第六十三話 高い壁

 「おらおらどうした! いつもの威勢は!」


 エルジオは両手をジャブのような早打ちで<渾身魔法>“勇敢な拳フォルティス・クラーク”をフレイに向けて乱打する。まるで嵐のような風圧のラッシュ。フレイも思うように近付けない。


『おおっと、これは予想外の展開だ! フレイツェルト・ユング選手がエルジオ選手に押されています! エルジオ選手も最近になって高等科へ上がってきたばかりですが、この実力は認めるべきでしょう!』


――わああああ!!


 会場内も予想外の展開に一気に盛り上がりを見せる。


「エルジオ、なんかハイになってないかしら?」


「気持ちが良いんじゃないかな。最近までずっと力を封印してたわけだし」


 観客席で見守るラフィ・ベルナ・クラフもこの展開には少し驚きを見せる。


「これじゃフレイ君近付けないんじゃ……。このままじゃ、あの圧に押されてフレイ君場外で負けちゃうよ」


「いや」


 先程から怖いぐらいに二人の戦闘を観察するベルナ。


「やっぱりフレっちは冷静だね」


 彼女はフレイの意思を読み取る。





(……十、十一、十二、そろそろか?)


「ハァ、ハァ」


 エルジオは明らかに疲労を見せる。それもそのはず、ジャブとはいえただでさえ負担の大きい魔法を連発しているのだ。疲労しないわけがない。


(ここだな)



低位神権術 <強化魔法>“身体強化”


中位神権術 <強化魔法>“跳躍脚”


上位神権術 <風魔法>“風神の加護”



 フレイは瞬時に三つの魔法を展開、先程風圧でき消された強化を自身にかける。


(今のおれの中で最も効率の良い強化だ)


「!」


 疲労が溜まり、放つ魔法の間隔が長くなっているエルジオの攻撃をくぐり抜け、距離を詰める。遠くから魔法を放ってもエルジオの魔法で搔き消されるのみだからだ。


「エルジオ!」


「それでこそだぜ! フレイ!」


 一気にエルジオとの距離を詰めたフレイは、前方に魔法を構える。 

 


上位神権術 <火炎魔法>“紅爆炎波プロミネンス・フレイム・ノヴァ”+<電撃魔法>“螺旋雷スパイラル・サンダー

中位神権術  <風魔法> “大竜巻”

 


 単発ならば自身の最大威力を持つ火炎の魔法に、周りを走る雷をまとわせて威力を底上げする。さらに風の魔法で速度を上げれば、現状フレイの中で一番の威力を誇る合わせ技が完成する。

 しかし、


「合わせ技はお前の専売特許じゃねえぜ!」



<渾身魔法>“勇敢な拳フォルティス・クラーク+<水魔法>奔流刃タレント・ラミナ



「“勇敢な水刃拳フォルティス・クラーク・スプラッシュ”」


 エルジオは自身の為、兄の意志を継いだ<水魔法>と一度決別したが、自身の<渾身魔法>と組み合わせることでもう一度向き合った。

 それが<渾身魔法>と<水魔法>、まさにエルジオと亡き兄の合わせ技だ。


 二つの強大な魔法が激しくぶつかり合う。エルジオの<水魔法>は強力ではないが、<渾身魔法>の威力を上げるという役目だけなら十分である。


「「うおおおお!!」」


 二人は魔法を放出し続け、一進一退の均衡状態。

 そしてやがて、大爆発と共に相殺し合った。


「ぐうぁ!」


 衝撃に押され、あやうく場外へと落ちそうになるエルジオ。そこを狙っていたかのように現れるのがフレイだ。だが、


「わかってたぜ」


「!」


 右腕で合わせ技を放った時、エルジオはすでに左腕で次の分の魔法を貯めていた。

 「自分が先にガス欠を起こし、そこをフレイが突いてくる」、フレイをずっと隣で見てきたエルジオだからこそ、フレイならこうくるだろうと分かっていた。

 、この最後の一発で決めるつもりだったのだ。


「これがおれの最後だあああ!」


 その魔法の名の通り、渾身の一振り。

 ここ一番で最大火力を見せるエルジオの<渾身魔法>は、フレイのだいだいの炎の前で消えさった。


「え――?」


 エルジオは振り切った腕ではフレイの攻撃に反応できず、そのまま場外へ。


『エルジオ選手、場外! 勝者フレイツェルト・ユング選手!』


――わああああ!!


 会場が今日一の盛り上がりを見せる。人気で言えばまだフローラには劣るフレイだが、フローラの試合は彼女が圧倒的過ぎたゆえに観客のボルテージはそこまで上がらなかった。この大歓声は、エルジオが大健闘をした結果とも言えるだろう。


「エルジオ」


 フレイは場外でへたり込むエルジオに手を伸ばす。


「強かった。ありがとう」


 少し呆然状態となってしまったエルジオだが、ようやく自分が負けたという事実を受け入れる。


「……ははっ、悔しいな。オレだって、本気だったんだぜ」


 エルジオは健闘したと思いたいが、最後の一瞬の橙の炎にとてつもなく高い壁を感じていた。


「またやろう、エルジオ」


「ああっ! 今度は負けねえ!」


 熱い男の友情に会場は盛り上がりを増すばかりだ。





「……ぐすっ」


「クラフっち!? 泣いてる!?」


 友人同士の熱い戦いに、観客席で抑えきれず涙を流すクラフ。そしてそれは、


「……ずっ」


「ラフィっちも!?」


 ラフィも同様だった。


(フレイツェルト、エルジオ。かっこよかったわよ)


 



◇◇◇





『さてみなさん、リベルタ叡学園祭の大目玉“闘技大会”も残すところあと一試合となりました。盛り上がっていますかー?』


――わああああ!!


 外からは同じ大会とは思えないほど、一・二・三回戦とはまるで大きさの違う歓声が聞こえる。……決勝戦だもんな。


 フローラに呼ばれて彼女と出会い、友達になって、戦うことを誓ってから半年。ついにここまで来た。叡学園の頂点。

 二・三回戦の様子は見ていた。圧倒的だった。それでも、おれには分かる。彼女は全く本気を出していない。底が見えない。当のおれは、そんな本気を出していない彼女にも勝てるか怪しい。

 いつ以来だろう、ワクワクよりのは。ファントム戦以来か? 叡学園では長らく味わってない感覚だな。

 友達としてはフローラはとても良い人だ。綺麗で、実は寂しがり屋で、全力で女子会を楽しんで。だが、戦闘の時の彼女には畏怖すら覚える。

 おれは、勝てるのか? いや、そもそも勝負になるのか……?


「フレイツェルト・ユング選手。お時間です」


 分からない。でも、この時を彼女はずっと楽しみにしてくれていた。それなら、こちらも全力を以て挑むのが礼儀だ。


「はい」


 フローラ。おれはあなたに勝つ!

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