第六十二話 いきなり
「はあ~、ラルム先生の研究発表、良かったよ~」
「おいおい、クラフっち。溶けそうになってますぜ」
「いやあ本当だよ。この研究が見れたら僕はもう思い残すことはないよ」
「にゃはは、相変わらずだねえ。死ぬのはさすがにまずいけど」
クラフとベルナ、二人は憧れでありファンでもある先生の研究発表に大満足のようだ。普段公に発表される機会が多くない叡学園の研究成果を見られるのは、座学が大好きな者にとっては夢のようである。それは、たとえいつも探求でとっている先生のものだとしてもだ。
「そうだなあ、次はあの先生のところも行きたいなあ。あとは――」
研究オタクのハイテンションを発動し、暴走状態になっているクラフの肩に手で待ったをかけるベルナ。
「クラフっち。もうすぐ時間だよ?」
ベルナの言葉で我に返ったクラフは、ようやく夢の世界から帰って来たようだ。
「そうだった! もうすぐ始まるんだった“闘技大会”! 急がなきゃ!」
クラフは思い出したかのようにたっと走り出す。
「もー、誰のせいで遅れたか分かってるのかなあ。ま、二人きりで楽しめたのは良かった……けどさっ」
そんなクラフの後方で、ベルナは珍しく少し顔を赤らめて独り言を発していた。
「ベルナー? 行くよー?」
「もう、わかってるよ」
ベルナはクラフに続いて走り出す。
今日はリベルタ叡学園祭二日目。一番の目玉“闘技大会”が開かれる日である。
★
「すう、はあ」
手が震えている。緊張しているのか、武者震いか、自分でも分からない。それでも、楽しみなことに変わりはない。
“闘技大会”。高等科以上の者のみが出場出来る、一年に一回の
今回出場を表明したのは八名。フローラはトーナメントの一番左、一番右のくじを引いたおれとは決勝で当たる。
二回戦、三回戦の相手は誰か勝ち上がってきても知らない人だ。いずれも博等科だったからここはただ全力でやるしかない。問題は一回戦。まさか、
「いきなりエルジオとはな」
今までエルジオが兄の意志を継いで使ってきた<水魔法>には、はっきり言って負ける気がしない。だが、あの<渾身魔法>だけは未知数だ。試験で直に見てきたが実際に受けたことはない。魔法の威力だけならおれよりも上だと思う。どうするかな。
「フレイツェルト・ユング選手、入場をお願いします」
控室の扉が開き、係の人に案内される。おれの試合は第四試合なのに、早いな。
「準備はよろしいですか? ご自身のタイミングで入場をお願いします」
「はい」
競技場へ続く通路で体を伸ばし、緊張を和らげる。
「ふう……」
いくぞ。
★
『それでは第四試合。フレイツェルト・ユング対エルジオの試合を行います!』
――わああああ!!
「うわあ、すごい歓声」
「フレっちも有名人だもんねー。私はエルっちにも頑張ってほしいけど!」
「そうね。でも……もー! どうして二人が一回戦で当たるのよー!」
不満を漏らしているのは観客席のラフィだ。当然、隣にはクラフとベルナ。彼らもこの試合を見届けるつもりだ。
「くじ引きなんだからしょうがないよ」
「そうだけど! そうじゃなくて!」
(フレイツェルトを応援したいのに、エルジオが相手じゃそうもいかないじゃない!)
友達思いがゆえに、フレイだけを応援するということは出来ないラフィ。
「ベルナはどう? どっちが勝つと思う?」
「うーん、わかんないね。前のエルっちはともかく、今のエルっちは
いつもの、のほほんとした目付きとは一風違った、戦闘時のような目付きで競技場を眺めるベルナ。普段あまり表に出さないとはいえ、彼女もまた高等科なら誰しもが持つ闘争心を持つ者だ。前の試験で同じ
「どっちも出てきたわね。始まるわよ、
『それでは両選手が出揃ったところで、お手元の投票ボタンをお願いします!」
投票とは、この闘技大会をさらに盛り上げるために導入されている“勝敗予想”だ。観客席で試合を観戦する者は、各々に配られたボタンで今から始まる試合でどちらが勝つかを予想する。なお、投票結果は開始直前に開示されるが、それは観客席の中からランダムに抽出された十名のみが反映される。試合を行う者への配慮だ。
「投票ね。ま、フローラさんの試合と同じでフレイが十でおれが0だろうな」
「それは分からないよ」
競技場の中央で握手を交わすフレイとエルジオが話している。試合は投票結果が開示された後、司会の合図でスタートとなる。
『結果が出ました! こちらです!』
競技場上部に位置するスクリーンにランダムな観客席十名の投票結果が映し出される。
『フレイツェルト・ユング選手九票、エルジオ選手一票です!』
おおおお、と競技場内がどよめく。
「そんなことなかっただろ?」
「ハッ、誰かは知らねえが、これは期待に応えないとな」
スクリーンから目の前へ、二人は再び視線を交差させる。
「全力でこいよ、エルジオ」
「ああ。オレはお前を倒すぜ、フレイ!」
その言葉を皮切りに両者はスタート位置、競技場内の端へと移動する。
『準備が整いました。それでは第四試合、フレイツェルト・ユング選手対エルジオ選手、スタートです!』
フレイは開始と同時に剣を抜き、自身に幾つもの強化を施す魔法をかける。
だが、その隙にエルジオはいきなり最大溜めの拳をぶっ放した。拳の風圧は競技場内の端から端、フレイのところまで優に届く。
「――ぐぅっ!!」
「もたもたしてると決めちまうぜ? フレイ」
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