#8 ディナーは天使とおおかみ少女と……

 俺が見ていないところで、天司は美恋と距離を詰めていた。

 なんで天司が同席してるんだ⁉

 俺は急いで二人の元へと向かう。


「あぁ、遅かったねぇ公正くん」

「お疲れ様、公正~」

「天司……どういうつもりだ?」

「どうも何も、私も美恋ちゃんと友達になりたいだけ。この子面白いね!」


 俺は、面白いという言葉が引っかかった。


「美恋……天司に何話した?」

空羽くうちゃんと?」


 この短時間でお互い名前呼びだと! いったい何があったんだ⁉


「えっとね、空羽ちゃんには、私が公正と暮らしてるって話をしたよ!」


 あ、駄目だ。終わった。どう考えてもこれからの追及は逃れられそうにない。


「何で本当の事を言うんだ! そこは前みたいに嘘をつくところだろ‼」

「公正……嘘は良くない事だよ?」

「お前が言うな~!」

「ちょっと公正くん座ったら。他のお客さん見てるよぉ」


 周りを見ると店内全ての視線が俺達に向いていた。というか、俺に向いていた。


「はあぁぁぁぁぁぁ……」

「ねぇ、そんな大きな溜め息つかないでよぉ」

「うるさいな……いいんだよもう、どーでも。俺の華の高校生活はここで終わるんだ。後は変態かイカレ野郎のレッテルを貼られ生活するんだよ……」

「そこまで悲観しなくても……」


 俺は今すぐにでも逃げ出して泣きたい気持ちを我慢した。流石にこんな人の多い、まして女の子前で泣くなんてできないから。


「心配しなくても学園の人には言わないから安心して」

「……ほんとか?」

「もう、だから泣きそうな顔で見ないでよぉ」


 俺が思いの外沈んだことにより、天司からいつもの悪ノリが消え、妙に優しかった。そんな俺を見て、美恋はおずおずと言葉を発した。


「ごめんね公正。私のせいだよね……」


 ああ、まただ。またこの顔だ。昨日も見た、美恋の今にも泣きそうな表情。この表情を見てると、これ以上は泣かせちゃダメだって、そんな気になる。


「美恋、気にするなとは言えないけど、家の事情を勝手に話すのはダメだぞ」

「……う、うん」


 俺は美恋の被る麦わら帽子の上から頭に優しく手を置いた。


「うわぁ~、たらしがいるぅ」

「誰がたらしだ、誰が……」

「んふふ。二人共、仲良しだね!」


 美恋の言葉に、俺と天司はお互いに顔を向け数秒見つめ合う。そして、お互い同時にそっぽを向いた。普通に恥ずかしかったのだ。

 するとそこに、大学生アルバイトの柏坂かしわざかさんが料理をもってやって来る。


「公正くんと天司さん、賄いどうぞ。店長からだよ」


 柏坂さんは厨房に目線やる。そこには、飄々とした店長が親指を立てていた。


「それから、そちらのお嬢さんにはこちらを」

「ふわぁぁ、美味しそう!」


 柏坂さんが美恋に出したのは、自家製ティラミスとバニラアイス添えだった。


「いいんですか? デザートまでいただいて」

「いいんだよ。僕から店長に聞いて許可は取ってあるから」


 柏坂さんはそういうと「じゃあまた」と厨房に戻って行った。

 柏坂さん……マジでイケメンすぎる! 俺もあんなカッコいい大人になりたいよ!

 厨房でもそうだが、一挙手一投足すべてが様になっている。最近は俺達が働き始めた事によってキッチン業務が多くなったが、ホールにいた頃はそれはもうすごかった。接客に配膳、立ち居振る舞いすべてが流麗だった。常連客には一部ファンがいるらしい。レジで手紙をもらってるのも見たことがある。


「カッコいいよな……柏坂さん……」

「そうね。公正くんより数段カッコいいと思うよ」

「おまえ……だとしても口に出すんじゃねぇよ……」

「私は公正の方が好きだよ!」


 美恋は相変わらず平然とそういうこと言う。正直な話こんな美少女に好きって言われて嬉しくないはずがない。ただ、場所は考えて欲しい。


「まあ、でも別に公正くんもカッコいいっていうか……普通?」

「その微妙にフォローしてるのかしてないのか分からない言い方は何だ」

「わたしにブサイクって言われないだけマシでしょ」

「ああそうだな、おチビさん」

「なんでチビって言うの⁉」

「本当に二人は仲良しだね」


 俺たち3人は、それなりに有意義な時間を過ごせたのかもしれない。


「ところで、美恋ちゃんはどうしてずっと帽子を被ってるの? せっかく可愛い顔してるんだから外しなよ」

「ありがと空羽ちゃん! けど、帽子被ってると落ち着くからこのままがいいかな」

「そうだな、美恋は帽子が好きなんだよな!」

「何? どうしたの急に?」


 俺は過剰に反応してしまい、逆に天司に疑いの目を向けられてしまう。


「空羽ちゃん、帽子を被ってると落ち着くのもあるんだけど……私、肌が弱くて余り光に当たれないの」


 美恋は俺の失態をカバーするが如く、当然のように嘘をつく。


「そうなんだ、大変だね。身体もちょっと弱かったりするの?」

「ううん、光だけ」

「でも腕は? 今、ワンピースだから肌大丈夫?」

「これくらいなら、顔はちょっと嫌だから……」


 本当に恐ろしい……平然と嘘を重ねる。


「ねぇ美恋ちゃん、どうして公正くんと一緒に暮らしてるの? 親戚とか?」

「実はそうなんだ! 美恋は……」

「公正くんには聞いてない〜」

「…………」


 なんだ、この行き場のないモヤモヤは……。


「親戚じゃないの」

「へ? じゃあなんでぇ!」

「私、一人暮らししたいってお父さんとお母さんに言ったんだけど、ダメって言われたの。けど、どうしてもしたくてお願いしたら、公正を紹介されたの」

「どうして公正くん?」

「それは、お母さん同士が友達で、公正が一人暮らしだったからだよ」

「えっ!?」


 あっ、これまずくないか!

 天司は勢いよく立ち上がり、俺に詰め寄った。


「ちょっと! 公正くん! どういうことっ!」

「何がだ……」

「一人暮らしってほんと?」

「……」

「答えて!」

「ああ」

「それじゃあ……同居してるってこと!?」

「いや、まだそういうわけじゃ」

「え? 公正……いいって言ってたのに……」

「まて、ややこしくなるから今だけは口を閉じててくれ!」


 天司は驚いた様子で顔を紅くしていた。


「信じられない! 嘘よ!」

「空羽ちゃんホントだよ!」


 美恋が真実であると口にすると、空羽は捲し立てる様に言葉を吐き出した。


「公正くんのエッチ! スケベ! 女の子と同居なんてありえないぃ! ハレンチだよ! しかも二人きりって尚更ひどいよぉぉ!」


 そう言うと天司は足早に店を出ていった。

 俺と美恋はそんな光景をただ黙って見ているしかできなかった。


「美恋……嘘をつくなら上手くついてくれ……」

「嘘は良くないよ!」

「ああ、うん。そうだな……」


 これから始まる俺と美恋の同居生活は、始まる前にして同じクラスの生徒にバレてしまった。

 天司が言い触らして変な噂が立たなければいいけど。


 そんなこれから先の不安を感じていると、不意に両肩に手が置かれるのを感じた。そのあとすぐ、声が聞こえる。


「ドンマイ」

「まあ、頑張れや!」


 柏坂さんのキレイな声と店長の渋い声だ。

 俺はしばらく、その場から動けずにいた。

 一方、美恋はというと、デザートと一緒に出されたアイスティーを我関せずと飲み干していた。

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