#5 天使に女神におおかみ少女……
美恋に騙されてから数十分、学園に着いた頃には1限目が終わろうとしていた。
俺が通う、
唯一、近隣の学校と違うことといえば、就職希望者の就職率が100%という所だ。鏡之宮学園は普通科の他に、技能科なるものを用意している。技能科では、様々な分野の職について若いうちから学ぶことができるのだ。
かくいうそんな俺も、この技能科に入るために鏡之宮学園を受験したわけだ。
「遅れてすみません!」
「ん……雛菊。遅かったな、いいから席につけ」
「はい……」
教室のドアを開け、教壇に立っていたのは眼鏡を掛けた綺麗な女性だ。
背中まで伸びた長い黒髪を頭の低い位置で一本に束ねている。切れ長の双眸は少しキツイ印象があるが、それは彼女の視力が悪く、しょっちゅう眉間に皺がよるからだ。綺麗な顔立ちに薄い紅を引いた唇が大人の女性を感じさせる。背は高く、スラッとしたスタイルが教壇では一層映えていた。
「遅かったね? 何かあったの?」
最後尾、窓際から2つ目の自分の席に座ると同時に、隣の席から声をかけられた。
「うん、まあ……ちょっとな」
「ふーん……。言えないんだ?」
「……」
隣の席で意地悪い笑みを浮かべるのは、
栗毛色のショートボブに愛らしい瞳。小さな身体には不釣り合いでは?ともとれる大きく膨らんだ胸。持前の愛嬌は入学初日にして、多くの男子の心を奪った。
「んふふぅ〜……」
「何だ、その笑い方は……」
「女?」
「なっ! そんなわけっ!」
「そこ! 静かにしなさい!」
天司の核心を突いた言葉に思わず俺は席を立ち上がってしまった。そこをすかさず、降幡先生に怒られる。
俺はすみませんと謝った後、再び席につく。
「公正くん、後で話してねぇ〜キラッ☆」
「何がキラッ☆だ……」
天司は、にまにま笑いながら片方の瞳の前でピースを作る。こんなことを平気でやるから、一部の男子は勘違いして玉砕するんだ……。
「最早、天使っていうか……。悪魔っていうか……」
俺はポツリそう溢した。
─キーンコーンカーンコーン─
授業終わりのチャイムが鳴る。
「今日はここまで、雛菊は今から教員室に来なさい」
「…………」
まあ、当然と言えば当然だ。世の中色んな学校がある。もしかしたら、学校をサボったところで何も言われない所もあるかも知れない。けれど、ここはそうじゃない。
降幡先生はそれだけ言い残すと、すぐに教室を出た。
俺は大きな溜息を吐く。これも全部、美恋のせいだと……。
「ねぇ? 公正くん」
「なんだ天司……」
「みこって誰?」
「…… …… ……? 何のことだ?」
なんで、天司は美恋の事を知ってるんだ?
「だから〜、みこってだぁ〜れぇ?」
もう何度目かもわからない、邪悪な笑みを天司は浮かべている。これは、いいおもちゃでも見つけたみたいな、そんな顔をしていた。
「いや、何を言ってるだ? みこって何? 巫女?」
「ふぅ〜〜ん! はぐらかすんだぁ〜〜」
「だから何……」
「今ねぇ、公正くんの口からみこって聴こえたのぉ〜。あの言い方は巫女さんじゃないよねぇ。絶対人の名前だったよ〜」
「そんなわけ無いだろ!」
「必死〜! あ〜や~し〜い〜!」
思わず美恋の名前が口から出ていたみたいだ。昨日あった出来事、あんなこと話せるわけがない。
それに、何処までが本当か分からない、そんな話をして笑いものになるのはゴメンだ!
「あーはいはい。話は終わりだ! これ以上遅れると本気で怒られかねない」
「ん〜〜。はぁ……仕方ないよね……。巴ちゃん怒ると恐いし……」
怒ると怖い相手に対して、日頃から面と向かってちゃん付けしている奴が何を言っているんだ。
俺は、天司の話を遮ると職員室へと向かった。
「雛菊。何故遅刻した?」
教員室では降幡先生が自分の机で待っていた。挨拶も早々に遅刻の理由を問われる。この学園は遅刻に厳しい。普通科はまだしも技能科には特に厳しかった。
「すみません。寝坊してしまって」
「若いうちからそれじゃあ、会社に入っても同じことをするぞ。一人暮らしとアルバイトの件は知っているが、体調管理をすることも大事だ」
「はい、ごもっともです」
降幡先生は遅刻の理由に関して、日頃の疲れと解釈したようだ。だから、体調管理をしっかりしろと、そう言っている。
本当はアルバイトの疲れとかじゃなくて、夜更かししていたせいなんだけどな。そこにプラスするなら……。
何だか良く分からないうちに、耳と尻尾の生えた美少女が家についてきて、裸になって、家出したから泊めてくれって言われて、気付いたら一緒に寝てましたなんて。言えるわけがない! 言ったとしても頭のイカれた奴認定されて終わりだ!
「まあ、まだ初犯だ。今回は許す。だが、二度三度同じような事があれば親御さんに連絡が行くからそのように」
「親に連絡……。はい、わかりました」
「そうか。では、もういいぞ戻りなさい」
失礼しましたと教員室に挨拶をした後、通常通り授業を受け昼休みを迎える。鏡之宮学園には、食堂がない。その代わりか一時間の休憩中、自由に外に出ることが出来る。その為なのだろうか、学園の周りには飲食店が多く存在していた。
「おう公正、飯行こうぜ」
「ああ、わかった」
俺は仲の良い友達と外の飲食店へと向かう。大体毎日こんな生活だ。弁当の食材を変に買ったり、購買でパンを買うよりか、外で食べる方が安いのだ。なんせ、昔から学生を相手にしているからなのか、値段が安く量も多い。そんな店が沢山ある。
昇降口で靴を履き替えていると近くにいた生徒の会話が聞こえる。
「マジでやべぇって超可愛かった!」
「芸能人かな?」
「アイドルでしょ!」
「あんな子と付き合いてぇ~」
「……なんだ?」
靴を履き替え、友達と校舎を出る。するとここからでもわかる位には人だかりが出来ていた。俺は、遠目からそれを見て通り過ぎようとしたのが、その渦中の人物と目が合ってしまった。
「あっ! 公正~!」
「なっ! なんで……⁉」
声の主は人を避けて目の前へと近づいてくる。
麦わら帽子に涼やかなワンピース。腰まで伸びた綺麗な白銀の髪。甘えたような可愛らしい声。そこにいたのは……。
「み、美恋……」
今朝別れたはずの、おおかみ少女がいた。
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