この宇宙のどこかでAgein

平野水面

第1話

 夜空に火球が駆ける。

 犬と散歩中の僕の頭上を通過して自宅裏の丘に堕ちた。

 不思議な事に音や衝撃は無い。僕は気になったので落下地点へ急ぐ。丘には街灯のような明かりは無く、鬱蒼とした雑木林をスマホの明かりを頼りに進んだ。

 開けた場所に出る。何かが落下した影響で周囲の木々をなぎ倒され、抉られた地面は綺麗な一本線を作っていた。落下音と衝撃波が無かった事が信じられなくらいの状態だ。もし市街地に落下していたらと思うとゾッとする。

 けれどそれ以上に信じられない光景を目の当たりにする。地中にめり込んでいる物は隕石とかではなく、貝のような形状した乗り物だった。

 これはUFOだ。直ぐにでも警察や自衛隊へ通報しないと。

 けれど遅かった。キャノピーが開きUFOから降りて来たの人型の生物。ロボットアニメのようなパイロットスーツ姿で、ボディラインは女性である。しかも僕が理想とする健康美人な体型。

 宇宙人はヘルメットをかぶったままこちらをじっと見ている。バイザーはスモークされていて表情を窺い知る事は出来ない。女性はヘルメットを両手で掴み、垂直に上げたて取り外した。はらりと下がる黒髪のロングヘアー、サファイアのような青い瞳、赤鬼よりも薄い朱色の肌、頭部にはアホ毛のような二本の触角が垂れ下がっていた。

 彼女と目と目が合うと優しく微笑んできた。僕は迂闊にもときめいてしまった。

 彼女はポケットから取り出したヘッドセットのような物を左耳に取り付け、小さなボタンを何度も押しながら聞き慣れない言語を発声していた。

「ねぇそこの君、この言葉で通じるかな?」

「ええ、あ、は、はい、大丈夫っすッ」

 緊張していたせいか、不覚にも僕は声を上ずらせ体育会系で答えてしまった。

「オーケーみたいね。それにしてもさ、この星にはスペースデブリが多くない? うっかり接触して宇宙船が故障しちゃったわ」

「どうもすみません」

「フフフ、何で君が謝るのよ、君のせいじゃないのにさ。私の操船技術が未熟だったから愛機のスレンダーボディをデブリにぶつけてしまっただけよ」

「そ、そっすか」

「ちょっとちょっと、今の所は笑うタイミングよ。何でテルミン星の鉄板ジョークが通じないのよ」

「えっと、どこら辺がジョークですか?」

「だからね、私の乗ってきたシップの愛機のスレンダーボディにデブリをぶつけたって所よ。あ、デブったって言った方がウケた?」

「デブった?」

「もう何よ、シップ乗りなら誰でも使う専門用語のギャグよ」

「初めて聴きました」

「もう、貴方たち地球人はお笑いセンスが無いっていう噂は本当だったのね。まぁ良いわ。会って間もない異星人のお願いを聞いてくれる?」

「僕の出来る範囲で」

「この星のグルメを食べたいの。地球帰りの友達から貰ったお土産でね、キャッチフレーズがあっね、えっと確か『バランス影響食、パロディーメイド』だったかな」

「色々と間違ってますけど、貴女の食べたい物が伝わりました。少し待ってて下さい」

「ちょっと待って、君が連れているその子を置いていってよ」

 彼女が指をさしたのは、僕と一緒に散歩していた豆柴のグレイだった。

「グレイを食べませんよね?」

「大丈夫。『よーしよしよし』って可愛がるだけだから」

「そのフレーズどこかで聞いた事あるような。とりあえず行ってきます……」

「それと金属類も持ってきて欲しい。愛機の修理に使うから」

「直ぐには集められません」

「あら後で良いわ。それから君の名前は?」

不知火人志しらぬいひとしです」

「行ってらっしゃい人志」

 こうして僕はコンビニに例の黄色いパッケージの健康食品を買いに行く事になった。

 けれど僕は釈然としない。僕は人間だけでなく、遭遇したばかりの宇宙人にすらパシリをさせられてしまうのかと。

 夏休みが始まって3日目の事。中学のクラスメイトのパシリからようやく解放されたのも束の間、今度は宇宙人のパシリになっていた。


    *    *


 彼女の宇宙船に通うのが夏休みの日課になっている。僕は彼女と会うのが楽しかった。

 最初はパシリは嫌だと思っていたけど、よく考えれば宇宙人の彼女が街をウロウロしていたら不審者として通報される可能性は高い。だから僕が買い物や金属集めをする方が安全だと思った。

 別に他の人間が彼女に危害を与えようとして返り討ちにあったとしても構わないと思う。けれど彼女に何かがあったら心配だし、悪い人間に捕まってモルモットにされたら可哀想だ。だから僕が彼女を守ってあげる事にした。

 幸いなことに彼女と宇宙船を知るのは僕だけである。この地球で宇宙人の秘密を知る唯一の存在である事に自尊心をくすぐられた。彼女の存在は僕だけの秘密にしようと思う。


 家よりも彼女と過ごす時間が増えていった。彼女の語る宇宙の話が大好きだった。興味を持ったのは彼女のテルミン星人の話だった。

 驚いたのはテルミン星人の寿命は僕ら地球人の三倍もある事。となると僕と同じ年頃の彼女の年齢がとても気になる。

 それとテルミン星人には変わった風習というか仕来たりがあって、女性は家族と同性以外には絶対に名前と年齢を明かしてはならないと言う。その訳の分からないルールのせいで彼女の名も歳も聞き出せない。

 僕はある疑問を抱き彼女に訊ねてみた。

「日常生活に困らないの?」

「出生登録番号とかで呼ばれたり、大抵はあだ名で呼ばれているわ」

 テルミン星人にもあだ名のシステムがあるようだ。ちなみに僕が同級生から「不知火人志しらないひと」と呼ばれていた。

 僕の事はどうで良いだろう。

 それで彼女から登録番号を教えて貰ったけれど、とても長いかったので数字の頭文字が7であるという事で『ナナ』と呼ぶ事にした。

 ナナ本人も了承してくれた。

 それから地球に来た理由も教えてくれた。長期休暇に出された宿題の為だと言う。自由研究みたいな物なのだろう。僕は研究対象かもしれない。

 

 数日後、ナナは僕の事を知りたいと言ってきた。

 色々と悩んだ結果、漫画とラノベで僕の趣味を理解して貰おうと思った。ナナには理解できないかもと思ったけれど、それは杞憂だったようで興味深々に読み耽っていた。

 僕の夏休みはとても充実をしていると言える。この真夏の陽光の下でも快適温度で過ごせる宇宙船で、僕とナナの二人きりで過ごし、一つの座席を半分こして互いの背中と背中ををくっつけあって座り、漫画や小説を読みまくり、喉が渇けばペットボトルのサイダーを回し飲みした。

 最初の頃は間接キスを恥ずかしがっていたけど次第に慣れて行った。日を追うごとにナナと過ごす時間が掛替えのない物になりつつあった。こうやってナナに会える事が何よりも楽しかった。

 そして僕は気づいた。多分これがそうなんだろう。僕には起こり得ないだろうと思っていたイベントが遂に来てしまった。それは宇宙からやって来た名前も年齢も分からない謎の女性にもたらされた。

 僕はミステリアスなナナに恋をした。

 いじめられっ子の僕にも人並みの初恋をしてしまったのだ。

 僕はナナがテルミン星に帰らずにこのまま地球に残ってくたらなと願った。


    *    *


 お盆も終わり、夏休みの残りも僅かになっていた。

 薄々は気づいていたけど、ナナの宇宙船の修理は順調に進み、宙に浮くまで機能を回復していた。楽しい日々も終わりが近いのかもしれない。

「これなら大丈夫ね」

 ナナの嬉しそうな横顔を僕は複雑な気持ちで眺めていた。

 僕は分かりきった事を訊ねた。

「やっぱりテルミン星へ帰るんだよね?」

「そうだね……そう思うと人志と別れるのが寂しいわ。人志も寂しい?」

「そりゃあそうだよ、せっかく出来た友達だからね。僕は離れたくはないよ」

「ありがとう……とても嬉しいわ」

「また地球に遊びに来てくれる?」

「人志が生きている間にはもう一度……訪れたいわね」

「もう、会えないんだな。だったら僕もテルミン星に連れて行ってよ。僕は地球に未練はないし、全てを捨ててテルミン星の移住しても良い」

 ナナは少し考えてから答えた。

「人志がって気持ちはとても嬉しいよ。でも何で地球ぼせいを捨ててまでテルミン星に行きたいの?」

 僕は即答が出来なかった。

 それはクラスメイトからいじめを受けているから逃げたいとか、そんな小さな理由も多少は含まれてはいる。でも行きたい本当の理由はナナと離れたくないからだ。ナナの事が好きだから。今、心に秘めた恋心を伝えるべきかどうかで迷う。

 別々の星に生まれ育った者同士が環境、文化、価値観の違いがある中で、果たして僕の気持ちがナナに伝わるのかどうで悩んでいる。

 けれど、もう二度とは会えないのであれば、ここで男を賭けるべきだと思った。だから僕はありのままの自分と気持ちを伝える事にした。

「ナナに知って欲しい事がある。僕は情けないけど学校で同い年の男子からイジメを受けている。だから人間なんて大嫌いだし、この地球が大嫌いだ。何もかも大嫌いだ。でもナナと初めて会ったその時から掛け替えないない存在になった。僕の心はナナに征服されてしまったんだ。嫌いな物しか無かった僕に好きなものが出来た。それはナナだ。僕はナナが大好きだ。愛している。だから僕はナナについて行きたい。ナナが帰る星が僕の母星、ナナが帰る家が僕の故郷だ」 

 結果は分かっている。

 多分断られるだろう。

 けれど悔いはない。

 僕は怖がらずにナナを見据えた。ナナは小さな溜め息を吐いた後に優しく微笑んだ。

「今夜ここに来て。愛機に乗ってドライブにでかけようか」

 僕は察した。別にフラれた訳じゃないけどもう別れが近いんだと。

 けれどナナの真意が読み取れない。

 イエスかノーかでハッキリと答えてくれないから心はモヤモヤとしていた。でも夜のドライブにその答えがあるんだと思う。僕は時間になるまで一旦家に帰り時間を潰した。


 待ち合わせの時間の少し前に着いた。

「流石は人志、五分前に来るとは本当に几帳面だね。さあ出掛けようか」

 僕が宇宙船の椅子に座ると、ナナは僕の両足の間に自身の両足を入れ、僕の右太股の上にちょこんと座り操縦桿を握った。

 「ナナ、行きまーす」

 ナナは明らかに漫画の影響を受けていた。

 それっぽいセリフを言ってから操縦桿をグイッと引いた。ふわっとした感覚があった瞬間、景色は見慣れた街から宇宙へと変わった。

「うん、今度は計算通り、デブらずに済んだわね。ねぇ人志、キャノピーから外を見て」

 言われた通りキャノピーに目一杯顔を近づけて外を眺めた。

 思わず息を飲んだ。

 目の前に広がるのは地球だった。太陽が当たらずに暗いけど、都市の明かりが日本列島の形を成していた。

「凄く綺麗だな」

「そうなんだよね、見とれてしまってデブったのよね」

 ナナが見とれてしまうのも分かる。

 人間がこの景色を生で見られるのは極限られた者のみだろう。僕はその限られた人間の一人となった。

「人志、大丈夫だとは思うけど、一応この眼鏡をかけてくれるかしら。太陽から目を守ってくれるわ」

 手渡された眼鏡は至って普通の女性用の眼鏡だった。それをかけるとナナはニヤニヤしていた。その反応から似合っていない事が直ぐに分かった。

「これから地球を一周します。フライト時間は約一時間、ナナ航空の宇宙の旅をお楽しみ下さい」

 航空機の機長のようなセリフ回しをして、冷えているペットボトルのサイダーを手渡してくれた。まるで機内サービスみたいだった。

 ナナはゆっくりと操縦桿を押し込む。どれくらいのスピードで飛んでいるかは分からないけど、地球儀をゆっくりと回しているような感覚で飛んでいた。

「ねぇ人志、地球って本当に綺麗だよね」

「ああ本当だよ、地球がこんなにも綺麗だなんて知らなかったよ!」

「人志が住んでいる地球はこんなにも美しくて素晴らしいのよ。地球には沢山の良いものがあって人志はそれに気づいた。地球を捨てるなんて勿体無いよ」

「……」

「私はね、人志の事を教えて貰った辺りから友達がいない事に気付いていたよ」

「どうして分かった?」

「人志が教えてくれたのは漫画とラノベという小説だけだった。人志の趣味は理解ができたよ、でも学校とか、友達とか、家族とかの話は全然無かった。ああ、人志は人付き合いが苦手なんだなって直ぐに気付いた」

「何もかもお見通しだったか。それならナナは僕に失望していただろ?」

「駄目だよ、焦っちゃ駄目だよ。それに自分を卑下してはいけないわ。落ち着いて人志」

「落ち着いてなんていられないよ! 僕には誇れる物が何も無い! 自分に自信がないんだ!」

「そん事ないよ。好きな人から告白されて嬉しかった。私にとって人志は掛け替えない人。だから自分に自信を持って」

「え、そ、それって――」

 ナナは人差し指て僕の口を押さえた。

「慌てないでね。物には順序って物があるの。ねぇ人志、もう一度地球を見て。都市の明かりが集まってとても綺麗だよね。あの中には人志をいじめる人もいれば、そうで無い人もいる。今の人志にはまだ良い出会いに恵まれてないだけ。この明かり中に人志を傷つける人なんて極僅しかいないわ。そしてこの明かりの分だけ、まだ会った事もない友達や恋人がいる筈よ。いつか素敵な出会いに恵まれる日がきっと来る。だから人生を諦めないでお願い」

 ナナに励ませれて嬉しくて涙が溢れそうになっていた。でも先に泣き出したのナナだった。僕は訊ねた。

「何で泣いているの?」

「私は人志の素敵な恋人になれないから。人志に愛しているって言われて凄く嬉しいのに。お別れがこんなにも悲しい事なんだって思い知らされたから」

 僕の頭はナナに抱き寄せられた。豊満で柔らかい胸に埋もれる。

「人志に私の大切な初めてをあげたい」

 ナナは僕の頭をぐいっと持ち上げ、眼鏡を外してくれた。この狭いコクピットの中で引力が発生した。

 僕の唇とナナの唇は自然と引かれ合って衝突して一つになった。

 今、地球の衛星軌道において新星が誕生した。


「そろそろ戻ろうか人志」

「悲しいね」

「うん悲しい。でも沢山の愛情を受け取ったから大丈夫。私は星へ帰れるから」

「僕も地球へ帰れるよ」

「うん」

 ナナが操縦桿を押し込むとあっという間に近所の丘に着陸した。感傷に浸る時間すら無い。宇宙船を降りようとする僕の手をナナは握って引き留めた。

「これを受け取って、人志の漫画と小説を読んで学んだ日本語で書いたの。面と向かって言えない事を書いたわ」

 宇宙船を降りてから受け取った手紙を開いた。


 私の名前はアゲイン、歳は君より一つ年下の十四歳です。さようならは言わないから。君と再開すると決めたから。いつかこの宇宙のどこかで再び会う日を心待ちにしています。

 

 読み終えて顔を上げた時、ナナと宇宙船は無かった。

 僕も君に伝えたい事がある。

 だからこの宇宙のどこかにいるであろうナナへ叫んだ。

「僕は約束する。必ず宇宙飛行士になって僕の方からナナに会いに行くから」

 僕の約束がナナ届いたかどうかは分からない。

 けれどナナと出会ったあの夜と同じく、僕の頭上を火球が駆け抜けて行った。

 

 (了)


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