第4話 冷静と言う名の歪さ

車掌さんに、改めて謝罪とお礼を伝えて俺は駅を後にした。


結局、今日も俺は電車に乗る事が出来ず上司へ連絡して有給消化で休みをもらい、そのまま近くに停まっていたタクシーに乗って、かかりつけの総合病院へ向かった。

直属の上司は俺が精神的におかしくなった理由も、あの日から電車に乗れないことも知っている。

だから会社近くに引越す事を勧められたり、知り合いのカウンセラーを紹介してくれたり、会社での俺の処遇もできる限りしてくれている。

だからといって甘えてばかりいてはいけない、頭では分かっているのに身体は思うように中々ついてきてはくれなかった。

だけど人間の心理とは実に不思議なもので、あの駅へ向かう“行きの道”は、“あの日の朝のホームでの出来事”が脳にこびり着いてフッラッシュバックする様に蘇るのに、ホームを背にした“帰りの道”は、“朝来た道とは全く別の道”の様に感じてスルスルと歩けるのだ。

電車を見なければ、電車が来る合図であるライトの点灯を見なければ、鮮明に僕を縛る“あの日の朝の出来事”は別の場所で起きた出来事の様な錯覚さえ覚えてしまう。

電車の音を聞かなければ、フラッシュバックして呼吸の仕方を忘れた自分は悪夢を見ただけのように感じてしまう。

本当に不思議だ…。


総合病院に着くと、慣れた足取りで受付をし精神科へ向かう。

予約は約1ヶ月先だったけれど、あの子の母親がボロボロに泣き崩れる姿を見たせいか、変な正義感があの日に縛り付けられた自分の心を取り戻したいと、脆く弱くなってしまった心を奮い立たせたくなってしまった。

そして同時に、あの子の父親に感じてしまった違和感が、モヤモヤと気持ち悪く胸に渦巻いて晴れずにいる理由を知りたくなってしまった。


この吐き気にも似たモヤモヤする妙な違和感の意味を、精神科のプロならば分かるのではないだろうか?

冷たさが見え隠れする冷静な横顔の意味を、知ることができるのではないだろうか?

そんな浅はかな思いと考えだけで、無鉄砲に俺は走り出す様に進み出してしまった。


まるで開けてはいけない扉へと手を伸ばし、自ら闇の奥深くに落ちていくかの様に…。

まるで触れてはいけない危険なモノに、自ら近づき火の粉を浴びるかの様に…。


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