第六十話 パーティーにて

 「フレイツェルトー!」


 所定の場所で高等科手続きを終えて会場を出た先、聞き馴染みにある声の方を振り向く。


「ラフィ。なんとか受かったよ」


「良かったわ! 最初はどうなるかと思ったけどね!」


 そう言うとラフィはおれの後ろのエルジオをちらっと見る。


「オレのことか? ははっ、わりいわりい」


「ま、別に受かったならいいけどね! あんまりひやひやさせるんじゃないわよ」


 ラフィはふん、と腕を組んで顔を横に向けてしまった。相変わらずツンとデレの切り替えがお早いこと。


「いやあお疲れさん二人とも。一時はどうなるかと思ったよー」


「本当にね。フレイ君がいるし危なげなく合格すると思ったけど。さすがは高等科試験。そうはいかなかったね」


 少し遅れてやってきたのはベルナとクラフだ。


「三人とも応援ありがとう。ひやひやさせたのは謝るよ。って、ん?」


 何か違和感が……。

 ――そこか!


「どなたですか?」


 人の気配のした方に手を広げて向ける。他四人はおれの行動に疑問符を浮かべている。気付いていないようだ。


「ふっ、さすがだな君は。これじゃサプライズも出来ないではないか」


 あれっ、この声。


「合格おめでとう、フレイ」

「お疲れ様です、フレイツェルト・ユング様」


「フローラ! とピオニーさん!」


 透明なベールのような被り物を頭から取るように姿を現したのは、フローラと付人のピオニーさんだ。


「フローラ!?」

「フローラさん!?」


 彼女たちとは初対面の男二人、クラフとエルジオが驚きのあまり声を上げる。


「えっ、フローラ?」

「どこどこ、フローラ様はどこ?」

「あっちの方から聞こえたぞ!」


 二人の声に反応して通行人がざわつき始める。人気ひとけの多い通りではないが、“フローラ”の名を聞けばすぐに人が集まりかねない。


「あ、あー! 全然違う人だった! 勘違い、勘違い! あははっ」


 おれはわざとらしく大声で独り言を発し、クラフとエルジオに「しー」とジェスチャーをする。


「んだよ、人騒がせな」

「いきましょ、いきましょ」


 なんとか誤魔化せたかな。


「もう大丈夫ですよ」


「ああ、助かる。群衆ならば良いが、周りを囲われるのは少々得意ではなくてな」


 おれの言葉と共に再び姿を現す。姿を消す魔道具かな?


「「す、すみません」」


「気にするな。私が慣れれば良いだけの話だ。君たちに罪はない」


 クラフとエルジオを早速さとす。やっぱり王の風格あるよなあ。


「ところで、フローラはどうしてここに?」


「……どうしてだって?」


「えっ?」


 ゆっくりとおれに顔を向けたフローラは、つかつかとこちらに歩いて来る。


「君が心配させるからだろ! 私だって余裕だと思っていたよ! それなのになんだ、あの最下位って! 思わず現地まで出向いてしまったではないか! 大体――」


「フローラ様」


「! ……こほん。失礼、少々取り乱してしまったようだ」


 人差し指でおれに説教をしてきたフローラは、ピオニーさんの一声で落ち着きを取り戻す。てことはまあ、


「心配で来てくれたのか」


「そっ、そうとも言えるな。 一応、その……、なわけだし」


 友達の部分を妙に強調して答えた。


「な、なあ、あれ本物のフローラさん、だよな?」

「そだね」

「なんかイメージとちょっと違いが……」

「ああ見えて可愛い性格してるんだよ」


 エルジオとベルナが後ろでこそこそ話している。


「まあ、とりあえず良かった。ここに来たのは友達の応援でもあるが、パーティーに招待したくてな。フレイにラフィにベルナ、そこの君達二人も連れて参加してほしいのだが、どうだろう。甘いスイーツもいっぱい出るぞ」


「「甘いスイーツ!!」」


 ラフィとベルナが一番に反応する。二人とフローラは特に好きなんだよな、甘いスイーツ。


「フローラ様はあらかじめ合格すると思ってご予約なさったのです。あまり心配をかけすぎないようにお願い致しますね」


 こわっ! 

 ピオニーさんが一歩こちらに踏み出してにっこりとした表情で伝えてくる。


「ピオニーはこう見えても私を追うためだけにまで進んできた者だからな。くれぐれも気を付けるんだな」


「私を追うためだけなんて……そんな、フローラ様。きゃっ」


 まじかよ。この人だけは絶対敵に回してはいけない人だ。


「それで、どうだろうか」


 もちろん答えは決まっている。


「じゃあみんな、行くか!」


「うん!」

「ああ、楽しみだぜ!」

「「スイーツ!!」」


 無事全員の参加が決定する。


 この後、ピオニーさんに詳細情報を伝えられた。夕方開始ということもあり、おれたちは一度解散という形になった。

 おれとエルジオは疲労もあり、男子陣はみな一度寮へ帰ることになったが、ラフィとベルナはフローラと共に先に試食会をするそうだ。知らないところでも女子会が定期的に開催されているらしく、見ているこちらも微笑ましい。




◇◇◇





「では、フレイ、そしてエルジオ君の高等科合格を祝って」


「「「かんぱい!!」」」


 大々的に開かれたフローラ主催のパーティー。場所は叡学園東側エリア、“都市エリア”最奥の高級店五階、最上階だ。何日か前にはすでに予約をとっていたようで、高級店にもかかわらずフローラの一声で「すぐに!」と準備を始めたらしい。さすがはフローラだ。


「な、なあ料理がすごく美味しそうなんだけどよ……、フレイ」


「うん、言いたい事はわかる」


「スイーツ少なくねえか?」


 エルジオはちらっと女子陣の方を向く。


「そんなことないけど……ねえ? ラフィ」

「え、ええ……。かなり、抑えめにしておいたわ」


「じゃあ目を合わせろ、目を」


「ははっ。まあまあせっかくだし頂こうよ」


 そんな感じで始まった高等科合格パーティー。試験に落ちていたらどうするつもりだったんだろう、とは思ったが、そんな野暮なことは考えずにとにかくみんなで楽しんだ。








「楽しんでもらえてるだろうか、フレイ」


「うん、めちゃくちゃ楽しいよ。ありがとうフローラ」


 みんなが食べているフロアから扉を開けた先、ちょっとしたベランダのようなスペースになっている場所にフローラがフレイを呼び出して立ち話をしていた。

 叡学園内でも最奥の場所であり、五階のこの場所から見渡す叡学園の夜景は絶景だ。昔見た東京の夜景にも負けず劣らず、それでいてファンタジー感溢れる景色にフレイは心を打たれていた。


「……」


 そして、それに気付いて内側から聞き耳を立てているのラフィ。意中の相手が女の子に呼ばれているなら、たとえ互いに友達であろうと気になってしまう。


「さて叡学園祭はもうすぐ。私はこの半年、ずっとこの時を楽しみに待っていた」


「うん、おれもだよ。おれも本気でフローラと戦いたい」


 フレイは先程まで眺めていた夜景から目を離し、二人の視線は交わり合う。


「では叡学園祭、闘技大会でな」


「うん」


 二人は熱い握手を交わす。


「まあ話はそれだけだ。わざわざ呼び出すほどのものでもなかったがな」


「いいや、改めて感じられたよ。おれはそのために高等科試験を受けたんだって。だから」


「だから?」


「やるからには必ず勝つよ」


 フレイの言葉にふっ、と嬉しそうな笑みをこぼすフローラ。


「私にこんなことが言えるのも君ぐらいだ。君がそう言うならば私も当然、受けて立つ」


 長い握手はフローラの言葉で引き離された。

 この瞬間からは友達同士ではなくお互いがライバル。

 圧倒的才覚と実力を備え持つ叡学園の現トップフローラ、相対あいたいするはいくつもの死線をくぐり抜けてきた新進気鋭の推薦組フレイツェルト。二人の対決が今ここにて約束された。


「……ふふっ」


 二人のやり取りにフローラと同じような笑みを浮かべたラフィは、何も言わずに食事の席へ戻っていくのだった。





 そして、この日より約二か月後。

 リベルタ叡学園最大の行事、リベルタ叡学園祭がついに開会した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る