これが私の「悪いこと」

コイル@委員長彼女③決定!

これが私の「悪いこと」


「何してんの?」

たけるじゃん。おっつー」


 俺……天童猛てんどうたけるが蹴ったボールが部活棟の裏に入ってしまい、取りに来たら幼馴染みの奈義潤子なぎじゅんこが居た。

 ここは建物の裏で誰もいない。何をしてるんだろうと思って手元を見ると大量の雑草を持っていた。

 潤子はそれをツイと持ち上げて、

「雑草抜いてるの。すごいモサモサだから」

 と真顔で答えた。

 はあ? 俺は首を傾げた。

「先生に頼まれて?」

「ううん、自主的に」

 そういって潤子は笑った。

 俺はボールを一緒に探しに来た友達に渡して放置されていた椅子に座った。

「昼休みに自主的に雑草抜き? 先生が見てんの? 内申アップ?」

「こんなので内申アップするなら、ここら辺全部草無いでしょ。違うよ」

「だったら何で?」


 俺は暑くて制服の胸元をパタパタさせながら笑った。

 俺と潤子は家が近くて、同じ小学校からの同じ中学校。一番話しやすい女子だ。

 でも一緒なのは、きっとここまで。

 サッカーバカの俺は電車で一駅先の強豪校、潤子は遠くの進学高を希望するのだと母さんから聞いていた。

 ついでに「そこもサッカー強いみたいですけどお?」という成績に対する文句もセットで。

 まあ人生はひとつ秀でてたらそれでいいってユーチューバーも言ってた。

 潤子は俺の隣にドスンと座って砂がついた手をパンパンと叩いた。


「私ね、たまに人生のポイントカード貯めてるの」

「……はあ?」


 俺は首をひねった。何を言ってるんだ。

 潤子は続ける。


「良いこと10個したら悪いこと1つしていい人生のポイントカード」

「なんだそれは」

「良いことはこういう雑草抜きとか、目についたゴミを拾うとか、したら誰かが喜ぶこと。悪いことはそんな悪いことじゃないよ、まったく車がいないときに信号無視するとか」

「小さいな!」

「でもドキドキしない? 誰かに見られてたら……って」

「まあそうかもな」


 俺たち中学生は毎日学校と家の間を歩いているだけだ。信号無視一つでも誰かが見ていたらチクられて面倒なことになる。

 潤子は椅子から立ち上がり、

「世の中に対して10個いいことしたらさ、1つくらいの悪さは許されるんじゃないかな~って」

 と言って背伸びをした。

「まあ、うん。良い気がする」

「よし、猛も一緒にしよ。1個目は雑草抜き。ほらそっち」

「えーー。めんどくせーー」

「徳を積むのだ~~」

「なんなんだ、それは」


 潤子の言い方が面白くて、結局一緒に部活棟の裏の雑草を抜いた。

 そして放課後一緒に、残り9個の徳を積み、帰り道で悪事をしようと誘われた。

 中学校に入ってからは優等生で有名な潤子の悪事……? なんだろうと興味を持ち、参加することにした。

 なんとなくセンチメンタルな気持ちだったのも、正直ある。

 中三の夏休みも終わり、先週から二学期が始まった。

 午前中「今日が提出日だぞー」と言われて最終的な進路希望票を出した。

 思いっきりブランコを漕いでいたけど、一番上で漕ぐのをやめて、あとはブランブランと振り回されて止まるのを待っているような日々。

 今はそんな時期な気がしてなんだか落ち着かない。



「ふむ、猛くん。家庭科室の鍋磨きを頼まれたよ」

「はあ? 清水に上手に使われてんじゃん」

「鍋が10個あるから、全部磨いたら2個くらいの徳になるよ」

「適当なポイントカードだな」


 帰ろうと廊下に出たら即潤子に拉致されて家庭科準備室に連れてこられた。

 一年生が家庭科実習で豚汁を作るのは知ってるけど、これがメチャクチャ鍋に肉がくっ付いて、授業中はそれを取るだけで精いっぱい。

 裏側や側面の汚れは蓄積されていた。

 家庭科の清水先生に頼まれたと潤子は笑いながらカバンから粉を取り出した。


「過酸化ナトリウム~。清水先生から貰ってきた。これすごいよ」

「なんか爆発しそう」

「……猛、理科苦手?」

「理科なんてサッカーのなんの役に立つんだよ」

「人生の役に立つけど?」


 そういって潤子はお湯を沸かして粉を入れ、その中に鍋を入れた。

 水じゃだめで50℃なの! とお湯の中にチョンと指を入れた。そして俺を呼ぶ。


「ほら、触ってみて50℃」

「ええ、風呂が40℃くらいだろ? 熱くね?」

「ほいほい!」

「えー?」


 言われるままに指を入れたらツンと熱くてすぐに指を引っこ抜いた。

 その様子を見て潤子はケラケラ笑った。そしてボコボコと出てきた泡をふたりで見学した。

 汚れの固まりみたいのも見えて……化学すげぇ!

 横で潤子も「はわあ~~。ほらすっごい汚れて浮いてきてる、楽しい~!」と目を輝かせている。

 そういえば、昔は一緒に「巨大シャボン玉作ろうよ!」と台所から洗剤パクってきて大騒ぎして全部こぼして庭の木を枯らしたな。

 横で潤子がクスリと笑う。


「……ひょっとして、巨大シャボン玉で木を枯らしたこと思い出してる?」

「潤子も? あれトラウマだよな」

「私は止めたし~」

「率先して持ってきたのは潤子じゃねーか!」

「違います~~」


 そういえば昔から潤子は理科みたいな実験が好きで、シャボン玉を作る時もいろんな液体を混ぜてたな。

 そんなことを久しぶりに思い出した。

 鍋を付け置きして、次は牛乳パックのゴミを倉庫に運ぶのだと言われて渋々従った。

 潤子は廊下をクルリと回り、


「最近用務員さん、膝の手術したんだって」

「大変じゃん」

「前は校門に立ってたでしょ? でも最近立ってないから聞いてみたらそうだって。なんか他の先生が手伝ってるみたいだから、今日は私たちがしてあげよう。これは大変だから徳が3つ!」

「だからなんでそんなに適当なんだよ」


 笑いながら用務員室にいくと、外に山のように牛乳パックが縛って置いてあった。

 持ってみると、すごく重い!! それに三学年分がたまっていた。

 用務員さんは「すまないねえ」と頭を下げてくれて、ていうかこんな大変な作業、クラスの奴らが倉庫まで持って行くべきだと思った。

 そもそも牛乳パックは洗ったものを縛る係がいるんだから。

 俺がそういうと潤子は指をツイと立てて微笑んだ。


「私もそう思ってね、提案してみた! 来月からそうなるかも」

「……潤子は行動が速いな」

「もっと褒めたまえ、えっへん」


 そういって潤子は胸を張った。

 俺の母さんの顔色が悪いから、一回見てもらったほうがいいと真っ先に気が付いたのは潤子だった。

 その結果、血液の病気になっていて、投薬治療で良くなった。

 潤子はなんだってよく見てる。

 家庭科準備室に戻り、鍋を見ると、もう汚れが浮いて取れていた。それをタワシで磨くと一瞬でピカピカになり、予想外に楽しんでしまった。 家の鍋もこうして磨いてやるかーと一瞬思ってしまった。いや、家に帰ったら絶対しないけど……きっと潤子は家でしてるから、こんなことを知ってるんだろうと思った。昔からお母さんと台所に立つのが好きだったから。

 結局そのまま掃除道具入れの掃除や、用務員さんに頼まれた雑誌の片づけ、来客用の下駄箱掃除までした。

 潤子はカバンを肩にかけて、

「うむ猛くん。おつかれさまでした。これで10個の徳を積んだね」

 と微笑んだ。

「こんなに大変だと思わなかった。めちゃくちゃ働いたじゃねーか!」

「これで自信満々、私と一緒に悪いことして家に帰ろう」

「お。なんだよ、何するんだよ」


 俺は優等生で真面目な潤子が考える「悪いこと」に興味があって、ここまで付き合ったのだ。

 なので一緒にカバンを持って昇降口から歩き始めた。

 潤子は作業するためにしばっていた髪の毛をサラリとほどいて口を開いた。


「部活はもう引退なの?」

「ああ、春の大会で負けたからなー」

「決勝まで行ったのにね」

「すげー悔しい。でもクラブのほうはこれからが本番だから」

「そっか。じゃあこんな時間まで付き合わせて悪かったね」

「練習始まるの来月からだからさ。それまで基礎練」

「ほお~」


 中学校の部活は負けて引退になってしまったけど、小学校の時から入っているサッカークラブは冬の大会が本番だ。

 わりと強豪チームで、何人かは同じ高校に進学予定。それだけが楽しみだ。

 まあ最低限の学力が必要で……俺は潤子を見た。


「なあ、俺理科と数学が驚愕の点数の悪さなんだよ。教えてくれないか? 塾行く時間もねーよ」

「何点くらいなのよ?」

「20……」

「20?! 最低で?!」

「最高で」

「うそでしょ、エンピツ転がしても20点取れるっしょ」

「取れねーよ、バカ!!」


 俺たちは笑いながら公園に入った。ここは通称ロング公園。山の斜面を利用した長いローラー滑り台があり、子どものことはお尻が痛くなるまでこれを滑っていた。潤子はカバンをベンチに置いてアゴでツイと上をさした。


「久しぶりにキメちゃわない?」

「ええー? 制服がグチャグチャになるだろ」

「団子スタイルに決まってるじゃん」

「マジかよ!」

 

 団子スタイルとは、膝を抱えて団子みたいになり、足でローラー滑り台を滑ることだ。

 無駄に速度が出るし、身体が震えて怖いんだけど「早く早く!」と言われて久しぶりに滑ってみたら……腰が入らなくてびっくりした。

 昔はものすごく大きな滑り台だと思ったのに。そして膝を抱えて滑ってみたら、あまり速度は出なくて、しかも短かった。

 俺が大きくなったんだな……と滑り終わって気が付いた。

 立ち上がると背中にドン……と衝撃、後ろから潤子が滑りおりて、ぶつかってきた。


「おい!」


 振り向こうとしたら、潤子が背中の服をグッと握った。


「振り向かないで」

「……おう?」

「今から悪いことするから、振り向かないで」

「……おう」


 背中に潤子がしがみついた状態で、俺たちは立ち尽くした。

 なんだろ? 後ろからコショコショとかするのかな? とほんの少し警戒したが潤子は掌で俺の二の腕をグッ……と掴んだ。

 そして俺の背中に頭を預ける状態で口を開く。


「私の友達の天音ちゃん……分かるよね。サッカーの決勝も一緒に見に来てた」

「あ、ああ」

 天音……天音雫のことだろう。潤子と同じクラスで目がクリクリした元気そうな子だった気がする。

 潤子は俺の背中にコツンとおでこをぶつけて続ける。

「天音ちゃんがね、今度……今度ね、猛とふたりで話したいって」

「あん? ああ、分かった。何だろ。了解」

 話したい? 隣のクラスなんだから別にいつだって来ればいいと思う。

 そもそも潤子と友達なんだから……と思った俺の二の腕を後ろから潤子がクッと強く握る。


「意味わかってる?」

「ていうか、別に来れば……」

「天音ちゃん、猛のこと好きだって。好きだからクラブのほうのサッカー見に行ったりしたいんだって。話って告白だよ、ニブいなあ」

「え……」


 そういえば試合の時も見に来ていたし、練習の時も窓から見ていた気がする。

 話したいってそういうことか! え、あの子が、俺を好き? 好きって。ええ??

 潤子は二の腕を掴んでいた手から少し力を抜いた。そして、


「ここから、10個徳を積んだ私の……悪いこと」


 そういって俺のおなかの前で手を組んだ。

 背中にぴったりと潤子がくっ付いているのが分かる。

 ドクドクと聞こえるのが、俺の心臓の音なのか、潤子の心臓の音なのか、分からない。

 

「天音ちゃんに告白される前に、私が猛に告白したいと思ったの。猛が好き」

「え……」

「天音ちゃんに呼び出しを頼まれたのに、先に告白するのが私の悪いこと」


 そういって潤子は俺の前で結ばれていた手を離した。

 そして背中からもパッ……と離れてカバンを置いたところに走って行った。

 俺は茫然とその場から動けない。だって潤子はずっと友達で……でも……。

 今日10個の徳を一緒に積みながら、最近は気恥ずかしさもあって一緒に行動してなかったけど、やっぱり潤子といるのは好きだなあって思っていたのに。

 俺は口を開いた。


「じゃあ、俺の悪いことは……」

「黙ってて」


 そういって潤子は振り向いて微笑んだ。


「え……」

「私が先に告白したこと、天音に黙ってて。それが猛の悪いこと」

「なんだよそれ!」


 思わず叫んだ。突然心のなかにズカズカ入ってきて黙ってろって何だよ!

 俺の悪いことはその呼び出しを無視しようと思ったけど……それじゃ友情にヒビが入るのか。

 女子は色々難しいとだけ風の噂で聞いている。

 潤子の隣に行ってカバンを持つと、潤子はチラリと俺のほうをみた。


「私はただ先に言いたかったの。だから全然天音を彼女にしてもいいよ。前に可愛いって言ってたじゃん」

 確かに潤子より可愛い感じの子だった気がするけど、こんな風に友達使って呼び出す子は、なんだかズルい気がする。

 気持ちをこんな風にまっすぐに伝えてくれる潤子のほうが気持ちいいのだけは分かる。

 そもそも……。

「彼女なんて意味わかんねーし。別にそんなの欲しくねーし。サッカーできればいいし」

「……ふーん。あんた本当にサッカーバカね。いや、ただのバカかもしれない。この状況でそれ?」

「潤子こそ、なにが10個の徳だ、俺と遊びたかっただけじゃねーか!」

「!!」


 俺がそういうと、潤子は顔を真っ赤にして俺のほうを見た。

 あれ……適当に言ったけど、正解?

 潤子は「バーカバーカサッカーバーカ!!」と言いながらすたすたと公園を出て行ってしまう。

 なんだよ、今どんな顔してるのか、気になって仕方ない。

 俺は追って公園を出た。

 もっと潤子と話しをしたくて駆け足で。

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