【短編1104文字】【問・身の周りにあるもので『人を必ず虜にするモノ』を作りなさい】『3分で星新一のようなショートを読んでみませんか?』

ツネワタ

第1話

【問・身の周りにあるもので『人を必ず虜にするモノ』を作りなさい】


 少女が配達人から受け取った便箋にはそのたった一文だけが書かれていた。


 彼女は一夏かけて、ありとあらゆる物を混ぜ合わせて答えを探す事にする。


 飴と雨と干乾びた毒虫を混ぜると、『瀟洒な懐中時計』になった。

 破れた絵画と砕けた林檎と薬莢を混ぜると、『マゼンタ色のテディベア』になった。




 しかし、どれもこれも人を心の底から虜にするようなモノにはならなかった。



 困り果てていた少女はある日―― 一人の青年と出会う。

 歳は五つほど上で身体も一回り大きい彼は道の真ん中で一人倒れていた。

 夏の日差しが彼の茶髪をジリジリと焼いている。彼は動かなかったが息はあるようだ。




 不思議な事に彼の右の眼窩には眼球の代わりにマリーゴールドが埋められている。


 道端に倒れていた理由を聞くと「影から逃げてきた」と一言だけ返ってきた。

「ねえ、あなたは人を虜にする方法を知っている?」と青年に尋ねる少女。

 頷いて見せる彼の手はリコリス飴の袋を持っており、一口もらうと何も味はしなかった。




 一週間後、彼の身体が突如として発火し、青年は炎に包まれてしまった。




「どうやら影に追いつかれてしまったらしい」と少し微笑む青年。少女は困惑する。

 彼が燃えている事に―― ではなく、その光景が綺麗だと思えてしまった事に。

 彼女は彼の燃えカスから美しいままのマリーゴールドだけを掬い取った。

 相変わらず答えが見つからずに迷っていた少女はある日――一人の老爺と出会う。


 枯れ木のような身体付きの老爺はその顔に深い皺を幾つも刻んでいた。


 夏の日差しが彼の白髪をジリジリと焼いている。彼は古びたベンチに座っていた。

 不気味な事に彼の喉にはジャックナイフが突き刺さっていた。血は一滴も出ていない。


 ナイフが刺さっている理由を聞くと「光に刺された」と一言だけ返ってきた。


「ねえ、あなたは人を虜にする方法を知っている?」と老爺に尋ねる少女。

 頷いて見せる彼の手はリコリス飴の袋を持っており、一口もらうと鉄の味がした。




 一週間後、彼の身体もまた突如として発火し、老爺は炎に包まれてしまった。




「どうやら光に追いつかれてしまったらしい」と少し微笑む老爺。少女は困惑する。

 今度ばかりは美しいとは思えなかった。だが、何故か彼女はその炎から目が離せない。


 そして、気付く。人を必ず虜にするモノが彼女の目の前にある事に。



【問・身の周りにあるもので『人を必ず虜にするモノ』を作りなさい】

【解・綺麗なモノ・恐ろしいモノ・儚いモノを歪に混ぜる。隠し味はリコリス飴】



 彼女の元に残ったのはマリーゴールドとナイフ、そして人が焼けた匂いだけだった。

 少女の夏はその日、静かに幕を閉じた。

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