#10 おおかみ少女と学園生活……
白い霧のような靄が広がる世界。そこでは、一人の女の子が泣いていた。俺は少女に近付くと声をかける。
「どうして泣いてるの? どこか痛いの?」
「うぇぇ、んぐぅ……ぐすっ……」
少女は泣いたまま答えない。
「泣いてても分からないでしょ? どうしたの?」
「うぅ、わたし……うそついてないもん……」
「うそ?」
「みんなぁ、わたしのこと……うそつきって……ぐすっ」
どうやら少女は嘘つき呼ばわりされて友達の輪から外されたみたいだ。
「どんな嘘ついたの?」
「わたし! うそついてないぃ! うわぁぁぁぁん」
「ちょっと泣かないでよ……。えーと、どんな話をしたの?」
「ふぇぇ、うっく、わたしのおじいちゃんの……ずっとおじいちゃんがワンちゃんだったって……」
「それは……」
「みんな、わたしをうそつきって、しんじてくれなくて……ふえぇぇぇぇん‼」
「だから泣かないで……」
俺は悩んだ。どうすれば泣き止んでくれるのか。だから俺は、思ってもいないこと無責任に言った。
「わかった! 俺が信じるよ! だから、泣かないで」
「ふぐっ、ふっ、ほ……ほんとぉ……?」
「ああ、だから笑って。君、可愛いから笑った方が良いって!」
「わたしかわいいの?」
自分で言ったことに恥ずかしくなったが今更撤回できない。
「うん。かわいいよ! お嫁さんにしたいくらい!」
「お嫁さん! なら、わたしおおきくなったら、あなたのお嫁さんになるぅ!」
泣き止んだ少女は、一転晴れやかな表情になる。
瞬間、靄が広がり何も聞こえず見えなくなっていく。ただそれでも、少女の笑顔と綺麗な長い黒髪は脳裏に焼き付いていた……。
─ヂリヂリチリヂリーン─
朝の目覚めを知らせるアラームが響く。何も考えることなく反射的にゆっくりとアラームを止めた。何の事はない、いつも通りの朝だ。徐々に寝ぼけた意識が覚めていくと同時に、何だか身体が動かない事に気付いた。そしてものすごく暑い。
これは……。
「すぅーすぅー……すぅー」
美恋がぴったりと俺の背中に張り付いていた。背中に柔らかい感触まで伝わってくる。薄着だから当然とも言えるだろう。俺はそんな美恋を起こそうと半ば無理やり振り返った。
「美恋……おまえ」
振り返ると同時に何かを掴む。
「んっ、あふぅぅんっ」
美恋の
向かい合う形でお互いの顔が目の前にあるが、ゆっくりと美恋の目が開く。
「おあよぉぉうぅ、きみたでゃぁ」
「ああ……おはよう」
目の前で見る可愛い顔に寝起きの甘えた声。俺はまだ夢でも見ているのではないかと思った。
「んふふぅ。一緒に起きたねぇ」
「ああ……そうだな。ところで、そろそろ離してくれないか?」
「ふぅえ?」
「暑いんだ。それとむ……動けない」
一瞬、胸が当たっていると言いそうになったが、かろうじて言い直した。
俺が動けない事を伝えると美恋はすぐに巻き付いた腕を離してくれた。その後は、朝食のトーストを用意して洗濯機も回した。家を出る時間前には、選択物も干し終わりお互い外出用の服に着替えた。
美恋の下着に関してはもう……割り切った。
「俺は学校だから、美恋は……」
「大丈夫、私も学校だから」
「へ?」
俺は着替えを済ませた美恋に視線を移す。
「おまえ、その制服!」
「うん! 今日から正公と同じ学校だよ!」
「いやいや嘘だろー」
きっと、どこかからか持ってきた制服に違いないと俺はそう思った。
「公正、嘘は良くないよ!」
「いやでも、おまえ。ん? ちょっと待て、そのネクタイの色」
「私一年生!」
同学年だった。年齢のことは聞いていなかったが、平日学校にも通ってない事から大学生くらいだと思っていた。でも、美恋のあまりのぶっ飛び具合に年上とか関係なく話してたけど。
「いったいどういう事なんだ?」
「もともと別の学校だったんだけど転入することにしたの」
「なんで?」
「私がそうしたかったから」
「ちなみにこの辺りか? 三ヶ月も隣で暮らしてたって事は学校から近いんだよな?」
「うーんと電車で3本かな」
「まあ近い距離か」
「うん。
「玉篠宮っ‼ 玉篠宮って超お嬢様学校じゃないかっ!」
「そうなの?」
俺は驚愕した。たかだか3ヶ月だが、隣人がとんでもない学校に通っていた人だった。
玉篠宮女子学院とは政治家や研究者、土地の権利者など、所謂お金持ちの令嬢が通う学院なのだ。そこを自分の都合おいそれと辞めれるものだろうか。
「でも、なんとなく美恋が世間知らずな理由が分かった気がするよ」
「私は別に世間知らずじゃないもん!」
尻尾をぶんぶん振ってご立腹な美恋。しかし、この状況が既にそれを物語っていた。
「驚きはしたが一旦いいや。ところで、その尻尾と耳どうするんだ?」
「ああ! これね」
美恋は大きめのカチューシャを取り出すと、それを使って耳を押さえつけた。すると、腰から生えていた尻尾が消えて行ったのだ。
「帽子やパーカーじゃなくてもいいって事か」
帽子じゃなくてもいいことに納得していると、美恋から声が掛かった。
「公正、早く行こ! 遅れちゃうよ!」
「まだ、余裕はあるが?」
「私、今日初登校だもん!」
なるほど、編入という事は職員室に寄る必要があるという事か。
事情を察した俺は、美恋と共に学校へ向かった。
学校へ向かう途中、美恋が目立っていたのは言うまでもない。
俺は美恋を教員室まで送り届け、教室へと向かった。俺が教室へと入った瞬間、もの凄い勢いで人が押し寄せてきた。
「どういうことだ雛菊!」
「あのことお前の関係は何だっ?」
「彼女か? 彼女なのか? 違うと言ってくれぇ!」
相変わらずマシンガンのような質問が飛んで来る。俺はチラリと自分の席へと目を向けた。その隣には天司がいたが、今回は助けてくれる気はないらしい。目が合ったと思うとそっぽを向かれた。
俺は溜め息交じりに言い訳をした。
「あの子は親戚の子だ。今日からここに通うんだ」
我ながらさらっと嘘ついてしまった。
「雛菊の親戚? マジか!」
「もし、あの子と付き合ったら。雛菊の事、お兄さんとか呼ばなくちゃいけないのか⁉」
話が飛躍しているが、そもそも親戚ならお兄さん呼びしなくていいだろう。
その後も質問の嵐は予冷が鳴るまで続いた。落ち着いたタイミングで隣の席の天司に声を掛ける。
「おい、どうして助けてくれなかったんだ?」
「何かなぁ雛菊くん~。なんで私が雛菊君を助ける必要があるのかなぁ☆キラッ」
「キラッじゃねぇ。何だ、変だぞお前」
「変じゃないよぉ~、いつも通りだよぉ」
「じゃあどうして……」
「別に私と雛菊君ってそんな関係性じゃないよね?」
「なっ……」
「知らないよ、自分せいじゃん」
そういうと、天司は窓の方を向いてしまう。まるでこれ以上俺と話したくないみたいに。
最後、天司のいつもの雰囲気とだいぶ違ったな。
それから数分もしないうちに降幡先生が教室に入って来た。
「朝礼を始める。だがその前に転校生の紹介だ。入りなさい」
降幡先生の言葉に教室がざわめく。みんな、もしかしたらと期待しているのだ。一方、俺はというと気が気ではなかった。何故ならそれは災いの種だと思っているからだ。
そして、合図の後に一人の女子生徒が入って来る。
「初めまして。私、
挨拶が終わると同時に歓声が上がる。「やったー!」「美少女転校生キター!」「可愛い!」「アイドルみたい!」口々にそんな声があがる。しかし、それもすぐに止むことになるのだ。
「あ! 公正~! 一緒なクラスだね!」
「あ、あぁ。そう、だな」
ホントに勘弁してくれ。
美恋の言葉に周りの視線が一斉に俺に向く。こうなると分かってた。だから、できれば美恋と同じクラスにだけはならない様に、心の中で祈っていたんだ。
そんな俺の胸中など知る由もなし、美恋は満面の笑みで俺に手を振っていた。
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