

 少しくらいは美恋が心配だったこともあり、天司なら任せてもいいかと思った。


「なあ天司、美恋のこと頼めるか? 今、仲がいい友達は天司しかいないんだ」

「わたしは……」

「空羽ちゃん! 一緒にご飯食べに行こ!」

「はぁ……わかったわよ……」


 天司が了承してくれたことにより、少し肩の荷が下りた気がした。


「じゃあ、俺たちはもう行くわ」


 俺は二人にそう言い残し教室を後にするのだが……。


「何で、ついてくる……」

「だって、公正と一緒にご飯食べないとだよ?」


 美恋の性格を考慮していなかった。ここまでくればストーカーの域と言っても過言ではない気がするが、本人に全く悪気がなく、そこまで悪い気がしないのが困りものだ。


 小さく溜息を漏らす俺の隣でイケメンは大きく笑った。


「はっはっはー! 愛されているじゃないか公正!」

「そんなんじゃないだろ……」

「私は公正を愛してるよ?」

「やめろ! 話をややこしくするな……」

「愛し……」


 俺と礼次の後ろから、美恋と天司の二人がついてくる。


「まあ、いいじゃないか公正。俺たち、男二人きりもそろそろ卒業だと思わないか!」

「俺は別にそれでもいいんだが……」

「なん……だと……。お前まさか! これなのか……?」

「ちげぇよ!」


 礼次はわざとらしく男が好きなんじゃなんて言い出す。そんな冗談を言う礼次に美恋は真顔で言い放った。


「だめだよ! 公正は私のだもん!」

「なっ……!」


 恥ずかしさのあまり言葉がでない。いつもの調子なら「誰がおまえのだ!」なんて言えただろう。


「おい……。そんなバカな話してるうちに着いたぞ……」

「えっ……? ちょっと公正くん、ここって……」


 久しぶりに口を利いてくれたと思ったら。


「なんだ天司、ここ知ってたのか?」

「当たり前でしょ! 学園の生徒なら半数以上知ってるわよ!」

「そうなのか? でも、その割に人いないよな」


 天司は俺と違って友達が多い。学園の生徒間での流行りなんかにも精通している。そんな天司が知っているということはそれなりに名の通った店なんだろう。俺と礼次は良くここに来ていたがあまり学園の生徒を見かけない。お世辞にも学生に人気があるとは思えなかった。


 入り口の引き戸を開け店内へと進む、外を昼で明るいというのに店の中は薄暗い。そして、コの字とも言えない、Cのような形をしたソファーを置いたテーブル席が数多く設けられている。


「いらっしゃいませぇぇいっ!」


 薄暗い店の奥から筋骨隆々の男が姿を現した。モヒカンのような頭につぶらな瞳、頑張ってオクターブ上げた低い声でその人は俺達を迎えた。


「おう? 礼次に公正じゃないか! よく来たな!」

「たまには来ないとな、今日はあれ頼むぜ!」

「ほう……あれを頼むのか礼次っ!」


 あれってなに?と美恋が聞いてくる。俺は小さく、直ぐに分かると伝えた。


 俺達は案内された席へと座る。礼次、美恋、俺、天司の順だ。礼次と天司は若干向かい合う形、俺と美恋は横並びに近い形で座っていた。

 それから数分、直ぐに注文した料理が運ばれてくる。美恋と天司はパスタ、俺はチキンステーキのランチセットだ。

 そして、礼次の元に運ばれてきたのは……。

 特大サイズのチャーハンだった。それは、美恋と天司が食べているパスタの6倍ほどの量がありおまけに頂上には唐揚げが5つ乗っている。


「礼次、今日の調子はどうだ? いけそうか?」

「ふっ……このために俺は今日は何も食べてないぜ!」

「よしっ! 良いだろう。今日は残さず食えよ! 残したら分かってんだろうな?」


 低いドスの利いた声で脅しに掛かる。

 その不気味で恐ろしい笑みに天司は震え、俺の腕に抱き着いて来た。


「おい、天司……」

「ちょっとだけ……ごめん……」


 その小さな身体は震えていた。余程怖いのだろう。だが、俺はそんな事よりも、天司の大きな胸が腕に押し付けられていることに意識が向いていた。

 ……びっくりするくらい柔らかい。


 そんなことを考えていると今度は反対側の腕にも温もりを感じた。


「おい、美恋……何してる?」

「ダメだよ! 公正! 空羽ちゃん、可愛いから取られちゃう!」

「何の話だ……」


 またしても、俺の意識は腕に集中してしまう。美恋の程よい柔らかさと長い髪から仄かに香る良い匂いが男の俺を刺激した。

 ほんと、自分でもこんな状況、両手に花で素晴らしいなんて思ってみもしたが、何でこんな場所なんだ?

 美少女二人に挟まれて、俺は礼次の行く末をただ見ていることしか出来なかった。

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