#6 おおかみ少女と昼休み……
「な、なんで……」
昼休み、校門前。俺の目の前には女の子がいた。長い白銀の髪をふわふわ揺らし近づいて来た。その距離は、顎に麦わら帽子のつばが当たりそうになる位近い。
「公正、はいこれ!」
そう言って、美恋が手にしていたものを差し出してくる。それは、小さな布袋だった。
「はいこれ! じゃないだろ。何しに来たんだよ?」
「お弁当渡しに来たんだよ? だってほら、朝は起きて直ぐ家を出たから何も準備してないって思って! あの後作ったんだ!」
「いや、そういう事じゃなくてだな……」
俺はここで、はっとした。今の自分の状況はかなりまずいのではないかと。学園の校門前で、噂になる位の美少女が学園の生徒に弁当を渡している光景なんて、客観的に見ても異常だ。それにさっきの美恋の発言「朝は起きて直ぐ家を出たから何も準備してないって思って!」あれを聞いていた生徒も何人かいるだろう。これは非常に由々しき事態だ。
「と、とりあえず……一度ここを離れないか?」
「うん! わかった!」
素直に同意してくれる美恋を連れて、少し離れた公園へと移動することにした。もちろん、友達は驚いていたが後で説明すると言って、何とかその場は免れた。
そして、公園のベンチに腰掛け、事の経緯というかどうしてここにいるのかを問い質した。
「なあ美恋、なんでここにいるんだ?」
「それはさっき言ったよ? お弁当を……」
「そうじゃなくて! どうして俺に付きまとう? 俺は昨日一日だけ、仕方なく泊めただけだ。しかも、お隣さんだったじゃねぇか! 家に帰りたくないなんて嘘までついて何が目的だ!」
「それも……昨日話したもん……」
そう言うと美恋は俯き黙った。そこである事に気付く。美恋の感情の起伏が一番出るポイントがないことに。
「お、おい……おまえ、尻尾はどうした?」
「尻尾? 今はないよ?」
ますます意味がわからない。昨日見たものは全て幻だったのか? いや、だとしたら目の前にいるこいつは何なんだ!
「尻尾がないって、じゃあ!」
「あっ! 待って、だめぇぇぇ!」
俺は、美恋が抑えるより先に頭の麦わら帽子を外した。美恋は帽子を取り戻そうと勢いよく立ち上がる。そこには、確かに昨日見た耳が付いていた。すると、いきなりワンピースがめくれ上がる。
目の前に、純白のレースが広がった。
「やっ……ちょ、ちょっとぉぉ……パンツ見えちゃうよぉぉ……」
いやもう十分見てしまいました。
パンツを見てしまったと同時に、視界には大きな尻尾が現れた。
「帽子返してぇぇぇぇっ!」
涙ながらに懇願する美恋に、俺は大人しく帽子を返すことにした。美恋は取り戻した帽子を急いで被るとものすごい勢いで辺りを見回す。
「誰にも見られてないよね?」
「ああ、今は誰もいなかったから、パンツの事なら見られてないと思うぞ?」
「ちがうよ! パンツじゃなくて尻尾!」
「ああ~、尻尾ね……」
そうだ、尻尾の事!
「美恋、今のは何だ? どうして尻尾が急に」
「不思議なんだけどね。耳を隠してる時は尻尾が出ないみたい……」
「なんだそれ? いったいどういう原理なんだ?」
「私にもわかんないよぉ……昨日、オオカミ少年の話したでしょ?」
「ああ」
「あの話なんだけど、狼になった少年は人間の姿に戻るの……けど頭に狼の耳、腰には尻尾が生えてた。村に戻った少年は化け物と罵られて、結局、元の生活には戻れなかったんだよ」
美恋は昨日聞いた、呪い、罰を受けた少年の後日談を話す。
「でも、人として生きたい少年は何度も町を転々とするの。それで、何度目かの町で初めて変装したんだって。耳を隠せば何とかなるかもしれない、そう思って少年は帽子を被るの。すると、腰から生えていた尻尾が消えたみたい……っていうのが聞いた話」
にわかには信じ難い話だが、目の前で起きている以上信じるしかない。
「なるほどな、それで帽子か……。ってことはパーカーを着ていたのも?」
「うん。フードを被れば、尻尾が消えるから」
つまり、美恋が外を出歩くには被り物が必須だという事だ。
「何か……おまえも大変だな……」
「ううん……この耳と尻尾があったから……公正と出会えたし」
「出会ったっていうか、おまえが押し掛けたんだけどな」
「……うん! そうかもね!」
「はぁ、で、話を戻すがどうして俺に付きまとう?」
「もう、帰る場所がなくて……」
「嘘をつくな、おおかみ少女。お前の家は俺の隣だろ……」
「実は……アパートの契約が……家賃払えなくて……」
「それも嘘だ! もし本当に家賃が払えないんなら親に相談しろ!」
「やだっ! そんなことしたら連れ戻されちゃうよぉ!」
「じゃあ、どうするんだ?」
「一緒に……」
「何?」
「一緒に暮らそう?」
「はあぁぁぁ⁉」
この子は一体何を言ってるんだ。一つ屋根の下で男女が一緒に過ごすって事、分かって言ってるのか?
「それはダメだ! 昨日も言っただろ。両親に連絡して帰りなさい!」
「やだやだっ!」
駄々をこねる美恋。すると急に何か閃いた様に得意げになる。
「公正……」
「何だ?」
「パンツとブラ」
「? 急になんだ?」
「公正の家に脱いだままだよ?」
……へ? なにそれまずくね?
俺は嫌な予感がして、冷や汗が止まらなかった。そんな俺の顔を見て、勝ったという表情を見せる美恋。
「私、公正に女にされちゃったって、お母さんとお父さんに報告しようかなぁ~」
「な! 何言ってんだ俺は何もしてないぞ!」
「でも、脱いだ下着は公正の家にあって、昨日はお泊りしてるから、実質一緒に寝てるよねぇ?」
「待て待て、冗談だろ……脅す気か?」
「それは、公正次第だよ!」
「……少し考えさせてくれ……」
「だめっ! 今決めて!」
そういうとおもむろに携帯を取り出す美恋。まるで、今すぐ報告しちゃうよとでも言いたげに番号を打ち込む仕草をする。
流石にこのまま、相手の両親に報告されるのはマズすぎる。下手したら俺の家族にまで迷惑がかかる。
くそっ! こうなったら!
「わかった! 家にいてもいい! だから連絡するのは止めろ!」
本当何というか、背に腹は代えられなかった。俺が許したことにより、美恋の表情が、ぱぁっと明るくなった。尻尾があれば、それはもうすごい勢いで振り回しているだろう。
「公正! ありがとう。だいすきっ!」
「ちょ、抱きつくな。あと、大好きとか言うな! 恥ずかしいだろう!」
まったく、この子の距離感はどうなってるんだ? バグってないか?
「そうだ! 公正! お弁当!」
美恋は布袋を取り出す。中には弁当箱が入っている。それを開け、おかずの一つ、卵焼きを箸で掴み俺の口元へと運んで来た。
「自分で食べれる」
俺の言葉に美恋は「食べてくれるの!」と喜び、一回だけとほぼ無理やり、あーんをさせられた。弁当自体は美味しくて直ぐに平らげてしまった。
休み時間も僅かだからと美恋に伝え、戻ろうとした時気付いた。俺は美恋の連絡先を知らなかった。
「美恋、連絡先交換するぞ。また校門の前で待ってると注目されるからな」
「うん。そうだね! んふふ……」
「なんだよ? 何で笑うんだ?」
「だって、律儀だなって」
「うるさい、仕方ないだろ……」
そして、俺達は互いに番号を交換した。この後の事はトークアプリで連絡すると伝え、俺は急いで学園へと戻る。去り際、美恋から声が掛かった。
「きみただー! ありがとーう!」
俺はそんな言葉に軽く手を振り、その場を後にした。
当然と言えば当然だが、学園に戻った後は、同じクラスの奴らからの質問の嵐が俺を襲っていた。どうやら、ほんの一時間にして美恋の存在は鏡之宮学園全体の生徒に知れ渡っていたみたいだ。加えて、その超絶美少女には冴えない彼氏がいるとか何とか……。
誰が冴えないだ……。
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