#7 放課後は天使と……

 終礼が終わると俺の周りには一気に人が集まった。


「雛菊っ! 昼の可愛い子誰だよ!」

「お前が彼氏ってマジか!?」

「彼氏じゃないなら紹介してくれ!」

「ちょっと! 男子うるさい! 雛菊くん、私達にも紹介して!」


 男子も女子も、俺の事情などお構いなしに話しかけてくる。


「待ってくれ、俺と彼女は別に何でもない!」

「何でもない訳ないだろ! 弁当まで手渡されてんのに!」

「そうだそうだ! しかも、一緒に暮らしてるんだろ?」

「くそっ! 滅びろ!」

「ああそうだ。朝がどうのとか言ってたらしいじゃないか!」


 まるで言葉のマシンガンでも受けるように、色んな質問が飛んで来る。一部妬みなのか嫉妬なのか良く分からないものも聞こえたが。


「もう、みんな! そんなに公正くんに質問しても答えられないでしょ! それに、公正くん、今日バイトあるんだから早く行かないと遅刻するよ!」

「ああ、そうだ! てわけで悪いが話はまた今度な」


 質問攻めにあう俺を見かねて、隣の席の天司は助け船を出してくれた。俺はありがたくその船に乗せてもらう。教室を出る最後まで、「明日教えろ!」「紹介して!」「呪ってやる」と口々に言っていた。だから、一人おかしな奴混じってるんだよな。


「マジで助かったよ天司」


 俺は正門を出て直ぐ、俺を助け出してくれた天司に礼を述べた。


「別に助けたわけじゃないし……。このままじゃ私まで遅刻しちゃうから仕方なく声かけただけぇ」

「まあ、そうだとしても助かったよ。ありがとな」

「ふぅん……じゃあそんなに感謝してるならぁ、私には話してよ。公正くんの女の事」

「お前まで……」


 天司は助けてくれはしたが、美恋についての話を止めたわけではなかった。


「いいじゃない、減るもんでもないしぃ~。……そ・れ・と・も♡公正くんにはぁ、何か言えない理由でもあるのかなぁぁ。私、気になっちゃう☆」

「なんだそのあからさまなポーズは? 胸を寄せるな!」

「もうどこ見てるの! えっち……///」


 小柄な身体に似つかわしくない大きな胸を寄せて前かがみになる。そして、俺の顔を覗き込むように視線を上げ、上目遣いで聞いてきた。

 助けてくれたのはありがたいが、俺は天司のこういう所に、偶にイラッと来る。自演行為というか、そういう打算的なのが好きじゃない。


「あ~、はいはい。素敵なお胸ですこと、おチビさん……」

「んもう! チビって言わないでぇ!」


 天司は自分の身長が低い事を気にしている。だからなのだろうか、唯一と言っていていい身体的長所を遺憾なく使って来るのだ。そんなことが、同じバイトを始めてから日常茶飯事の為、ある程度の耐性と天司を煽るスキルが身に付いたのだ。


「公正くんだって、えっちなこと好きなくせに……。男なんてみんな胸とお尻ばかり見てるんでしょ!」

「なんつう偏見だ。別に間違っちゃいないがそれが全てじゃないだろ?」

「ほら否定しないじゃん……」

「否定はしない。けど、俺はそれが全てじゃないと言ってるんだ。男全員が女の子を好きになるのに胸と尻で選ぶと思うか?」

「……思う」


 あれ? 結構いいこと言ったと思うんだけどな。秒で答えられちゃったよ。


「私モテるんだよぉ……」

「何だ急に」

「でもそれって、きっと私の胸が大きいからだと思うんだよね」

「……」

「何でそこは否定しないのっ‼」

「いや、あながち間違ってないだろ?」

「あぁ、やっぱり私みたいな小さい女なんて、胸がなければ相手にされないんだよ……」

「…………めんどくさっ」

「ねぇ? 今めんどくさいって言った?」

「言ってません」

「い~ましたっ! どうせ私はめんどくさい女代表ですよ! そうですよ!」

「そこまでは言ってないんだが……」


 天司は舌を出して、べーっと俺の事バカにする。

 確かに一緒にいる時のこいつはめんどくさい部分もあるが、何より表情が豊かで、誰とでも仲良くなれて敵を作らない。こいつの良いところはそういった所だと俺は思う。


「そんなに自分を卑下するなよ。天司の良いところはあるさ」


 俺の言葉を聞いた天司は驚いたようにこちらを見た。すると、ニマニマしながら聞き返してきた。この顔をするときは碌なことがない。


「ち、ちなみにぃ、どんなところぉ?☆」

「そうだな……。先ずは可愛いってことだろ。あとは、愛嬌があって誰とでも仲良くなれる……そう社交的! それから、意外と気が利くところ、困ってると助けてくれるところ、あとは……」

「も、もう大丈夫!」

「どうした? まだ途中だが?」

「いいの! もう十分!」


 そう言う天司の顔は、少し朱く見えたが気のせいだろう。天司に限って照れるなんてある訳がない。きっと、夕陽の光が当たってそう見えただけだ。


 それから数分、俺たちはバイト先に到着した。俺たちが働く場所は、学園から少し離れたパスタ専門店だ。内装が綺麗で料理も美味しく、特に女性人気がある店だ。

 俺は店の入口の前で立ち止まり、美恋の連絡先を携帯で探す。そのまま、トークアプリでバイトに行くことを伝えた。


「ねぇ?」

「なんだ?」

「自分で言うのもあれだけど、こ〜んな可愛い子がすぐ横にいるのに、他の女の子とやり取りする!?」

「見てたのか……」

「だって、結局教えてくれないじゃん。公正くんはぁ」

「仕方ないだろ。俺だってよく分かってないんだ」

「どういうこと?」

「……」


 それが説明できれば苦労しないのだが、説明できないから困る。


「ほら、馬鹿なこと言ってないで早く行くぞ」

「待ってたの私なんですけど!」


 天司は俺にツッコミを入れながら後ろから続く。スタッフルームは一つしかないので先に天司が着替え、そのあとに俺は着替えをした。

 ディナータイムは客が増えて忙しい、俺と天司はお互いにホールスタッフだ。働き始めてから3ヶ月も経てば多少の余裕も出てくる。俺達は何一つミスを犯すことなく動いていたのだが……。


「ねぇ、ちょっと公正くん……」

「何だ? 今皿洗いで手が外せない」

「例の彼女、来てるわよ」

「……は?」


 俺は思わず仕事の手が止まった。

 例の彼女って……。どう考えても美恋だよな?

 そんな動きが止まった俺に厨房から声が飛んで来る。


「雛菊君、お皿足りてないから早く持ってきてくれー!」

「はい! 直ぐに持ってきます」


 いやいや、今はそれどこじゃない。しっかり仕事をしろ俺!

 俺は下げられてくる皿を必死に洗った。やっと一段落した頃には30分あまりが経過していた。そこでホールに戻ってみると。奥の席の方に彼女はいた。それはまあ美味しいそうにパスタを頬張っていた。


「……なんでいる?」

「んん! ひみふぁま‼」

「あー、食べながら喋るな」

「んん、んく……公正~!」

「口の周りにソースが付いてるぞ……」

「え? ……ん?」


 美恋は少し考えたかと思うと、おもむろに目を閉じ、顔を俺へと近づけた。

 まさかこれは……。


「俺に拭けって言うんじゃないだろうな?」

「うん」

「自分で拭け」

「え~~」

「え~~じゃない。俺は仕事に戻るからな」


 そう美恋に伝え俺はその場を去った。


「良かったのぉ、あれで?」

「いいんだよ。美恋は甘えすぎなんだ」

「ふぅ~ん。やっぱり、みこちゃんって言うんだぁ」


 天司の言葉にしまったと思った時には遅かった。ニヤニヤとした悪魔的な笑顔は俺と美恋を交互に見ていた。

 誰だこいつのこと天使とか言い始めた奴は!


「てんちょー、お客さんも少ないのでぇ、私と公正くん上がって大丈夫ですかぁ?」

「お前なに勝手に……」


 俺の制止が掛かる前に厨房から「いいぞ。上がってしまえ」と二つ返事で帰って来た。この店の店長というか、うちの男性スタッフは俺以外、天司に激甘なのだ。目に入れても痛くないとか店長は言っていた。


 俺達は挨拶を済ませ、学園の制服に着替える。もちろん着替えは天司が先だ。そして、俺が着替え終わった頃には、天司は美恋のいる席に同席していた。

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