第5話 闇に飲み込まれた人達の群れ
精神科にたどり着いて目に入ったのは、いつものように俯いた青白い人達だった。
やつれた頬と目の下に深く刻まれたクマ、前髪で視界を塞ぐ人に爪を噛む人、ブツブツと何かを呟いている人も…。
今まで狭い視野の中で俺が見えていなかった、黒い影に包まれた人達に初めて気づいて何故か急に怖くなった。
今まで、この人達と同じ様に俺も黒い影に包まれ俯いていたんだ…。
足を止めて目を閉じると深呼吸をして、迫り来る影を祓う様に頭を振った。
顔を上げて強く前を見て歩き出すと、精神科の受付事務員に事情を話し診察をお願いした。
すると受付事務員は困り顔で、申し訳無さそうに言う。
「すみません、今日は予約がかなり多くて…いつご案内できるか分からないので、かなりお待たせすると思いますが大丈夫でしようか?」
その言葉に俺はチラりと振り返り、受付前の待ち合い席を見た。
受付前の待ち合い席は俯く人達で溢れ、席に座れず立っている人も多く居る程だ。
それを見ただけでも、予約者がかなり居るのが分かる。
「凄い人ですもんね…はは…。大丈夫です。お願いします。」
苦笑いしながら受付事務員の目を見てハッキリと答えると、少し驚いた様な顔をしてから笑って頷いた。
受付が終わると、響む空気の間を抜けて窓側に向かった。
暖かい日差しが入り込む大きな窓から、真っ青に晴れ渡った空が見える。
事故があった日から俺の目に映る景色は、どこを見ても歪んで色を無くした様に淀んで見えていた。
だけど何故か今日は、まるで霧が晴れた様に色鮮やかな青色がキラキラと視界いっぱいに広がり、久しぶりに日差しが気持ち良いと感じた。
あの事故を無かった事にできるわけではないし、無かった事の様に過ごせるわけでもない。
ただ、なんとなく…自分がやらなきゃいけない事が分かった気がした。
それだけなのに、何故か大丈夫な気がして視界が開けた感じがした。
窓際に寄り掛かりながら、暖かい日差しを浴びつつ俺は目を閉じた。
そして今まで遠ざけるしかなかった、あの日の記憶をゆっくりと深呼吸をしながらカケラを拾い集める様に手繰り寄せた。
いつもと同じ代わり映えのない、なんでもない朝だと思い込んでいた、あの日の出来事をビデオを再生する様に記憶を並べた。
明日にかかる燻んだ虹 @SayuHinaki
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