第六十一話 開会と

 朝早くから彩り豊かな魔法花火が敷地内中に鳴り響く。


『これより、第〇〇回リベルタ叡学園祭を開会します』


 開会宣言と共に開かれた叡学園祭は。朝早くにも関わらずその花火に負けないぐらいの大盛況で、すでにあちこちが賑わっている。それもそのはず、今やヴァレアス帝国の最も栄えた都市“ソミシア”にも負けぬほどのこの叡学園内が、一年で一番盛り上がるのがこの二日間なのだ。


 出店・催し物にはリベルタ中からはもちろん、そのソミシアや海を越えた国のものまで目にすることが出来る。これは商業的な面もあるが、他国からこの叡学園にわざわざ足を運ぶ理由は他にもいくつかある。

 この叡学園祭では、ただ祭りを楽しみに来た者もいれば、大陸最高峰の教育機関である本校の学術的側面を見にきた者も少なからず存在する。

 叡学園祭では出店・催し物の他にも、魔法や武器・魔道具に関するものなど、他にも様々な研究発表や最先端をいく技術などが公表される貴重な機会だからである。


 そういった意味も含め、リベルタ叡学園祭はこの大陸で最も盛り上がる二日間といっても過言ではないだろう。





 そして、ここにも叡学園祭を楽しむ一行がいる。彼らは今回が初めてだという少年に案内しながら、朝早くからこの祭りを楽しんでいるようだ。


「本当に想像以上だよ。準備しているのは見えていたけど本番になってこんなに盛り上がるとは」


「これだけは何回見ても慣れないよねえ。特に今回が初めてのフレっちは驚くでしょ」


 フレイ・クラフ・ラフィ・ベルナ・エルジオのいつメンだ。フレイは諦め半分ながらもフローラとピオニーさんを誘ったが、案の定断られてしまった。フローラがこんな人前に姿を現せば、それこそ何時間も進めない事態となってしまう。彼女たちは彼女たちなりに楽しむという。


「てゆうかあんた、よくのんびりしてられるわね。明日、“闘技大会”でしょ?」


「いやいや、せっかくの祭りなんだからよお、楽しまねえと! なあ、フレイ!」


「うん、おれもそう思うよ。今から準備しててもあまり変わらないと思うし」


 あんた、そう言ったのはラフィだ。

 なんとフレイに加えて、エルジオも二日目の闘技大会に参加を表明したのだ。高等科試験で吹っ切れたエルジオは以前にも増して闘争心が高まっている。


「いきなりフレイと当たっても負けねえぜ!」


「望むところだよ!」


 エルジオの胸元できらりと光るペンダント。フレイは「捨ててくれ」と言われたが試験の後にきっちりと返した。エルジオは亡くなった兄との向き合い方をもう一度よく考え、その上で自身の<強化魔法>を使っていくことを決めた。


「明日が楽しみだなあ」


 そんなことを言いつつも、少しそわそわした様子のクラフにフレイが声をかける、


「クラフ、なにかあった?」


「え、あれ、バレてた? 実はね、午後から僕の大ファンの先生が研究発表を行うんだよ! それがどうしても待ちきれなくて!」


 たまに発動するクラフのハイテンションだ。それにはベルナも激しく同意する。


「ねー、ほんと楽しみっ! 私もお世話になってる先生なんだー」


「じゃあ、午後から二人はそっちに?」


「うん、そのつもりー」


 ベルナは彼女より少し背の高いクラフの肩をぽんぽんと叩く。


「え、やっぱり本当に二人で行くの? でも、それじゃまるで……デ、デー……」


「なんだよ、良いって言ったじゃんかあ」


 他三人はなんとなく雰囲気を察する。そして、その中にも空気の読める男が一人。


「んー、じゃオレも午後からは単独行動な! ちょうど行きてえとこあんだよ!」


 エルジオだ。


「午後からは二人で楽しんできな! フレイ、ラフィ!」


「えっ?」


 フレイは突然のエルジオの言葉にラフィを覗き見る。


「な、なによ。わたしは別にあんたが嫌じゃなければ……いいけど」


 顔を若干赤らめ、左人差し指でピンクの髪をくるくるさせながらラフィが答える。


「う、うん。おれも別にいいけど……」


(((もどかしいなあ)))


 フレイとラフィをそんな目で見つめる三人であった。




◇◇◇





「時間までまだちょっとあるし、周りを見てこようかな」


 お昼を五人で済ませた後、クラフとベルナ、エルジオは各々の行きたい場所へ向かって行った。おれはラフィと一時間後に待ち合わせという形になったので、少しぶらぶらして回る。ベルナに言わせれば「お化粧直しの時間も必要だぞ」だそうだ。


「ほんと、この辺りまでびっしりだなあ」


 人の渋滞をある程度コントロールするため、出店・催し物を出しても良い範囲は決められている。寮の周りは一定の区画が禁止エリアになっているが、そのギリギリまで店が並んでいる。


「ん?」


 ふと、その中に見た事のある暗めの茶髪をした人が通り過ぎていったような気がする。

 おれの足は自然に動いた。


「まって!」


 ちょうど視界から消えていくように歩いていった人を必死に追いかける。そこまで遠くは行っていないはずだ。だけど、人混みに捕まって中々思ったように進めない。

 そんな中でその人はすいすいと避けていくように見えた。……さすがだ。


「セネカ!」


 出店通りから一つ外れた横道、やっと追いついた背中は見間違えるはずもなく。


「フレイか。久しぶりだな。ワタシがお前の顔を見れればそれで満足だったのだが、追いつかれてしまってはしょうがない」


「……そのわりには結構楽しんでない?」


 彼女の手にはフルーツ結晶飴、肉串、マジックジュース等々、両手に収まりきらないほどの飲食物。おまけに彼女は、明るすぎないだいだいを基軸に所々控えめな花模様が描かれた晴れ着に身を包んでいる。短い髪も後ろで結ばれていて、とても綺麗だ。


「ワタシは一年足らずでここを出たからな。叡学園祭は初めてなんだ。それよりどうだ? 何かワタシに言うべき事があるんじゃないか?」


「う、うん。すごく似合っているよ」


「ふっ、ちゃんと言えるようになったな。心身ともに成長してるみたいで嬉しいぞ」


 彼女はさらっと前髪を横に流していることで、普段は隠れている片目が見え隠れする。今の彼女を直視しろという方が難しい。


「そ、そっちの様子はどう? たまに手紙を送るんだけど、リリアからは大丈夫こっちのことは心配しないで、としか返ってこなくてさー。その時その時で起きたちょっとした事とかは書かれているんだけどね」


「……そうか。そうだろうな」


「え?」


 何か意味深な間の後、少しふと笑って誤魔化されたように見えた。


「まあいい、ワタシはこれで行く。お前も友達が出来たようだしな。あれはクラフとラフィか? 彼らもここに来ていたとはな。安心した」


「見てたの!?」


「まあな。わざわざ話しかけることはしなかったが」


 セネカがきびすを返して、奥の方へ歩いて行こうとする、そちらは叡学園の出口方向だ。


「セネカっ!」


「ん、なんだ?」


 彼女は顔と半身だけをこちらに向ける。


「また、会えるよね?」


 自分でもどうしてそんなことを聞いたのか分からない。ただ、彼女の後ろ姿を見て気付けば自然に言葉として出ていた。


「……会えるに決まっているだろう。ワタシは、もっと成長したお前を見なければならないからな。では、またな」


「絶対だよ!」


 おれのその言葉に彼女は右手を上げて歩いていく。

 おれの直観が彼女ともっと話しておけと叫んでくるが、それ以上そこから追いかけることはなかった。





ーーー




 叡学園祭から少し時が過ぎた後の話。ソミシア、革命軍本部にて。


「帰ったか、セネカ。フレイはどうだった?」


 叡学園から持ち帰ったお土産を机に置いて行きながらセネカは答える。


「変わらなかったな。良い意味でも悪い意味でも。だが、芯が一つ通ったみたいだったよ。あれなら大丈夫だろう。それより親方様こそ行かなくて良かったのか?」


「言っただろう。もしもの事があった時に余計つらくなるだけだ」


「あなた……」


 テオスはその多忙さ、リリアはテオスのサポートをしていたこともあり、どうしても手を放すことが出来なかった。


セネカだけでも会いに行ってくれて良かった。これで私も安心していける」


「親方様。最後なんてそんな」


 テオスも口ではそんな事を言っているが無論死ぬつもりはない。これは覚悟の話だ。

 テオスは自室を出ていき、下の階にいる同志たちの前に姿を現した。


「みんな聞いてくれ。以前より話していた計画をようやく実行するときがきた」


「「「うおおおおおー!!」」」


 テオスの言葉に革命軍を主軸とした多くの同志が一同に声を上げる。


「では予定通りだ。明日この場より出陣。後に……」


 一同はテオスの言葉を待つ。


「王都を転覆てんぷくさせる」


「「「うおおおおおー!!」」」


 先程よりも大きな歓声。一同はこのテオスの言葉にこれ以上ない興奮を示す。


(フレイ、成長したお前をもう一度見るという約束を果たすためにも。ワタシは、ワタシたちは……勝つ!)


 後方で静かに決意を固めるセネカであった。

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