第2話 少年探偵団 : 解決
僕たちは加藤君につれられて一組の教室から出た。一体どこに向かうのかと思っていたが、四階に留まって各教室の戸締りを確認していく。どうやら一組以外の教室は鍵がかかっているようだ。
今思ったが、なぜ一組だけ鍵が閉まっていなかったんだ?
「一階に降りるね」
三人で階段を下りて、職員室にたどり着いた。加藤君はノックをして扉を開いた。
「五年二組の加藤です。青山先生はいますか」
青山先生は五年一組の担任の先生だ。
声を聞きつけて、奥の席から一人の女性が歩いてきた。五年二組の担任、島田先生だ。島田先生は二十代前半の新任教師で、美人で勉強を教えるのも上手だった。
「加藤君たちじゃない。こんな時間にどうしたの」
よく見れば時刻は十七時二十分になっていた。先生が驚くのも無理からぬことだった。
「ちょっと青山先生に用事がありまして」もう一度尋ねる。
「そうなのね。青山先生なら四階の鍵を閉めに行ったわよ。あれ、そういえばあれから姿を見てないわね」
「それだけ分かれば大丈夫です。ありがとうございました」
加藤君はお辞儀をしてから職員室を後にした。そしてそのまま一階の廊下を歩いて行き、渡り廊下を通って、隣の校舎へと移る。
そして保健室と書かれたプレートの前で立ち止った。
ノックをしてから中に入る。
右手にベッドが三つと、左手に診療机があった。そこには保健の先生と、足に包帯を巻いた青山先生が座っていた。青山先生は僕たちを見て目を見開いた。
「なんだ、お前たちどうしてここに居るんだ」
何と返事をしようと僕が思案していると、加藤君が高らかに言い放った。
「青山先生が、金魚鉢を割った犯人ですね」
僕と名越君は同時に「ええー!」と仰天した。
「どうしてそれを」
当の青山先生も驚いた様子で加藤君を見つめていた。
「とても簡単な推理です」加藤君は真相を語り出した。「丸山小学校では十七時に各学年の主任が教室の戸締りをします。五年生の主任は青山先生です。ですが、一組の教室だけは施錠されていませんでした。これは、青山先生が何か理由があって教室を閉められなかったからです。その理由が、金魚鉢を壊してしまったからです」
「あー、なるほどね」名越君が得心したように言った。
僕にはまだよく分からなかった。
「事件のあらましはこうです。青山先生は四階の教室の鍵を順番に施錠していき、最後に五年一組に向かいました。しかし青山先生にはもう一つの目的があったのです。それは防犯ポスターを貼ること。でも後ろの壁には一組の生徒が書いた習字が占拠していてポスターを貼れる場所がありません。だから椅子を用意して、ランドセルを入れる棚の上に乗った。上の部分ならまだスペースがありましたからね。そして青山先生は無事ポスターを貼り終えました。でもそれからが悲劇の始まりでした」
そこまで聞いて、ようやく僕にも話の全容が見えてきた。
「青山先生の事ですから、もちろん椅子の上に乗る前に上履きを脱いだんでしょう。ですがその結果、足を滑らせたか何かで棚の上に置かれていた金魚鉢を落としてしまったんです。無残に割れてしまう金魚鉢。中には一組で大切に育てている金魚が泳いでいました。慌てた青山先生は自身も棚からも落ちてしまい、金魚とガラスの破片を踏んでしまった。そのとき、足の裏を切ったんでしょう」
加藤君はポケットから血が付いたガラスの欠片を取り出した。
「これが証拠です」
僕は感動した。ちゃんと推理の筋が通っている。
「割れた金魚鉢を放置したのは、治療を優先したからですね。以上が、僕の推理です。青山先生、どうですか」
僕たちはずっと黙って話を聞いていた青山先生に注目した。青山先生は悲しげに眉根を寄せる。
「加藤の言う通りだ。私が誤って金魚鉢を落とし、金ちゃんを踏みつぶしてしまった。すまなかった」
青山先生は深くふかく頭を下げた。
「仕方ないよ先生。わざとじゃないんだから」
最初に反応したのは名越君だった。今回は青山先生の不注意が招いた悲劇だったが、僕も仕方ないことだと思った。クラスのみんなにちゃんと謝罪して、金ちゃんは厚く葬ってあげるしかない。
「本当にすまなかった」
青山先生はもう一度頭を下げた。
ーーーー
青山先生を含めた僕たち四人で床の掃除をした。金ちゃんを校庭の裏庭に埋葬することになってみんな教室を出て行く中、僕だけはその隙を狙って机の中から例のブツを取り出した。回収成功。ランドセルにブツを押し込むと、何食わぬ顔でみんなの後ろを追いかけた。
ーーーー
公園のベンチに座る。
ランドセルの錠前を開いて、中のブツをもう一度確認した。ちゃんと入っていることに安堵した。僕は周りに人がいないことを確認してから一冊のノートを取り出した。
そこには、僕とある女の子をモデルにした絵が描かれていた。
女の子の名前は杉山さん。僕の好きな人だった。
二人はコマ割りされたノートの中で愛の言葉をささやき、手を握り、最後には熱いキスを交わしていた。そんな甘いあまいシーンが数十ページにわたって描かれている。
僕の妄想漫画だ。
気持ち悪いと思われるのは承知の上だ。それでも、漫画を描かずにはいられなかった。それが創作者としての本能だからだ。さすがにこれを学校の人に見られたらドン引き必至である。
僕はもう一度深く安堵の息を吐いた。
「へえ、絵が上手いね」
そんな緩み切った僕の耳元で突然声がして、文字通り飛び上がった。勢いでノートが宙を舞い、はらりと地面に落ちる。
加藤悟君がノートを拾い上げてぱらぱらと捲った。
「俺、絵が下手だから羨ましいよ」
「見ないでー!」
僕は立ち上がってノートを取り返そうとした。だが、加藤君は抵抗することもなくすんなりとノートを返してくれた。僕はノートを胸に抱き寄せる。
「加藤くんは、どうしてここに?」
加藤君の家がどこにあるのか知らないが、この公園は学校からだいぶ離れている。後をつけたとしか思えなかった。
「メガネ君に用事があったんだよ。それに、教室での君の挙動に、何か気になることがあってさ。それが何なのか知りたくなったんだ。探偵の性ってやつかもしれない」加藤君はベンチにランドセルを置いた。「そうしたらまさか、そんな素敵な漫画を描いていたなんてね」
これは僕に喧嘩を売っていると思っていいのだろうか。人の秘密を暴いて何が楽しいのだろう。怒りがこみ上げたが、僕がぐっと我慢した。
「このことは、誰にも言わないでください。お願いします」
僕が明日のは学校中に杉山さんとのラブストーリー漫画を描いていたことが広まってしまうと思った。それだけは何としても阻止しなければいけなかった。平穏な学校生活を守るためにも。
「誰にも見せないの? 勿体ないな」
加藤君は残念がっている。
「絶対誰にも見せるつもりないから。それより約束して。誰にも言わないって」
「約束するよ」加藤君は何でもない風に言った。「でも条件がある」
僕は胸が張り裂けそうだった。どんな条件を出されるのか皆目見当がつかない。
「メガネ君、僕の少年探偵団に入ってよ」
「僕が少年探偵団に?」
予想外の条件に面食らった。
「うん。君って観察眼があるんだよ。普通はあのポスターがいつ貼られたかなんて誰も覚えてないよ。でも、君はそれを覚えていた。これってメガネ君が思っている以上にすごいことだよ。その観察眼を、うちで発揮してみないかな」
夕日に照らされて、加藤君の顔は影になっていた。それでも、彼の言葉からは真剣みが伝わってきた。僕は突然の勧誘に混乱しそうだったが、絵のことを黙っていてもらえるなら答えは一つしかない。
「わかった。その少年探偵団に入るよ」
「ようこそ、少年探偵団へ」
僕と加藤君は握手した。
――――
新矢了介は、半年かけて書き上げた自作の漫画を机に並べた。
タイトルは、金魚殺魚事件。
中学三年の受験勉強の合間に、母親の目を盗んでこつこつと書き上げた新作漫画だ。これを完結させるためにどれだけの苦労があったか。了介は込み上げてくるものを感じた。
かなり面白く描けた、と思う。これなら有名な漫画雑誌の新人賞に応募してみるのも悪くない。でももし本当に受賞したら母の新矢泰子に漫画を描いていたことがばれてしまう。それだけは絶対にダメだ。
気持ちの赴くまま書き上げたはいいが、この原稿をどうすればいいのか分からなかった。
そのとき、ぴんぽーんとインターホンが鳴った。受験生である自分はしばらく来客の応対をしていなかった。一度、泰子の家事洗濯が忙しいと思って玄関に向かったら、酷く叱られてしまったことがある。
「あなたは勉強していなさい」
こう言われると、了介は逆らえないのだ。
いつも通りインターホンを無視して、勉強に取り掛かる。
数学が僕にとっての課題だった。参考書を開き、過去問をひたすら解いていく。
そのとき、自室をノックされた。
「了ちゃん、友達が来たわよ」
「友達?」
「小学生の時の友達らしいわよ。早く行って話してきてあげなさい。勉強があるんだから」
「……うん、わかった」
僕はズボンを履いて階段を下りた。廊下を進むと玄関に突き当たる。そこに居たのはとても懐かしい顔だった。小学生時代によく一緒に活動した親友。
「裕太」
僕が名前を呼ぶと、裕太はこちらを見て手を上げた。
「よっ、久しぶり。メガネ君」
こんにちは雨合羽さん。 鈴木介太郎 @suzukikaitarou
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