第六十四話 あの状態

 「フレイ、よくここまで来たな」


「フローラこそ、随分と余裕そうだね」


 フレイとフローラ、両者は競技場中央で互いに顔を見合わせている。


「余裕か。確かにそうかもしれないな。君は出させてくれるのだろう? 私の本気を」


 普段とは違ったするどい眼光に気圧されそうになりながらも、フレイが言葉を返す。


「そうだよ。その上でおれはあなたに勝ちに来た」


「! ほう、良い顔だ。楽しみにしているぞ」


 フローラが今大会で初めて見せた機体の表情。肩から羽織る“王”に相応しきマントをバサッとなびかせ、フローラはきびすを返して指定位置に向かう。フレイも彼女の姿を確認した後に決められた位置へとついた。


『それではこれより、“闘技大会”最終試合を始めます!』


――わああああ!!


 フローラは声援に応えるように観衆に手を上げているが、フレイには声援は聞こえていない。目の前のただ一人の相手に集中しているのみ。


『両者、はじめっ!』


 開始と同時にフローラは剣を抜く。華奢きゃしゃで美麗な彼女には似合わぬ、太く大きな純白の大剣だ。様々な叡智が集まるこのリベルタ叡学園においても、これほどの剣はほとんど目にすることが無い。

 対するフレイはテオスより授かりし直剣『神授剣』。フレイ自身、十分に扱えているかと言えばそうではないが、剣の性能では決して負けていない。


「うおおおお!」

「はああああ!」


 周囲に凄まじい風圧を起こしながら、両者が激しくぶつかり合う。この中でフレイは背中側から魔法を放つ。



上位神権術 “風魔法”<大竜巻>



 今前に出しても意味のない魔法を逆噴射の要領で後方に放つことで、フローラを押し出そうとする。が、


「まだまだ弱いぞ、フレイ!」


「――ッ!」


 彼女に魔法も使わず弾かれ、押し返されてしまう。


「ハァ……、!」


 自身が今のたった一度の攻防だけで息が切れそうになっていることに驚くフレイ。剣以上に彼女と対峙するプレッシャーに心身を削られているのだ。フレイからしてみれば、遥か上の崖から見下ろされているような気分だ。


「これが……」


 フレイが思わず身震いをする。それは恐怖か、武者震いか、あるいは両方か。


(剣じゃどう足掻あがいても勝てない。唯一勝てるとすれば――)


 フレイは左手を構える。


「ほう、そうゆうことなら私も付き合うぞ」


(魔法しかない!)


 バチッ、バチッ。フレイの左手の先から稲光いなびかりのようなものが発する。



上位神権術 <電撃魔法>“轟雷ごうらい



 習得して一度使って以降、危険すぎるがために封印していた魔法だ。フレイの前で出来上がる雷の巨大な矢が、反動と共に一直線にフローラに向けて放たれる。


「中々のものだな」


<王撃魔法>“覇道”


 フローラの左手から放たれるは、紫に光る大きな波動。フレイの放った雷の矢と相殺し合い、大爆発を起こす。


「フレイ、君の力はそんなものはないだろう」


 爆発後の煙の中から一歩ずつフレイの元へ歩いて寄るフローラ。


「私に、君の“調和の炎”を見せてくれ」


「! どこでそれを」


「私の情報網をなめるなよ」


 フレイは調和の炎をなるべく使わないようにしていた。相手に当ててしまえば、橙の炎はその者の体内の炎を調和し、魔法が使えなくおそれがあるからだ。

 最近ではエルジオの本気の一発を消すためだけに使用したのみ。


「これは本当に危険なんだ。あなたには使えない!」


「本気でくるのではなかったのか!」


「ぐぁッ――!」


 フローラの、瞬間移動さながらの踏み込みからの蹴りがモロに入る。この場では“友人”という間柄は無意味。フローラはただ本気のバトルを望んでいる。


「それならば、引き出すまで」


 言葉ではフレイの調和の炎を引き出すことが出来ないと考えたのか、右手に持つ大剣をその場に突き差し、魔法の構えを取る。


「君が持つ橙の炎。私も聞いたことは無いが、私のもまたなんだ」


 胸の前で両手から浮かび上がるは色の炎。


「むら、さき?」


「そうだ。私の炎は紫色。攻撃系統を適正とする青色、強化系統を適正とする赤色の混色。つまり、私は攻撃系統・強化系統を適正に持つ」


 その言葉を体現するように、フローラは灯した紫の炎をその身にまとった。


<王装魔法>“皇帝の加護インペリアル・プロテクション” 


 フローラの全身が紫色に光る。その姿はまるで、フレイが橙の炎をまとった時のようだ。


(<王撃魔法>と<王装魔法>。見るからに最強クラスの攻撃系統魔法と強化系統魔法だ。これは――)


「これでもダメか!」


 ガキンッ! という音と激しい火花を散らし、再び大剣を持ったフローラとフレイの剣が交わる。だが当然、フレイが押し負ける。


「ハァ、ハァ……」


「これでも君が調和の炎を出さないのなら、本気で見損なうぞ」


 四メートルほど離れたところから大剣をフレイに向けるフローラ。距離は離れているが、その気になれば一瞬で斬れるという意思表示。ここはすでに彼女の間合いなのだろう。


「後悔しても……知りませんよ?」


「ようやくか」


 フレイは考えていた。もう一度ファントムのような、もしくはそれ以上の敵と戦うことになった時、自分はどう立ち向かえばよいのだろうと。

 そしてそれは、あまり長く考えるまでもなく答えは自ずと出た。フレイが一番強い状態は間違いなくファントムと一対一で戦った時のもの。それをどうすればリスクを減らし、さらに長時間戦えるか必死に考えた。フレイが出した答えは、



上位神権術 <強化魔法>“絶炎化”


中位神権術 <回復魔法>“精霊の加護”、“生命力促進”



 <強化魔法>でも習得が最も難しい一つとされる“絶炎化”、つまり炎を通さない体質にする魔法の習得。さらに<回復魔法>も最小限のものに抑え、炎の消費量を抑える。これで、調和の炎を自らに安全にまとうことが出来る。

 

「それが、橙の、調和の炎か……」


 普段魔法に関しても自分より上位のものを見る機会のないフローラは、フレイの姿をみて驚きを隠せない。


「これがおれの本気だ、フローラ」


 橙の調和の炎を周りにまとい、見るのさえ眩しいような閃光を放っているフレイ。

 なお、これはエルジオや他の生徒相手には使う事が出来なかった。相手が強くない限りは、炎が使えなくなるという深刻なダメージを追わせてしまうからだ。


「フレイ! やっぱり君を選んで良かった!」


 フローラが最近では見せた事のない、嬉しさをこらえきれない表情を見せる。彼女にとって通過点でしかなかったこの叡学園で、彼女と渡り合えるかもしれない少年がいたのだ。


「これを出したからには負けるわけにはいかない。これがおれの全力だ!」

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ノスタルジア・メモリア むらくも航 @gekiotiwking

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