#4 それは耳と尻尾の生えた……④
「ほら、お待たせ」
「うんうん! いい匂い〜」
美恋は早く食べたいといった風に目を輝かせていた。見た目は、どこかの国のお嬢様なんじゃないかってくらい綺麗なのに結構庶民的なのかもしれない。俺はこの子の身体的特徴については言及したが、こんな時間まで出歩いてることについては聞いてなかった。
「なあ?」
「ふぁあにぃ〜?」
「……いや、何でもない。落ち着いて食え……」
「ふぅん!」
何なんだこの子は! 一々可愛すぎるだろ! こんな意味分かんない出逢い方じゃなかったら確実に、速攻で好きになってる!
俺は平常心だと言い聞かせ、元いた場所に座ろうと思ったが、空腹以上に汗の気持ち悪さを感じていた。料理を始めてから跳ねた油が腕について尚気持ちが悪かった。
「悪い美恋、ちょっとシャワー浴びてきていいか? メシは食べてていいから……」
「ふぅん。ふぁふぁった!」
食べながら話すなと言いたいところだが、あんなに美味しそうに食べてくれるんだから、少しくらい目を瞑ろう……。
部屋から洗面所へと向かい中へ入る。そこは、いつもとは違う匂いがした。自分の匂いなんてわからないけど、たしかにいつもと違う柔らかい良い匂いがした。これはきっと美恋の匂いだ!
髪と尻尾をドライヤーで乾かしたときに充満したのだろう。そう納得し、衣服を脱ぎカゴへと入れようとした時とんでもないものが視界に入ってきた。
パンツにブラジャー!?
は? つまり、あいつは今、ノーパンノーブラで俺の服を着ているのか!?
そこには、黒い半袖のパーカーと黒いジャージの長ズボン、薄いピンクの下着が無造作に置いてあった。
「嘘だろ……」
その後俺は、シャワーを浴び、髪を乾かしていたが、下着が頭から離れなかった。下着というより、今、美恋の着ている服の下について、考えが止まらなかった。
髪を乾かし、部屋着に着替えて戻る。その際、美恋の事を変に意識してしまっていた。
あの下、着けてないんだよな……
俺は悟られぬ様に彼女を見る。大きすぎない、けれど大きい胸の隆起がシャツの上から見て取れた。もしかしたらと胸の先の突起を確認した。それはあった。我ながらやっていることは変態だなと思いつつも確認せずにはいられなかった。男ですから!
というわけで美恋はノーブラだった……。
多少興奮したものの、改めて彼女の耳と尻尾を見ると一気に現実へと引き戻される。嬉しそうに尻尾を横にスリスリしていた。
「よいしょっと……」
「お帰り
「ん……さて、俺もメシに……」
……ん? あれ? 2人前くらいは焼きそばもチャーハンも作ったよな? なんで目の前の皿には何一つ残ってないんだ?
「なあ……美恋」
「なあに?」
「おまえ、一人で全部食べたのか……?」
「……食べちゃった」
「食べちゃったかぁ……そうかぁ……って! あの量を一人で食べたのか!」
「美味しくて……つい〜……」
なんて胃袋をしてるんだこの子は!
「ごめんね。公正のぶんまで食べて……」
「まあ、驚いたけど別いいよ……。俺はカップ麺でも食べる……」
最初から怒るとかそんな気はなかったけど、美恋の耳を見てると余計にそんな気もなくなった。見るからにしょげてた。
お湯を沸かしカップ麺に湯を注ぐ。磯のいい香りが漂った。俺はカップラーメンはシーフード派だ。誰がなんと言おうとシーフードだ!
「スンスン……いい匂い……」
「おい……。よだれ出てるぞ……」
「べ、別に食べたいわけじゃないんだから!」
「いや、そんなツンデレのテンプレートみたいな言い方……」
グウゥゥ……。
「はあぁ……」
俺は、情けない、そんな音を聴いて最後のカップ麺を出しお湯を注いだ。
「別にほしいわけじゃないよ!」
「そんな音鳴らして言い訳するのか?」
「言い訳なんて……してない……」
「食べるのか? 食べないのか?」
「食べる!」
「即答かよ……」
ズズーー……ズズーー……。
ラーメンを啜りながら美恋に視線を移す。彼女は一心不乱にラーメンを啜っていた。お互いに食事を終えた後、話の続きを再開する。
「で……美恋はどうして、あんなところで倒れてたんだ? こんな時間まで外にいて親が心配するじゃないのか?」
「あそこにいたのは、外が暑すぎて力尽きたというか……ほら! 私って耳と尻尾があるでしょ? だから人より暑いのに弱いんだよね……」
「ここ最近は異常に暑いからな。それで、家にはいつ帰るんだ?」
「えっと……家は……帰らない……かな?」
「いやいや、そこは帰ってもらわないと困るんだけど! どうして帰らないんだ?」
「でしたの……」
「ん? なんて?」
「家出したの!」
「嘘をつくな……。それは嘘だ。さっきは信じたが、それはきっと違う! 決め付けだけど俺の直感がそう言ってる」
なんでかわからないけど、彼女からは家出をしてきた様な悲壮感は感じられなかった。
「本当だもん……うぅ……グスっ……」
「お、おい泣くなよ」
突然涙する彼女に思わずたじろいてしまう。女の子の涙は卑怯だ……。
子供の頃、泣き虫な子が友達にいたけど、いじめられてよく泣いてた。そんな姿を見ると放っておけなくて、気付いたらいつも一緒にいた。それも、その子が遠くに行ってすっかり忘れていたけど……。この泣き姿は昔のあの子に良く似ている気がした。
「わかったわかった。それで、この後はどうするつもりだ? まさか、家に泊まるわけじゃないよな?」
「ダメなの……?」
「いいわけないだろ!? 女の子が男の部屋で寝泊まりするなんて!」
「私はいいよ! 公正なら!」
「そういう問題じゃなくて……もっとこう、倫理的な何かが……あるんだよ!」
「今日だけ! 今日だけお願い!」
「お、ちょっ! 急に抱きつくなっ!」
ああもう! いい匂いもするし柔らかい感触もするし訳わからん!! こうなったら……。
「聞け、美恋! こんなこと親が知ったら悲しむぞ……。せめて親からの了承を取れ!」
そんなこと出来るわけがないと、このときの俺は高を括っていた。
「!? ……わかった」
「え?」
美恋は洗面所に行き、また部屋へと戻ってきた。その手には携帯が握られていた。
「もしもし、お母さん……。今日は帰らないから……」
「マジかよ……」
「うん……。うん。……やっと…………から。それじゃ」
最後の方は何を話してるか聞き取れなかったな。けど普通に考えてまず……。
「オッケーだって!」
「なんでぇぇぇぇぇ!?」
いやいやいやいや! おかしいだろう! この子の家はどういう教育をしてるんだ! 放任主義にしたって限度があるだろ!
「公正……
「何だ末永くって! 今日だけだろ!」
変な言い回しをするな……ドキドキするだろ!
「それじゃあ、よろしくね公正!」
「……」
それから数十分。悩み悩んで……今に至る。
短い時間だったが甘やかしすぎたのだろうか、美恋は駄々をこねるようになっていた。甘えていると言ってもいいのかもしれない。
「よくよく考えたら、明日は学校じゃないか……。そろそろ寝るぞ……」
最早、疲れが選考して深く考えることを放棄していた。明日のことは明日の自分に任せればいい。
「俺は床で寝るから、美恋はベッドを使うといいよ」
「……一緒に寝ればいいのに?」
「バカ……! そんなわけにいくか……。もう疲れた寝る」
俺はそう告げ部屋の電気を消した。超絶美少女が家にいるというのに、どうか夢であってくれという淡い期待が微かにあった。そして意識は沈むように消えた。
翌朝、起きた俺は絶句した。時計の時刻はゆうに予鈴が鳴る時間を超えていた。
「ありえねぇ! やばいやばいやばい!」
「どう……したにょ……」
「!?」
眠そうに起き上がる美恋を見て、昨日の事が夢ではなかったと痛感した。だが今はそんなことより!
「美恋! 起きたな丁度いい、俺は今すぐ学校に行かなくちゃいけない。だから直ぐに支度をして帰るんだ!」
「へ?……ふぅん……」
間抜けな声を出す美恋に早く早くと急かす俺。
「美恋、家は遠いのか?」
「うん……
「よし、なら服はこれとこれだ」
俺は外を歩いても恥ずかしくない服を適当に見繕う。といっても上から羽織れる薄いパーカーだ。
「よし行くぞ! 途中までなら送ってやるから」
「うん……」
急いで玄関を出て階段に向かう。しかし、美恋がついて来ない。何をしてるんだ? 俺はその場で振り返る。
「公正〜……。また、あとでねぇ~……」
そういう彼女は俺の隣の部屋の鍵を開けていた。ドアノブに手を掛け開ける。
……嘘だろ……。
「また、ご飯一緒に食べよ!」
朝の光を浴びて、白い白銀とも取れる長い髪はより美しさを増していた。こちらに向ける笑顔もピンと立った耳も、腰から生えた大きな尻尾もその全てが眩しくて……。今までで1番可愛く見えた。
そんな大きな尻尾がアパートの中へと吸い込まれていくと同時に思い出す……。
「……! あの嘘つきがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
これまでの会話、何を信じて、何を疑えばいいのか……。俺は全く分からなくなった。
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