#3 それは耳と尻尾の生えた……③
ドアにもたれ掛かってから数分。後ろからドアを開けようとする圧力を感じた。洗面所を挟んだ風呂場からシャワーの音が絶えず聞こえていたが、それも途絶えて直ぐの事だった。
俺は悩んだ、このままドアを開けて良いものだろうか? 実際不法侵入されているわけで警察に連絡した方が良いのではないか? なんて色々考えていると……。
「ねえ……そこにいるの? ドアが開かないんだけど?」
背中側から聞こえてくる声は、自販機横で聞いた弱々しいものとは打って変わっていた。
ガチャガチャとドアノブを上下して後ろから押してくる。初めこそガチャガチャとしていたが数秒するとドンドンと激しく叩くようになった。俺は思わず恐怖で飛びのいてしまった。すると、開閉の妨げとなっていた力を失くしたドアは力強く開いた。
「ちょっと‼ どうして閉じ込めるの!」
「ちょっ! おまっ……は?」
理解が出来なった。もちろん、目の前には長い白銀の髪、抜群のプロポーションを持った超絶美少女が……全裸でいた。だがそれ以上に、普通とは呼べないものが彼女にはあったからだ。
「な、なな、なんだよそれ!」
俺は訳分からず彼女のそれを指差して叫んだ。
「ん? 尻尾じゃない?」
尻尾じゃない? ……そんな軽く言える事じゃないだろう!
彼女にあった普通とは呼べないもの。それは、尻尾であった。それだけじゃない、頭部には髪と一緒に獣のような大きな耳が付いていた。
「……」
「ねえ、ドライヤーは? 髪と尻尾乾かしたい……」
ああ、マジで理解が追い付かねえ……。何で全裸美少女に、獣の耳と尻尾が付いてるんだ。
「ちょっと聞いてるの⁉」
「そんな恰好で近づくな!」
「え? どうして?」
「どうしてって、裸だろ……。服を着てくれ!」
俺は、彼女を直視できなくて視線を逸らしながらそう伝えた。彼女は「わかった」と洗面所へと戻りドアを閉めた。
「あっ、ドライヤーは?」
「洗面台の引き出し!」
また出てこようとする彼女に俺は強く言った。
それから十数分。
ドライヤーの音が止むと再びドアが開く。
「ふぅー。さっぱりしたぁ」
「待て待て待て! どうして裸のままなんだっ!」
「だって服ないもん?」
「ないわけないだろ! さっきまで着てたじゃないか!」
「えぇ~⁉ 嫌だよ! 汗でベタベタだもん!」
汗で汚れた服を着たくないと無理やり出ようとする彼女を俺は必死に止めた。
「わかった! 今服を用意するから大人しくしろ!」
俺は勢いのままドアを閉め、急いで服を用意する。とりあえずシャツと短パンでいいだろう。渡すものを用意してから僅かにドアを開け、隙間から手渡した。
それから更に数秒後。ふわふわした腰まである長い髪、尻尾を揺らし彼女は現れた。風呂上りな事もあり彼女の顔は仄かに赤かった。そのあまりの可愛さに思わず心臓がドキドキしたが、それどころではないと直ぐ平常心を取り戻す様に努めた。
「とりあえず、こっちに来てくれ」
俺の案内に、彼女は反発することなく従う。俺は自分の部屋、といっても自宅自体が部屋なわけだが、そこの中心に置いてあるテーブルの前に座らせた。
静かに、脚を崩した座り方をする彼女を見て、改めて綺麗でかわいい子だと思った。自分で言うのもなんだが、大きめのサイズのシャツに長い脚が見える短パン。これはとても、健全な一高校生には刺激が強いだろうと思った。
「すぅぅぅ……はあぁぁぁ……。単刀直入に聞くけど、君はなんなんだ?」
「何なんだと言われても、
「……話にならない。そういうことを聞いてるんじゃない。どうして家までついて来たんだ? 目的は何だ?」
「目的?」
彼女、美恋は少し考える様にして笑顔でこう言った。
「あなたに恋しちゃったからでしょうか⁉」
「は? 何言ってるんだ?」
「いえいえ、だから恋ですよ! 知りませんか? 私の名前、美しい恋って書いて(みこ)っていうんですけど、その恋です!」
自信満々に目的を語る美恋の尻尾は大きく横に振れていた。犬みたいだった。
「はあ……俺だって恋くらいわかる。じゃあ何で俺なんだ? どうして押し掛けた?」
「ん~……。それはもう本能ですね! あとは、助けてくれたからです! 嬉しかったです!」
「本能って……」
そこで俺は、ずっと気になっていた。一番気になっていた事を美恋に問う。
「なあ、その耳と尻尾って本物?」
「気になりますか?」
そりゃ気になるだろう。正直、美少女の全裸がどうでもよくなる位には気になるぞ!
「おほん! この耳と尻尾は……」
「この耳と尻尾は?」
「本物です! 触ってみますか?」
「ん、あ、ああ……。いいのか?」
「もちろんです。特別です!」
「じゃあ、失礼を……」
ふわっふわっ……。さらさら……。もふもふっ……。
なんだこれ! めちゃくちゃ気持ちいい!
もふもふ…もっふもっふ……
「んっ……ぁっ!ふ…ぅん……。あのぅ……そろそりょぅ……」
「あっ! ご、ごめん! つい……」
「い、いえ……いいんです。気持ちよかったです……」
なんていう声を出すんだ! そういえば、炭酸水を一気飲みした時もこんな感じで……。あー、片づけるの忘れてた。玄関に置いたままだ……。
「んん! 本物みたいだな……。なら君は一体何者なんだ? 妖怪?」
軽く咳払いをして、本題へと話を戻す。君は妖怪か?なんて聞いておいて実際に妖怪だったらどうするんだ。なんてことはこの際もうどうでもいい。
「あのぅ、その前にお名前を聞いてもいいですか?」
「ああ、そうだな。まだ、名乗ってなかった。俺は、
「公正……素敵です!」
なぜかうっとりする美恋。だが直ぐに俺を見つめ
「公正はオオカミ少年の話知ってますか?」
「詳しくはないけど、多分。嘘をついた少年が周りから信用を無くして、最後は誰も信じてくれなくなった挙句に、悲惨な目に遭う話だったか?」
「はい、そうです。少年は大事な時に信じてもらえず、羊ともども食べられてしまう。後から来た大人たちはそんな惨状を目の当たりにします」
「その話と耳と尻尾に何の関係が……。作り話だろ?」
「違います。これは本当に起きた出来事です。ただ少し話が異なるんです」
「どう違うんだ?」
「結末が、違います。大人が来た頃には何も残っていませんでした。しかし、そこには一匹の狼がいたんです。それは、少年でした。誰からも信じてもらえず、最後は無残に死を待つだけ……そんな少年は神様に願いました」
『どうか、助けて下さい。どんな呪いでも罰でも受けます。だから、命だけは……』
「そう願った少年は、狼の群れが去る最後まで襲われることはありませんでした……。しかし、大人たちがやって来て、少年を見て石を投げます。その中には実の両親もいました。少年は耐えられず、その場を後にします。森の中へと逃げた少年は気づきます。あまりにも足が速いことに。そして湖に自分の顔を映すのです……。そこに映った姿は、家畜を襲った狼そのものだったんです」
そこまで話すと美恋は一息ついて……。
「その狼さん、少年の子孫が私というわけです……」
「……」
「信じられないですよね。こんな話……。嘘です! この尻尾と耳も偽物です! 公正に近付いたのだって……」
「信じるよ」
信じる。その言葉を聞いた美恋は驚いた表情を見せる。
だって、そんなの、今にも泣きそうな顔で「嘘です」と言われて、彼女を信じてあげられない程、俺は女々しくいたくない! たとえそれが嘘だっとしても今だけは本気で信じようとそう思った。
「ありがとう……公正」
美恋は嬉しそうな顔でそう言った。次の瞬間、ぐぅぅっと鈍い音が響く。
「お腹空いてるのか?」
「えっと、ちょっと緊張したので……」
「わかった! 話の続きはメシを食べてからにしよう。俺も腹減ってるしな」
「いいんですか? ごはんまでいただいて?」
「いいよ、気にしなくて。簡単なものしか作れないし味も保証しないけど、それでもいいか?」
「はい! もちろんです!」
輝くばかりの彼女の表情に思わず口元が緩んでしまう。そんな彼女を見ると、先ほどまで
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